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「天皇制」という言葉と「天皇機関説問題」

天皇制とはサヨクの言葉だから、使うべきではないという愚論は折にふれてでてきます。
天皇を仰ぐ国家の体制を論じるのに、「制度」という言葉を使ってはいけないというような思考が、どれだけ天皇制の素晴らしさを人々に伝えることを妨げてきたことか。 

天皇を頂く国体に論じるのに「制度」という言葉をつかうのはけしからんというのと、ほとんど同じメンタリティで学問を貶したのが「天皇機関説問題」でした。
天皇を機関というのは不敬であるという論法でした。岡田啓介総理は「学問のことは学者に任せておけ」としていたのを、新聞がたたき、これに乗せられた大衆が、騒ぎだし、手のつけられない状態になってしまいました。

では、民衆は「天皇機関説」がどういう説かを理解していたかというと、ほとんど全く無知でした。
「天皇機関説」は天皇を含めたエリートの学説でした。
それは主権論を「国体」の枠組みの外におき、「主権論叢」のイデオロギーを国体から排除する理論でした。

美濃部達吉東大憲法教授を不敬学説として弾劾し、東大を退官させてしまったばっかりに、戦後、あたかも天皇が権力を握っていたかのような幻想を振りまき、日本国憲法の制定によって「天皇主権」から「国民主権」に体制を変更する革命が起こったかのような錯覚を民衆に与えてしまったのです。

「国家主権説」からすると、戦後も戦前も同じ「国家主権」であって革命などという馬鹿げた理解が蔓延することはなかったはずなのです。
とにかく「天皇制」批判説は、「天皇機関説」不敬説と同じ馬鹿げた議論であり、そのような馬鹿げた議論は、昭和の先帝が最も忌み嫌ったものだと理解しています。
「建国記念の日」奉祝祭講演会【天皇と日本国憲法】~日本の青い鳥~(講演文字起こし)


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