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星野源の『バイト』が好き

星野源の歌が好きだ。

音楽のことはよくわからないので、曲に関してどこがどう好きか、素晴らしいと思うかを言語化するのはぼくには難しい。でも、詩についてならそれができそうだ。

今や時代の寵児、J‐POPのど真ん中に君臨するといっても過言でない星野源の詩について素人がくどくど語る「痛さ」「おこがましさ」は自覚したうえで、やってみたい。

以下、この記事では、最初にぼくが思う星野源の詩の魅力を大きく2つに分け示した後で、ぼくの好きな『バイト』という曲を具体例として、その2つの視点からこの曲の魅力を考えていきたい。

まず、星野源の詩の魅力をつくる大きな2つの要素として

①清濁あわせ呑むしなやかさ
②余白のデザインのうまさ


があると思う。以下、それぞれについて詳しく。

①清濁あわせ呑むしなやかさ

星野源の詩の多くは、まさにこの最新曲『アイデア』

に代表されるように、光も闇も、清も濁も、希望も絶望もあわせて描く。一方にばかりフォーカスしてもう一方から目を逸らしたり、否定したりということをしない。曲ごとにそのグラデーションの中の立ち位置が動くことこそあれ、極端に片方に寄ることがない。
そういう意味で、星野源の詩はいつも中庸だ。

希望と絶望どちらも受け入れ、余さず飲みこんで前に進むという意志が通底している。希望にすがるあまり闇に足をとられることもなければ、絶望に甘んじるあまり光に身を焼かれることもない。

だからこそ自分がクモ膜下出血で倒れた後もなお『地獄でなぜ悪い』と言い放つ強かさを持っているし、『Family Song』の中で、どんな人にも不幸や悲しみが避けがたく訪れることを暗に認めたうえで「ただ幸せが一日でも多くそばにありますように」「悲しみは次のあなたへの橋になりますように」と祈る柔らかさがある。

②余白のデザインのうまさ


星野源は、詩の中で言葉を尽くさない。少し足りない程度でとどめる。また、おそらく意図的に、複数の意味で取られやすい言葉を散りばめる。その不足感や曖昧さが、読み手の解釈の余地を拡げる。

この余地というのは、大きすぎてもスカスカの軽石のような歌が生まれてしまうし、小さくして要素を盛り込みすぎても二郎系ラーメンのような重たい代物が出来あがるという難しさがある。
その塩梅がうまい。

『恋』の中の「みにくいと秘めた想いは色づき白鳥は運ぶわ当たり前を変えながら」という部分が好きだ。

恋が始まるとき、いつだってその相手はまだ「恋人」ではない。同僚であり、上司であり、後輩であり、生徒であり、友人だ。そんな相手に恋心を、ましてや嫉妬心を自分が抱くのが気持ち悪くてたまらない。けれどもそれは次第に抑え切れなくなり、恋がひとたび動き始めてしまえば、二人の関係は形を変え、敬語が取れ、手をつなぎ、キスをするようになる。それまでの当たり前が嘘のように移り変わっていく。

こうして少ない言葉で丁寧に聴き手の想像を誘導したかと思えば、突然「白鳥は運ぶわ」なんて曖昧なフレーズを放りこんで聴き手の解釈の余地を広げる。何を運ぶ?白鳥は何のメタファー?

行間の幅の持たせ方が自在だ。

その緩急が、つかめそうでつかめない独特の空気感を醸していると思う。

『バイト』という曲について

以上の2つの魅力が端的に詰まっているように思うのが『バイト』という曲だ。その歌詞は以下。

殺してやりたい人はいるけれど
君だって同じだろ 嘘つくなよ
長生きしてほしい人もいるんだよ
本当だよ 同じだろ 嘘をつくなよ
うーん ちょっとごめんね
適当に切り上げて忘れちゃってね

これでフル。

まず、①の視点でみる。
「殺してやりたい~」という強いフレーズに最初こそギョッとするが、やはりこの歌でも星野源は中庸で、陰も陽もフラットに受け入れている。自分のもつネガティブな感情から目を背けない。逆に、口に出すのが恥ずかしいほどのポジティブな感情にも真正面から強く向き合う。そして自分の感情に素直でないバイト君に「嘘つくなよ」と柔らかく語りかける。


次に、②の視点でみる。
まず、この歌は前編セリフ調だが、会話の相手であるバイト君の発言は省かれてまったく歌詞に現れない。けれども彼が打つ相槌は簡単に想像ができる、なぜならそれは、歌詞を聴きながらぼくら聴き手がパッと思うことときっと同じだから。

そして、後半の「うーん ちょっとごめんね 適当に切り上げて忘れちゃってね」がまた魔法的だ。

バイトの休憩中、ふとしたきっかけで歌詞の前半のような、まるで自分が人間の本質を分かっているかのような語りを思わずスタートさせてしまった。「うーん」で我に返り、急に恥ずかしくなる。何語ってんだろう。そして、「適当に切り上げて忘れちゃってね」なんて雑なお茶の濁し方で逃げる。

前半まではすごく達観した印象だった店主が、後半のたった2行とその余白を埋める聴き手の想像力によって、一気に人間らしく見えてくる。

たった100字程度の歌詞。でもこれを聴いた人はきっとこの店主が好きになる。

ぼくも好きだ。

※以上の解釈はすべてぼくの恣意的なものであり、これと異なる考え方を否定するものでは一切ありません。

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ここまで読んでくださった方はありがとうございました。

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