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暴力犯対策係のコンビが身内に潜む内通者を追う人気シリーズ第七弾/『トランパー』今野敏

暴力団と戦う刑事を描くシリーズ最新刊

創作力に長けた人気作家にとって、多くのシリーズを書き分けるのは自然なことだ。東京湾臨海署の面々が活躍する〈安積班〉シリーズ、捜査一課刑事が事件を追う〈樋口顕〉〈碓氷弘一〉シリーズ、科学捜査班が技能を活かす〈ST〉シリーズ、公安警察官の成長を辿る〈倉島警部補〉シリーズ、キャリア官僚を主役にした〈隠蔽捜査〉シリーズなどを持つ今野敏は、警察小説界におけるその好例だろう。

 改めてプロフィールを記しておくと、今野敏は一九五五年北海道生まれ。上智大学在学中の七八年に「怪物が街にやってくる」で第四回問題小説新人賞を受けてデビュー。伝奇やアクション小説で人気を博し、九〇年代からは警察小説を中心に手掛け、二〇〇六年に『隠蔽捜査』で第二十七回吉川英治文学新人賞、〇八年に『果断 隠蔽捜査2』で第六十一回日本推理作家協会賞と第二十一回山本周五郎賞を受賞。一七年には〈隠蔽捜査〉シリーズが第二回吉川英治文庫賞に選ばれている。

 〇三年に書き下ろされた『逆風の街』は、暴力団に潜入していた捜査官が殺され、神奈川県警みなとみらい署の刑事一課暴力犯対策係長・諸橋夏男(警部)と係長補佐・城島勇一(警部補)のコンビが真相を追う物語。これを第一作とする〈横浜みなとみらい署〉シリーズは、二一年までに『禁断』『防波堤』『臥龍』『スクエア』『大義』が刊行された(『防波堤』『大義』は短篇集)。『トランパー 横浜みなとみらい署暴対係』は『読楽』(二二年三月号~二三年二月号)に連載されたシリーズ最新長篇である。

 管内の弱小暴力団・伊知田組が、架空名義で高級食材を注文する〝取り込み詐欺〟を働いているらしい。県警本部の捜査二課に協力を要請された諸橋と城島は、倉庫に荷物が運ばれる現場を撮影し、令状を取って家宅捜索に乗り込む。しかし荷物はすでに持ち去られていた。組長の伊知田琢治が姿を消し、二人はガサ入れの情報を漏らした犯人を暴こうとするが、事態は最悪の展開を迎えてしまう。

 暴力団に両親を殺された過去を持ち、容赦のない捜査ぶりを疎まれて(警部にも拘らず)所轄の係長を命じられた〝ハマの用心棒〟諸橋と、風貌や性格がラテン系と称される陽気な相棒の城島。県警本部の刑事たちと衝突しながらも、二人は関係者への聞き込みを重ね、背後の隠された構図に迫っていく。それは「公安事案に発展しかねない」大掛かりな陰謀に繋がるものだった。

 裏社会にまつわる話ではあるが、理性的なキャラクターたちの思考や判断、テンポの良い会話と語り口などを通じて、粗野に流れないスマートさが貫かれている。意地悪そうな面々に挽回の機会を与えるのも、いかにも今野作品らしい演出に違いない。本作で強い印象を残した中国人・郭宇軒は再登場するのか──といった点も含めて、シリーズの今後がますます楽しみである。

暴力犯対策係のコンビが
身内に潜む内通者を追う
人気シリーズ第七弾

トランパー 横浜みなとみらい署暴対係 今野 敏 定価 本体1800円+税

今野敏◎1955年北海道生まれ。78年に「怪物が街にやってくる」で問題小説新人賞を受賞してデビュー。2006年に『隠蔽捜査』で吉川英治文学新人賞、08年に『果断 隠蔽捜査2』で日本推理作家協会賞と山本周五郎賞、17年に〈隠蔽捜査〉シリーズで吉川英治文庫賞に輝いた。

文/福井健太
1972年京都府生まれ。書評系ライター。著書に『本格ミステリ鑑賞術』『本格ミステリ漫画ゼミ』『劇場版シティーハンター 公式ノベライズ』などがある。

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