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track 12 「嘘を吐かなくても許される」

 オープンワールドを往く際、街のデータが保存されたHDDの一部領域に破損のあったなら、足下の道の描画されず天地の境のなくなる不安や、奇抜な色の縞々模様の商業ビルに解体途中のまぐろの突き刺さる混沌や、半身を壁にめり込ませながら歩く自身の分身の存在の異質さを、存分に感じさせてくれる。

 そこに流城歌呼リュウキウタコ、自称流歌リルカは底なしの恐怖と、同時に得も言われぬ興奮を覚える。

 世界の裏側に触れた気になって脳髄が痺れる。

 だけどその痺れは首より下には巡っていかない、ノパソのモニターでは拡がりも奥行きも再現出来ない。

 だから型枠なんかは叩いて壊せ、理性なんかは好奇心で殺せ。

 ストリートビューでは入っていけない路地を、未舗装路を、実際に往くを流歌が好む理由は、脳が覚えた快楽を身体の全部で味わいたいからなのかもしれない。

 或いはそれが彼女の思春期。

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track 12 「嘘を吐かなくても許される」

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 コンクリの隙間から染み出た下水、それに冒され半ば液状化した植物、湿気って饐えた空気。ぬめる足下は爪先を意図せぬ方向に運ぶ。

 錆びた金属は血の匂い、干乾びた鼠の死骸は月日の流れ、誰からも忘れ去られた非常扉はアウトサイダーアートの希代の傑作。

 見上げた遥かの空こそ細く伸びる裂け目、下から上まで優しくなぞったら夢から醒めてしまうだろうか中指で。

 痩せた野良犬が鼻面を突っ込んで素通りしていくようなビルとビルの隙間の路地は表通りの裏返し、セーラー服の上に羽織った紺の、薄手のジップアップパーカーは学校では鎧だがここではパラフィン紙、気まぐれな堕天使のひと撫でがきっと全ての秘密を暴く。

 両手はパーカーのポケットに。フードは目深に。快楽ばかりは視野の端にしっかり捉えて胸が疼くを悦びながら往く。

 流歌が独り遊びを楽しむその磁場に、続く時空の穴を無理やりこじ開けたのか偶然に繋げていたのか、死屍毒郎シカバネドクロウ、通称死郎シニロウの姿が閃光のように現れて彼女は、息を呑んだ。

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 知っていた。

 山我轢ヤマガレキ、通称我轢ガレキの身辺調査をした際に、周辺人物の一人としてその名を目にしていた。

 得体の知れない危険人物、人畜無害な陰キャ、バイト直ぐ馘首になる選手権保持者、等。

 その人物評は定まらず、然りとて我轢との関係性が濃い訳でもなさそうだった為、特に掘り下げて調べる事はしなかった。

 だから知っていたのは名前だけ、まるで全てを見透かしたような昏い瞳を持つ裏世界の統治者だったなどとは、よもや思いもしなかった。

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 流歌が死郎を知っていたように、死郎もまた流歌を知っていたように直感で思った。だから無意識に舌で唇を濡らし、口を開いていた。

「やっぱり人は死ぬのがあれだと思うので驚く事ではないあれかもしれないですがそのあれはやっぱりあれですか死んでるあれですか」

「いや、殺してはないですね。それはここでは御法度ですから」

 会話の内容が非日常、加えて死郎の、ブロンドの直毛がまるで天然ものに見えもしたから吹き替えの映画でも観ているのかと流歌は錯覚する。

「でも路地裏は嘘を吐かなくても許されるあれなのでここなので死なすとか死なさないとかはあまり関係ないあれで意味がないのではないでしょうか」

 一見して判る大きな外傷はないが、死郎に左手首を掴まれ、自らは動けない意識を失った状態のままで擦過傷の心配もしてもらえず地を引き摺られている男はその扱いからもきっと、塵芥、唾棄が妥当なら命の別状を誰が案ずるのだろうか。

「意味がやはりあれなのではないでしょうかないのではないでしょうか」

「いや、姫にはなにを背負わす事も悪手、故に害を為すものがあれば都度に速やかに排除するだけです」

 その時、足蹴にして男を壁際まで運びながら死郎が。

「あれが姫なら、いや」

 実際に舌舐めずりをしたのだったかどうだったか、後に振り返って確かな事は思い出せない。

「それがやはり最善でしょうね」

 ならばやはり流歌は願望を持ってしまったのだ。

「この世界を最悪の、いや、結末に導く為には」

 思春期の、疼く熱芯を自ら剥き出しにして死郎に舐られてみたいと。

 なにか全てを知られているに違いないと、思わせる彼の昏い瞳が恐怖と興奮を、もたらしたのだ。

('22.12.14)


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