track 15 「とか言う積もりだったでしょ」
おそらくはなんらかの執筆仕事の為、母の千秋は二日前から作業部屋にお籠り中、となると三塚家に於いてその代役は、双子の兄の松理の務め。
バイト先のハンバーガー屋で購めた皮付きフライドポテトばかりを食べたがる妹のるるに、同じく、自身のバイト先のコンビニでもらった消費期限切れの廃棄弁当を食べさせるべくに世話を焼く。
「プリン。プリン。松理さんプリン」
「プリンは後。弁当を食べ終わった後。芋ばかり食わない」
「お芋はちゃんとお野菜なのよ。だからとっても素敵なのよ」
「特製ホワイトソースで食べるカツ乗せチキンライス、と、栄養学士が監修した、か、き揚げを自慢したい幕の内弁当、どっ」
「チキンライス」
「元気よく食い気味で答えたなこの野郎」
「チキンライス」
「分かった分かった。じゃあ椎茸と、なにか有り合わせの野菜でスープ作るからそれも食え」
「食べる。そしたらプリン」
「そしたらプリンだ」
果たして食事を終えた松理が、武具の制作、改造の資金繰りの為に神室町はファイナルミレニアムタワーを攻略しようかとコントローラーを手にして居間のモニター前に陣取ったところ、るるが、楚々と、横にやって来て正座をし、あまり見せた事のない神妙な面持ちを浮かべてこう言った。
「松理さん、ちょっと大事なお話があるのです」
と。
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track 15 「とか言う積もりだったでしょ」
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市立宝町高校、その直線型校舎の三階南端、音楽室。
放課後、軽音楽部がその活動の為に利用しているそこへ、見学の名目で個々に集っては駄弁っては時間を浪費する連中が、今日も今日とて雁首を揃える。
「そう言えば」
と、疑問に思った事は割と直ぐ口にする性質の一年生、千葉今日太が、諸々の不都合は往なして放置を処世の術とする三年生、神代国見に他意もない様子で尋ねる。
「国見さんはいつが誕生日なんスか」
「九月二十三日か三月二十九日だな、ま、法則上」
続けて生徒会長で、嘘を吐くのがとても苦手な三年生、清渚水流、通称清流を、今日太が見遣る。
「清流さんはいつスか」
「えっと、僕は、誕生日は」
慌てる様子こそ見せないが、しっかりと言い淀みつつ、国見に目配せ、応えて彼が小さく横に首を振るを確認の後、清流が答える。
「未だちょっと調整中、かな」
そして、嘘を吐く他の目的で口を開いた事のない三年生、小籠包虫男、通称小虫に同文の問いを向けたところの回答が。
「五月六十四日だ」
だ。
「それはえっと、いつスかね」
「五月六十四日は五月六十四日だろ、お前はなにを訊いてるんだ」
「ええ誕生日を、訊いてるんスけど、そういう日にちの数え方はした事がないっていうか、ないっていうか」
納得がいかない、という様子の今日太のその顔面に拳骨を埋めるみたいに、小虫が返す。
「じゃあ五十六月四日だ」
「ごじゅうろくがつ、よっか」
「五十六月四日だ」
「それはえっと、一年が例えば、十二月までしかないとしたらいつなんスかね」
「五十六月四日だ」
そう言い放って小虫は、町ののど自慢大会で優勝した小学生並みに胸を張って、目の光の一つさえ揺らがさず、斯くも堂々としたものだ。
ならば。
「えっともう一回、国見さんは」
「ま、ここは素直に九月二十三日で決めるか」
「清流さんは」
「決まったら教えるよ、その時にまだ知りたければ」
「それで小虫さんが」
「五十六月四日だ。同じ事をなんべんも言わせるな、殺すぞ」
自分は一年生で彼らは三年生、一年生から見て三年生は上級生、上級生とは年長者でありそれならば自分よりも多くのものを知り、自分の理解の及ばぬ道理にも手が届いていて当然だ、という論法を以てして今日太は。
「なるほどそうなんスね」
彼らの言い分に納得した。
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土曜日の昼下がり。
携帯の電波はおろか外来語すら届かない山奥の孤児院出身者、その内の女子ばかりが集って暮らす、旧いながらに立派な造りの一軒家、即ち女子寮。
の。
その庭に張られた天幕を寝食の場としている死屍毒郎、通称死郎が、午睡の微睡みの中で何度、縦に土中に埋めても下からゆっくりと押し上げられてきて何度も、何度も何度も何度も、その姿を見せ付けようとしてくる、頭部が太陽に置き換わっている為に正体が判らない誰かの屍体を、横に薄くスライスしてしまえば問題は解決すると思い付いたところで、支柱に吊るしたワイヤレスチャイムの鳴って覚醒を、促された。
それは母屋からの呼び出し、しかし夕食にはまだ早過ぎる時間、何用かと訝しみつつ勝手口の扉をノックすると、本来は男子寮の住人、宝町高校二年生の青空勇希、通称空希が中から顔を見せた。
先だっての言わば宿題、当日には準備が間に合わず仕舞いだった死郎の誕生日祝、詰まりがケーキを、作ってデリバリーに来たのだと言う。
「たっぷりの桃が入ったアーモンド風味のカスタードタルト、結構上手に焼き上がったんだよ」
見るとはなしに見ると、ダイニングのテーブルには女子寮の住人である波乃上花澄、通称花乃と、椎名南那、通称椎那、共に宝町高校三年生、と、eスポーツプレイヤーでチームNRNCの顔、小山内未知と、そのマネージャーを自称する外海エリカの姿がある。
彼女たちは、死郎に向けたその表情で、もうカスタードタルトの口になっていると云っている。御相伴に預かろう、預かります、預かるとき、預かる、と訴えている。
更にもう一人、クレイジーキルトの、桃缶を抱いたくまのぬいぐるみを納めたリボン付きのクリスタルボックスを、両手で底を支えるようにして持って、るるがいる。
先だって、やはり彼女から受け取った手のひらサイズの水色のくまのぬいぐるみもなかなかに名状し難いなにかだったが、サイズ的にも存在感の増し々しとなったそれは更に以て名状し難いなにかだ。
「お待たせしたのです。ぼでーのカラーは死郎くんのイメージをみんなにインタビューして、それで決めたのです。だからとっても素敵なのです」
「それはそれは、いや、謹んで頂戴いたしますけれども」
そう応えながら死郎が、タルトは皆で食べてもらって構わないからくまは誰かが預かってくれ、と云う目をダイニングに向けたのだが、椎那に、やはりるるお手製の、手のひらサイズの、空手着姿のくまのぬいぐるみを掲げて見せられこんなふうに言われてしまう。
「これで運命共同体だな」
と。
流行歌手が詞い勝ちな、想いの伝わらぬもどかしい気持ちとはこんなだろうかと考えながら、死郎が溜め息。
更に追撃、という訳でもないだろうが花乃が、如才ないところを発揮して死郎に先回りする。
「ホールケーキを七等分する方法も既に検索済みだよ」
右手で作ったピースサインにお辞儀をさせるようなジェスチャーと、笑顔を添えて。
「六等分の方が楽、とか言う積もりだったでしょ」
「いや誰が要らないなんて言いました。一番大きく切れた一切れをもらいますよ当然、いや」
そうして。
「ここで食べてく」
「いや、それは固辞します」
狭い天幕の中で、どこか迫力さえ感じさせるくまのぬいぐるみに見られながら食すアーモンド風味のカスタードタルトの味は、やはり。
「紅茶との相性が、いや、抜群でしたね」
名状し難いなにかだった。
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昨晩、三塚家の居間にて。
曰く大事な話を、皮付きポテトを皮被りポテトなどとわざと言い間違えて認知を得ようとしてくる客を相手にする時みたいな神妙な面持ちで、るるがいよいよ切り出した。
「るるはもう、松理さんだけのるるではなくなろうと思うのです」
衝撃の導入、或いは確かな構成力の片鱗を見て松理が、話の先を促す。
「高校に入ったら、るるに好くしてくれる人がいっぱい出来たので、運命共同体の輪をもっと広げようと思うのです。今まではるるの運命共同体の人は松理さんだけでしたが、もっといっぱいいてもいいという気持ちになったのです。何故ならその方が素敵だからです」
「母さんは」
「お母さん」
「母さんは運命共同体じゃないの」
「お母さんも運命共同体なのよ。当然なのよ」
「るる、母さん忘れ勝ちな」
「そんな事ないのよ。お母さんはもう当たり前にお母さんだから忘れるとかではないのよ」
「うん、いいんじゃん」
果たして松理は胸を撫で下ろす。
「その考え方、たぶん、凄くいいんじゃん」
自分が置いていかれてしまうみたいなほんの少しの寂しさを覚えながら、大袈裟に言えば自らに変化を迎え入れる決断をしたるるを頼もしく思いながら。
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一方その頃、携帯の電波はおろか外来語すら届かない山奥の孤児院出身者の内の、男子共が一棟借りして共同生活の場としているアパート、男子寮の105号室にて。
その住人である国見が、ある重大な事実を発見し、戦慄いていた。
それは詰まり清流にはないが清渚水流には含まれる、即ち326という数列の存在。
ならば彼にも誕生日を設定出来る道理だが、その数列が想起させる或る固定されたイメージとの闘争をまた余儀なくされる、詰まりが呪いを覚悟せねばならない。
アモン、いやさデビルマンとの対決に赴くシレーヌの逡巡とはこんなだっただろうかと、捲ったカーテンの隙間から天上の月を仰ぎ見て国見は、そう思うのだった。
(’23.1.28)
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