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#5 孤独な、殺戮の、日々。或いはRepetition of the Dead

 今日は「死霊のしたたり」のメインテーマだった。重要アイテムとして劇中に登場する鮮やかな黄緑色の蘇生液とバーバラ・クランプトンのヌードが眩しい映画だ。

 設定していない目覚ましアプリが起動して俺を無理矢理叩き起こす。ベッドの上で身体を起こしながら学習机の上に目をやると、機関銃が一丁、用意されている。

 くそったれ。

 今日も、昨日の繰り返しだ。

 昨晩、洗濯かごに放り込んだ制服が真っ新になって鴨居に引っ掛けたハンガーに吊るされている。着替えなければならない理由はないが、登校する為にそれは仕方のない事だ。

 昨日は一昨日の繰り返しだった。一昨日は一昨昨日の繰り返しだった。

 日々は、きっとどこにも帰着する事がなく、故に気持ちなんてどこかに置き去りにして臨むべき、繰り返しだ。

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 自部屋から廊下に出て右手方向、階段を上がり切ったところに前掛け姿の母を発見。俺に気付くと母は、肘を伸ばし前方に突き出した両腕を先行させるような具合で俺に身体を振り向けて。

「あうー」

 と、よだれを垂らすように発声した。

 おはよう母さん、今日もあなたが一殺目。

 ばたたん。

 機関銃の引き金を一度引く、銃口から弾丸が三つ飛び出す、母の顔面に着弾する。

「あうー」

 すまない母さん、一発で仕留める積もりで気負いが過ぎた。

 二度、三度、俺は続けて引き金を引く。

 ばたたん。

 ばたたん。

 そうして頭部が完全に爆ぜると、バランスを失くした母の身体がぐらりぐらりと大きく円を描き、その最後にばたりと仰向けに倒れた。

 じゃあね母さん、また明日。

 階段を下りて一階へ、便所の扉を開け便座に腰掛けた父とご対面。

 タブレット持ち込んで長期戦の構えもいいけどまた母さんに小言言われるよ。

「あうー」

 ばたたん。

 ばたたん。

 難なく父も殺害し、続いて洗面所へ。小学生の妹がドレッサーを覗き込んで髪型を整えている。

 色気づいたところでお前の同級生が興味持つのはかぶと虫か牛乳瓶の蓋くらいだぞ。

「あうー」

 ばたたん。

 ばたたん。

 なんだって、狙いは教育実習生だって。そりゃまた早熟な事だね。

 ばたたん。

 ばたたん。

 も一つばたたん。

 最後は玄関横の和室、母方の婆ちゃんの部屋。

 部屋の中央、座布団の上に正座をし、点いていないテレビを見ていた婆ちゃん。

 暴れん坊将軍ならオンデマンドで観る方法をこないだ教えた筈、だけど地上波の再放送で観てこそって事か、乙だね婆ちゃん。

「あうー」

 正座をしたまま振り返り、両腕を前方に突き出しながら俺の方に身体を向けようとする婆ちゃん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 無理しなくていいよ婆ちゃん、放送時間まで昼寝をしてなよ婆ちゃん。

 ばたたん。

 これで四殺、俺を除いて我が家は全滅、と。

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 学校へは徒歩で向かう。

 ばたたん。

 その間に遭遇する相手、即ち物言わず思考せず、その癖行動するものの邪魔だけはしようとする徘徊するものに関しては、今日を終わらせる為の条件に於いては殺しても、殺さなくても自分が死にさえしなければどちらでもいいらしい。

 ばたたん。

 或いは明日を迎える条件があるとしてばたたたん。

 俺風情が考え得るそれはもう全て試したが、その日の翌日も結局、同じ一日だった。

 ばたたん。

 いずれ確かな事は俺を除く俺の家族四人と、俺が通う学校の全校生徒六百六十八人、及び教員四十人、合計七百十二人を殺せばまたぞろ設定していない目覚ましアプリが起動してそして今日が終わった事を、ばたたん。

 ばたたん。

 知らせてくれるという訳だ。

 言い換えれば詰まりそれは毎朝学習机の上に用意されているばたたん。

 機関銃を手にして七百十二人を殺さない限り今日が終わらないという事だ。

 どうしてそんな日々に俺が放り込まれたのか、以前にかゆうま日記を探し回ってみた事はあるが見付けられず、果たして知りようがないと結論した。今日を更新して明日を迎える方法を考える事ももう、止めてしまった。

 弾切れ知らず、装填不要の機関銃が得物なら感情を殺す事だって容易い。ひたすら繰り返されるだけの日々も言ってしまえばイージーばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 モードだ。

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 いつも竹ぼうきを持って玄関先を掃いている吉田さんの奥さん、通り掛かれば挨拶をしてくれるし町の美化運動に熱心なんだと感心していたのだけど誰かを捕まえちゃあ余所の家の噂話を広めてる、その為に玄関先で張ってるんだと聞いてからはちょっと軽蔑の念を抱くようになってしまった。

 こんにちわ。

「あうー」

 ええ、お出掛けですよ。

 ばたたん。

 ばたたん。

 児童公園、噴水前のベンチが田崎老人の指定席。亡くなった奥さんとの思い出が鮮明に蘇る場所なのか、いつか誰かを道連れにして自殺でもする機を窺っているのか、いずれ見た目は人畜無害、だけどこんな世の中じゃ。

「あうー」

 そうですよね、言いたい事も言えないですよね。

 ならば俺は俺を騙す事なく生きていきますよ。

 ばたたん。

 ばたたん。

 おまけにばたたん。

 だからなんだって話、だけど物事なんて見方次第なんじゃないかって話。

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 学校に着いた。

 言わばここからが本番。

 なにを差し措いても先ず、最短距離で屋上に向かうと俺は決めている。

 効率を考えれば最善だとかそういう理由では全くない。

 心を粉微塵に撃ち砕く為だ。

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 十日埜小鳥はクラス内では浮いた存在だった。

 誰か親しい友人を作ろうという様子はなく、かと言って皆から無視されている事もなく、ただいつも、自分の居場所はここではないというような顔をし、話し掛けられるとふわふわとした受け応えをした。

 肩に届くボブカット、艶やかで真っ直ぐな黒髪。

 若干下膨れ気味、ぱっちりした目。

 上唇が薄く、笑った顔を見た事は一度もない。

 ブレザーの制服が誰よりも似合う。低身長。

 成績は上の下と言ったところ、国語は得意らしく定期考査で満点を取った事が俺の知る限り一度あった。

 気になる存在だった。教室で、自分の席に座り頬杖をつき窓の外を見ている時にどんな事を考えているのか知りたかった。

 登下校の際に音楽を聴いたりするのだろうか。

 スマホの壁紙を設定しているならその画像はどんなだろうか。

 映画を観るのだろうか、ゲームはするのだろうか、ここではない何処かに思いを馳せているとして具体的に其処は何処なんだろうか。

 話し掛けようにもその切っ掛けが一つも見付からなかった。

 だから俺は文を認めた。

 恋文だ。

 君を知りたいと書いた。

 友達になりたいと書いた。

 放課後に昇降口で手渡した。

 翌日、昼休みに屋上に来て欲しいとlineがきた。

 好悪のいずれはあるにせよ、恋文に対する反応をもらえるものと思った。喜びが緊張に勝り、おそらくは自分史上最速で階段を駆け上がった。

 階段室を出たその正面、胸ほどの高さの鉄柵を背にして十日埜小鳥は立っていた。息切れをして直ぐに喋れる状態ではなかったから左の手のひらを向けて少し待って欲しいと伝えた。

 十日埜小鳥がなにかを言った。声は聞こえなかった。唇は確かに動いた。

 十日埜小鳥がなにかを言った。

 俺に向けてなにかを言った。

 そして上体を鉄柵の向こうに放り投げるようにして、十日埜小鳥は俺の視界から消えた。

 慌てて身を乗り出し地上を覗き込み、爆ぜた頭部を見て即死以外はあり得ないと納得させられた。

 十日埜小鳥がなにかを言ったがなにを言ったかは分からず仕舞い。

 そして翌日、世界が変容していた。

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 階段室を出て正面、胸ほどの高さの鉄柵の前に十日埜小鳥はいる。

 俺に気付くと、なにかを求めるように肘を伸ばした両腕を前方に突き出し、その手を取られて引っ張られるているような動きで俺に近付いてくる。

 物言わず思考せず徘徊するもの、これを七百十二体殺す事が今日を終わらせる為のとても単純で簡単な条件。

 心は疾うに死んでいる。

 それさえも意識出来ないほど粉微塵に砕いてしまえば条件を満たす事は造作もない。

「あうー」

 十日埜小鳥がなにかを言った。

 俺に向けてなにかを言った。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 これで五殺目、残りは七百と七殺。

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 一度、物言わず思考せず徘徊する十日埜小鳥を突き飛ばし、自分も屋上から飛び降りてみた事がある。

 翌朝、設定していない目覚ましアプリが鳴らすマイケル・ジャクソンの「スリラー」で起こされた。

 学習机の上に用意されている機関銃を手にした直後に自分の頭を吹っ飛ばしてみた事もある。

 直ぐ様、設定していない目覚ましアプリが鳴らすThe Mirrazの「Zom!Zom!Zombies!」で起こされた。

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 或いは今日を終わらせ続ける事が明日を迎える条件だと、そんなふうに思い込む事も一つの手段かもしれない。

 いずれ帰着するかも知れない繰り返しの日々に俺も、物言わず思考せず徘徊しているに過ぎないのならば。

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 いつ頃からか羽振りの良くなった北見に資金源を訊いたところ、ママ活で援助をしてもらっていると教えてくれた。こいつは誰よりも上手に世間を渡っていく事だろう。

 ばたたん。

 決して作品名は教えてくれなかったが、乃南さんはネット漫画家として結構な知名度があったらしい。その才能が羨ましいと言うと、それは誰にでも備わっているものだと至極真面目に諭してくれた。

 ばたたん。

 その法則を自身が口にした事は一度もないそうだが、東鳩先生は毎日、身に付けているもののどこかに必ずキャラメル色を入れている。ステージ上以外にもエンターテイナーは居る。

 ばたたん。

 野球部御用達の中華そば屋で働くベトナム人のおばさんに童貞を捧げた小西の武勇伝は、高校生にしてはぶっ飛んだ内容のものが多い。またいつか新作を聞かせて欲しいと思う。

 ばたたん。

 三百六十九殺、折り返し地点は過ぎた。

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 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

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 ばたたんばたたんばたたんばたたんばたたん。

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 ばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたんばたたん。

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 最後の二人は体育館の用具室、跳び箱の裏で発見した。上履きの色が云うには一年生の男女、互いに陰部を弄り合っていたところに俺がお邪魔してしまったらしい。物言わず思考せず徘徊するだけの分際で生意気な餓鬼共だ、のみならず手前、俺よりでけえじゃねえかくそったれ。

 ばたたん。

 ばたたん。

 お仕置きだ。

 ばたたん。

 ばたたん。

 地獄に落ちろ。

 高校生でセックスしてる奴は漏れなく全員地獄に落ちろ。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 ばたたん。

 すいません興奮してしまいました。

 設定していない目覚ましアプリが起動して我に返る。今日は「お姉チャンバラ」のサントラ収録曲「Attagirl」が俺に一日が終わった事を告げた。

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 帰路も勿論、徒歩だ。

 その間に遭遇する相手については以下同文。

 そして自宅に帰り着くと、きっと条件を満たした事への労いとして居間に手作りの温かい食事が用意されている。

 揚げ茄子のそぼろ餡かけ、鶏肉と蓮根の煮物、大根の味噌汁、そして白米。献立は毎日違う。

 誰が用意しているのかは分からない。制服を洗濯しているのが、機関銃を用意しているのが誰か分からないのと同様に。いずれ出口なく繰り返される日々に希望があるとすればこの食事がそれだ。

 物言わず思考せず徘徊するものを殺し、食事に有り付く。

 物言わず思考せず徘徊するものを殺し、食事に有り付く。

 物言わず思考せず徘徊するものを殺し、食事に有り付く。

 ひたすらに殺すだけを担当する俺の他にひたすらに食事を用意するだけの誰かが存在するのではないかと想像すると、自分にもまだ感情が残っている事を実感する。

 だがいずれ、物言わず思考せず徘徊するものを殺し、食事に有り付く、その繰り返し。

 明日があるかは知らない。

 時間が進んでいるかも分からない。

 ただ、繰り返す。

 この、くそったれな、殺戮の、日々。

('02.2.9)

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