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末吉暁子『ミステリーゾーン進学塾』

 この連載では、1980年代の当時は話題になったけど、今は書店で手に入りにくくなっている作品を紹介していきます。

  1975年に『かいじゅうになった女の子』でデビューし、77年に発表した『星に帰った少女』で、日本児童文学者協会と日本児童文芸家協会の新人賞をダブル受賞して話題になり、以後多彩なファンタジー作品を送り出してきた末吉暁子の異世界ファンタジーです。

夏休みに入って間もないある日、有名私立中学への合格率の高さで評判の進学塾の子どもたちが、三人の先生に引率されて、「合宿特訓」のために北軽井沢の寮に連れてこられたところから物語は始まります。

 白樺林の中に立つ洒落たペンションのような建物を想像していたのに、着いたのは田舎の廃校を思わせるような木造二階建てのおんぼろな建物だったので、子どもたちはガッカリ。

 勉強が好きなわけでも、有名中学に行きたいわけでもないのに、母に無理やり合宿に参加させられた彩子は、最初の授業で居眠りしていたために、塾長の奥さんのおばさん先生から、「帰れ!」と大声でどなられます。もともと合宿特訓なんかに来たくなかった彩子は、そんなに言われるなら歩いてでも帰ってやると、ボストンバッグを持って立ち上がり教室を出て行こうとしました。

 そのとき、突然かすかな地鳴りを感じたかと思うと、次の瞬間、建物全体が大きく揺れて激しい地震が起こったのです。でも震動が収まると、まるで何もなかったかのように授業は再開され、だれも彩子のことなど見向きもしません。

 彩子は、これからどうやって東京にもどろうかと、不安がいっぱいで教室のドアを押しあけました。するとそこで目にしたのは、不気味な口を開けて、どこまでも続く一面のクレーターだったのです。地震のために異変が起こったのでしょうか。

「ドアの外がたいへんです」と彩子が言い、先生たちが窓の外を見ると、真っ暗で果てしない宇宙空間のような世界が広がっているのに愕然とします。塾生たちは、完全に外界から孤立してしまったようなのです。

 その後、塾の成績がトップクラスの女の子に声をかけられて、彩子が一緒にトイレに行こうとトイレのドアを開けると、今度はそこに南太平洋の島の海岸が広がっていたのです。みんなは、トイレのドアから海岸に出て、サバイバル生活を始めることになります。

 ところが、仲間の一人がトイレのドアを閉めきってしまったため、海岸から教室にもどれなくなった九人の子どもたちは、ジャングル探索をしたり、翼竜が飛びかう沼で野営したりと、奇妙な世界での冒険を強いられます。

 大きな地震をきっかけに、まるで「ドラえもん」の「どこでもドア」みたいに、老朽化した建物のトイレのドアから異世界に放り出された子どもたちの奇想天外な冒険物語に、当時の子どもたちがそれぞれに抱えている悩みを織り込みながら、楽しく読ませる仕掛けと構成力はみごとです。

文:野上暁(のがみ あきら)
1943年生まれ。児童文学研究家。東京純心大学現代文化学部こども文化学科客員教授。日本ペンクラブ常務理事。著書に『子ども文化の現代史〜遊び・メディア・サブカルチャーの奔流』(大月書店)、『小学館の学年誌と児童書』(論創社)などがある。

(2021年3月/4月号「子どもの本だより」より)

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