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「鳥獣戯画と目玉のまっちゃんと……」赤羽末吉『おへそがえる・ごん』

 2020年は、赤羽末吉の生誕110年、没後30年。コロナ禍で当館が予定していた大規模な記念展は延期しましたが、唯一、静岡市美術館での開催は実現し、絵本の復刊とともに『絵本画家 赤羽末吉 スーホの草原にかける虹』(赤羽茂及著 福音館書店)や『赤羽末吉 絵本への一本道』(平凡社)など優れた評伝も出版されました。青少年期のことや、戦前戦中の旧満州(中国東北部)での暮らし、満州画壇での活躍など、画家のあまり知られていない一面や中国に抱く深く複雑な思いも紹介されました。展覧会や評伝で公開された制作メモや手帳、写真等の膨大な資料は、「記録魔」と言われる所以とともに、作品の制作過程、折々の気持ちを伝えています。

『おへそがえる・ごん』は赤羽最後の創作絵本。雄大なモンゴルが舞台の『スーホの白い馬』、日本の湿潤な空気が感じられる『かさじぞう』、華やかな歌舞伎舞台を思わせる『そら、にげろ』等、代表作も一冊に絞れない多彩な画業のなか、その実、赤羽の本質が詰まった三冊組の絵本なのです。

 カエルなのに、「へそ」があるごん。へそを押すと、不思議や不思議、モクモクモクモク煙を吐いて……。荷運びとして戦に取られた父を探す少年けんと、手のある蛇のどんと、三人の珍道中のはじまりはじまりぃ。

 各巻とも百頁を超える長編。一巻では、人をだまくらかすポンコツ山のキツネとタヌキを懲らしめ、二巻では、村の女子どもをさらう山賊一味をやっつけ、三巻では、戦をして村人を苦しめる殿様たちをやっつける。

 幼い頃、辰巳(たつみ)芸者で知られる深川の一角で育った赤羽は、映画や「立ち絵」と呼ばれた紙の人形芝居三昧の日々、三味線の音を聴いて育ちます。赤羽に備わる粋と艶はこのあたりが源流。映画では、英雄が怪物と闘う無声映画「ジークフリート」(1926年)に心酔したといいます。

『おへそがえる・ごん』を読んで、私が思い浮かべたのは、大ガマが登場する日本の無声映画「豪傑児雷也(ごうけつじらいや)」(1921年)。目玉のまっちゃんこと尾上松之助(おのえまつのすけ)が主役の特撮活劇です。着ぐるみの大ガマが登場し、立ち回りも踊るような型の、歌舞伎を踏襲したこの映画で、児雷也は姿を消したかと思えば、大ガマに変身して煙を吐き、敵を翻弄します。

『おへそがえる・ごん』を貫くのは、押しも押されもせぬこのエンターテインメント性。どこまでも読者を楽しませることに徹した潔さ。勧善懲悪、悪い奴らがきっちりへこまされる小君味よさ。また、自身が「現代の鳥獣戯画」を目指したと語る本作には、日本の絵本のルーツ「絵巻」や「奈良絵本」、手彩色の版本「丹緑本(たんろくぼん)」に見られる素朴でユーモラスな描法も息づき、版型は初期の小型横版の奈良絵本に通じます。

「私は画格の高い、しかも普遍性を持った絵本を、子どもに見せたいと思っている。大衆的なものは程度が低いという、昔からの通念をやぶりたい」と語った赤羽の真骨頂です。

『おへそがえる・ごん』
赤羽末吉 さく・え
1986年
福音館書店 刊

文:竹迫祐子(たけさこ ゆうこ)
いわさきちひろ記念事業団理事。同学芸員。これまでに、学芸員として数多くの館内外の展覧会企画を担当。財団では、絵本文化支援事業を担い、欧米のほか、韓国、中国、台湾、ベトナム等、アジアの国々での国際交流を展開。絵本画家いわさきちひろの紹介・普及、絵本文化の育成支援の活動を担う。著書に、『ちひろの昭和』『初山滋:永遠のモダニスト』(ともに河出書房新社)、『ちひろを訪ねる旅』(新日本出版社)などがある。

(2021年3月/4月号「子どもの本だより」より


◯展覧会情報
『生誕111年 赤羽末吉展 日本美術へのとびら』
会期:2021年6月19日(土)〜9月26日(日)
会場:ちひろ美術館・東京
詳細はこちら→https://chihiro.jp/tokyo/exhibitions/67277/



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