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ゴジラのアカデミー賞受賞は、鎖国状態だった日本の映像業界の変化の号砲になるか

映画「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞視覚効果賞受賞の歓喜から、50日が経ちました。
アカデミー賞の受賞は、公開中の映画の興行にも好影響があったようで、3月の時点で60億円ほどだった興行収入が、週明けの段階で75億円まで到達する結果につながったようです。

今日からは、ブルーレイディスクの販売も始まりますし、5月3日からはAmazon Prime Videoでの配信も始まりますので、さらなる視聴者に広がることになるのは間違いなさそうです。

ただ、「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞受賞の影響は、日本の映像業界に興行収入以上のインパクトをもたらす可能性が高いと考えられているのをご存じでしょうか。

その大きなものは下記の3点です。
1.海外を本気で目指す日本の映像関係者が増える
2.日本のコンテンツや人材への海外からのオファーが増える
3.日本の映像業界の構造問題が明白になる

1つずつご紹介したいと思います。

1.海外を本気で目指す日本の映像関係者が増える

今回のアカデミー賞においては、「ゴジラ-1.0」が視覚効果賞を受賞した事実というのは、非常に大きな意味があります。
従来視覚効果賞というのは、VFXを軸に評価される関係で、典型的なハリウッドの映画向けの賞だと考えられていました。

象徴的な逸話としては、東宝の松岡社長が「視覚効果賞へのノミネート申請はやめよう、絶対無理だ」とアカデミー賞申請には消極的だったという報道が日経新聞によってされたことでしょう。

これは何も松岡社長が極端に悲観的だったということではなく、「ゴジラ-1.0」のノミネートと受賞まで、多くの映画関係者が「常識」として感じていたことだったと思います。

しかし、山崎監督が受賞式で「この場所から遠く離れた所でVFXを志しているみんな。ハリウッドが君たちにも挑戦権がある事を証明してくれたよ。」とスピーチをされたように、今回の「ゴジラ-1.0」の受賞によって、アカデミー賞の視覚効果賞ですら日本はもちろん世界中の映画に挑戦権があることが証明されました。

実際、すでに今回の受賞をきっかけに山崎監督自身もスピルバーグ監督などが所属するハリウッド大手のタレントエージェンシーCAAと契約を結んだことが発表されており、海外からのオファーも間違いなく増えるでしょう。

また、今回の「ゴジラ-1.0」の快挙は、東宝が本気で海外市場を攻略するために、海外ビジネスをになう子会社「TOHO Global」を設立し、北米配給を自社で手掛けたことも大きかったと報道されています。

逆に言うと、東宝や山崎監督が証明したように、日本映画も本気で海外を目指し、そのための努力や準備をすれば、アカデミー賞すら獲得できることが証明されたと言えます。

2020年に韓国の映画「パラサイト 半地下の家族」が非英語映画で初のアカデミー賞作品賞受賞の快挙を成し遂げたときには、日本の映像関係者からは、自分達にも受賞のチャンスがあると言う声よりも、日本と韓国の映像業界の差が大きく開いてしまったという嘆きの声の方が多く聞かれた印象があります。

しかし、今回の「ゴジラ-1.0」における東宝や山崎監督の快挙に刺激を受けて、さまざまな日本の映像関係者が本気で海外を目指しはじめているはずです。
 

2.日本のコンテンツや人材への海外からのオファーが増える

また、今回の「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞視覚効果賞受賞においては、日本の映像業界の質の高さや、コストパフォーマンスの高さが世界に知られる結果になりました。

当然、その影響は様々な形で日本の制作会社や役者へのオファーを増やす結果につながる可能性が高いと言えますし、実際にはその流れは「ゴジラ-1.0」のアカデミー賞受賞の前から、既に明確になっています。

例えば、現在アメリカを中心に海外で大きな話題となっている「SHOGUN 将軍」は真田広之さんがプロデューサーとしてもコミットし、日本でもお馴染みの役者が多数出演しているだけでなく、時代劇の裏側を支える日本人スタッフも多数起用されたことが報道されています。

また、同様に賀来賢人さんがプロデューサーと主演を務めたNetflixのドラマ「忍びの家」も、同様に多数の日本人俳優が出演し、日本で大きな話題になりました。

Netflixでは、特に「今際の国のアリス」が世界で見られる日本のドラマの先駆けとして成功したことが有名ですが、「今際の国のアリス」は日本の制作会社であるロボットが中心的な役割を果たしています。
また、最近公開されたNetflixの映画「シティーハンター」の制作はホリプロが手掛けており、実は日本の制作会社や映像関係者の活躍の場が広がっているのです。

当然、「ゴジラ-1.0」の受賞によって、今後はさらに、日本の制作会社や日本の俳優へのオファーが増えることになるでしょう。
 

3.日本の映像業界の構造問題が明白になる

そうした流れによって、今後脚光をあびることになるのが、日本の映像業界がまだ構造的な問題を抱えているという点です。

象徴的な出来事と言えるのは、先月、是枝監督や山崎監督が、総理官邸で映画業界の問題点を提起したというニュースでしょう。

特に是枝監督が提出した資料には、労働環境、流通、教育、制作の4つの観点から日本の映画業界が様々な問題を抱えていることが指摘されています。

例えば労働環境においては、フランスでは2018年に1日8時間、週休2日が絶対的なルールとなったのに対して、日本は昨年ようやくできた適正な労働時間が1日13時間、2週間に1度の完全休養日で、従来はこのレベルすら守られていなかったようです。
また、制作の報酬に関しても、日本はフランスや韓国の1/3〜1/4の水準で、事前の開発費も持ち出しの上に、成果報酬を選択することもできないなど、ビックリするような事実や数字が多数並んでいるのです。

こうした問題に対して是枝監督がaction4cinemaという団体を立ち上げ、日本版CNCという組織が必要という具体的な提案までされているのが非常に印象的です。

また、同様の問題の存在は、俳優の鈴木亮平さんが日本のドラマの現状について「韓国に対して20年くらい差をあけられた」という発言をされたことにも象徴されていると言えるでしょう。

こうした海外と日本の間のギャップは、当然今後埋められていくことになるはずですが、その結果、日本の映像会社が苦境に立たされる可能性もあります。
実際に、韓国ではドラマ「イカゲーム」が大ヒットするなど、世界から韓国ドラマが注目を集めた結果、役者の出演料が高騰し、逆に制作本数が半分になるような状況に陥っていると報道されています。

日本の映像制作現場にも、韓国ドラマと同じ事が起こらないとは言い切れないのが現実なのです。
 

鎖国状態だった日本の映像業界

鈴木亮平さんが、指摘しているように、これまで、日本の映像業界は日本国内だけを見て作品を作っており、ある意味での鎖国状態にあったと言えます。
そのため、制作費の構造や撮影環境などが、この20年ぐらい変化をせずに文字通りガラパゴス化してしまっていた面があるようです。

こうした状況は、日本の映像関係者が海外に出たり、海外からのオファーに基づいて仕事をしたりすればするほど、日本と海外とのギャップに気づく人が増えることになります。
そうして、従来は「常識」とされていた日本の映像業界の構造問題が注目されるようになれば、当然変化を余儀なくされるでしょうし、既にその変化は始まっていると言えます。

その変化は、変化をしたくない勢力にとっては良くない変化かもしれません。
一方で、そうした映像業界の鎖国が終了することによって、世界で勝負ができる実力がある映像関係者にとっては間違いなく良い変化も起きるはずです。

最終的にそうした変化が、日本の映像業界にとって良い変化だったと振り返れるかどうかは、これからの日本の映像業界関係者の努力や、視聴者である私たちの反応にかかっているのかもしれません。

2024年に「ゴジラ-1.0」が成し遂げたアカデミー賞視覚効果賞受賞の快挙が、日本の映像業界が更に世界で飛躍するための大きな分岐点だったと振り返れるようになる日を楽しみにしたいと思います。

この記事は2024年5月1日Yahooニュース寄稿記事の全文転載です。

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