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track 17 「変な会合とかに参加」

「昨日でしたよね、エリアマネージャーと呑み。どうでした」

「最悪。店員さんにタメ口利くタイプだった」

「やっぱし。だから言ったじゃないすか、絶対人間性ゲボですよって。うちらダシにして店長にアピる感じとか、そんなん誰が言ってた必勝テクだよって」

「ね。その忠告ちゃんと聞いとけばって後悔してる」

 どす恋バーガー宝町駅前店、午後四時二十五分。

 バックヤードで制服に着替えながら店長と軽く雑談をした後、調理場を通って注文カウンターへ、自身の担当者コードをレジに打ち込んだなら業務開始。

 そうしてアルバイトの彼女が、呼び込んだ最初の客が、オーバーサイズのサングラスにスカーフを真知子巻きにしたいかにもな変装をしていたのだが、明らかに同僚。

「あれ、るるちゃん。今日はシフト入ってないんだ」

「違うのです。今日のるるはるるではないのです。これから内緒の秘密会議なのでるるではないのです」

 その彼女、三塚ミツヅカるるは市立宝町高校に通う一年生。双子の兄を全力で慕いくまにこよなく愛情を注ぐなど、独特とも言える価値観を持つ。それ故に時に振り切れた具合の様子のおかしい言動を見せるが、しかしそれこそがすこぶるの常態。

「なるほど承知」

 と、注文カウンターに立つ彼女のそう言って以てるるの言い分を受け入れる術のまた、実に自然で慣れたものだった。

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track 17 「変な会合とかに参加」

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 宝町高校一年生、死屍毒郎シカバネドクロウ、通称死郎シニロウもその参画者、彼が副業である喧嘩代行業で手にした報酬は、一旦、エム資金の口座に入金される。

 同じく一年生の三塚松理マツリが、コンビニエンスストアで、一番くじのラストワン賞狙いのクソヲタを隠し撮りしてSNSに投稿しようとしていた同僚を制止するなどして稼いだ給金も、三年生の神代国見カミシロクニミが、ギターを提げて駅前に立ち、スティールパンを鳴らしていた女性と即興で合奏を披露して通行人から受け取った投げ銭も。

 やはり同様に、彼らもまたエム資金の参画者であるからして。

 そして彼らが、日々の小遣いを得ようとする場合、口座の管理人たる三年生の波乃上花澄ナミノウエカスミ、通称花乃ハナノに出金伝票を、対面で提出する手順が必要となる。

 その不便さこそを金銭感覚を失わせないべくの頸木とする、それが花乃の意向、或いはまた伝票は、彼女の認印の捺された百枚綴りの市販の、冊子状のそれが各人に配られている。

「持続可能な社会も大事、でも破産を怖がる感覚と想像力を失わない自己の形成が個人に於いては優先する、でしょ」

 頑固な側面も持つその生真面目さを以て彼女の信頼性は担保されているのだ。

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 とある月曜日の昼休み、一年A組。
 
 教室に残った松理が、凶器になるほどではないが持ち運ぶには邪魔な厚さの新書本、週末に読み終えられなかったそれを手に着席したところ、想定もしていない人物の訪問を受ける。

 糊が利いてぴんと襟の立った白いワイシャツは既製品、紺のブレザーも制服として学校指定のものが故、外見上は周りの生徒と大差はない筈、なのに色違いかのような存在感を以て在る彼女、花乃。

「めっずらしいすね」

「なんで。同じ学校内だよ」

「違う学年の教室訪ねてくって、あんましないすよ」

「そういうもんなの」

「そういうもんです」

 上級生であり、同時に花乃は生徒会の副会長でもあるからして、周囲からの視線もその分が上乗せされる。

 でも私にはそんな常識なんて関係ないし、と、惚けた表情で以てそう云って退けた花乃が。

「ふーん、そうなんだ」

 単刀直入に本題に入る。

「ところでこれ、ちょっと見てくれる」

 そう言って机の上に、一まとまりの出金伝票を置く。

「それぞれ額面は小さいんだけど、頻繁なのがちょっと、異変かなって」

 ほぼ三日おきの日付けが記入されたそれは全部で六枚、エム資金参画者が持つ、実質、小遣い請求用紙、その支払先の欄には松理の妹のるるの署名。

「基本的には雑費でオッケー、だからそれ以外の事を書いてくる場合は大抵、大喜利状態なんだけど」

 それぞれに記入されている用途がところは、研修費、勉強会参加費、研究開発の為の研究費、など。

「村の時間の時間かよ」

「松理くん、家で食後のプリンを禁止したりとかしてない」

「確かに、精々が俺に内緒で買い食いとかだとは思いますけども」

 明文化されてはいない暗黙のルールとして、想定外の臨時支出でもない限りは月に一度か二度にまとめての要請が、エム資金参画者のお小遣いの作法。その決まりに徒に反発するような、主義主張を強く持つ性質ともるるは、飽く迄も松理の見立てではあるが、違う筈。

「それでも変な会合とかに参加してないとも、私としては言い切れないからさ」

「ですね。教えてくれてどうもです、俺が責任を持って究明します」

「さすが運命共同体」

「直近だと今朝、も、提出してるみたいですけど変わった様子なんかは」

「少なくとも私は気付いてないかな。遠慮も、気まずそうな様子もなくっていつもの感じ」

「この話、既に誰かに相談とかは」

「してないよ、勿論」

「感謝します。必ず俺が解決します」

 その金の使い途を知る事は間違いなく容易、だがその行為が造反や、それに類するものであった場合に花乃が如何な処遇をするものかは前例に照らせば想像に難くない。

 これは慎重な考えと冷静な心持ちを求められる事態だと、松理は、気を引き締めた。

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 そものエム資金の母体が、携帯の電波はおろか外来語も届かない山奥の孤児院出身者の一団、そしてそれは学校内で、音楽室組、などと陰口を囁かれている軽音楽部とその周辺人脈に内包される。

 松理は先ず、直線型校舎の三階南端、音楽室に顔を出している筈の友人、六神円将ロクガミエンショウにLINEで質問を投げる。

 そちらに私の妹のるるがお邪魔していないでしょうか。

 直ぐに返信が届く。

 いいえ、残念ながら見ていません。

 まるで国営放送の外国語講座、その例文のようなミヒャエルとエリザベートの会話をダンケシェーンと締め、松理は一年C組の教室に直行した。

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 手のひら大の板状の、端を右手の親指と人差し指で摘むようにして持ち太陽にかざしたり、裏返したりなどして検めていた円将。

 音楽室、校庭に面したベランダ。

 その彼の様子を室内から見ていた三年生の小籠包虫男ショウロンパオムシオ、通称小虫コムシが、サッシ窓の枠に右肩を預けた態勢から声を掛ける。

「そっから小便でもする積もりなら俺も誘え」

「や、どっちかっつーとぶっ掛けたい気分ですね」

「そりゃあ、へっ、一体なにをだよ」

「勿論、正論を」

 振り返った円将が、肩ほどの高さに掲げた右手のスマホを、うちわみたいにひらひらとさせながら続ける。

「こいつを、小虫さんは板んぱと呼ぶじゃないですか」

 応え、顎を僅かに持ち上げて小虫が先を促す。円将が、妙に真面目くさったような表情で問う。

「こいつは、なんですか」

 持ち上げた口角で頬を歪めて嗤い、小虫が即答。

「時限式の自殺装置、だな」

「そのこころは」

「窓の外に果てしない空間が拡がってたって、結局、手前の脳味噌で想像し得る範囲が全部だろ。ならば原則その空間は板んぱの所有者の固有のものになる、そこに理解し難く受け容れ難い他者の意向や考えが当たり前に漂っていたなら盲滅法に攻撃や排除に転ずる、弱いやつほど、反射的に。それはもう必然、そしてそれは己に対する不満であり失望に過ぎず、故に心してなきゃ確実に自家中毒を招く消化不良の渦に未来永劫に囚われる結果が待つ、てえ寸法だ」

「いずれ糞詰まって死ぬのが関の山、と」

「その自殺に他者を巻き込む風潮も今に始まったもんじゃあねえんだろうが、実際、或る種の人間にとっちゃ蠱毒の壺の底に誘う窓だろこの板んぱは」

 ならば或いはくらげ様の邪気は、今ではないいつかの此処ではない何処かで快適に用を足せる公衆便所を探したかっただけなのかもしれず、同情を禁じ得ない。

 右手に摘んだその板んぱを、校庭の向こうにぶん投げたい衝動に駆られつつもしかし現代を生きる高校生として円将は、それを踏み留まる。

「素晴らしいぶっ掛けでした」

 そうして。

「おう、欲しけりゃいつでも言ってこい。顔でも尻でも幾らでも」

 円将がスマホを尻ポケットに仕舞うのを見届けた後、小虫が続ける。

「ところでちょっと、協力して欲しい事があるんだけどよ」

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 開放状態の引き戸の前に立ち、上半身を傾けてその内側の様子を探ろうとした途端、直ぐの席でウィジャボードなどに興じていた女生徒の一人と目が合う。や、否や。

「あ、るるちゃんですか、今呼びますね」

 松理に制止する間も与えず彼女が。

「るるちゃーん、松理さん来てるよー」

 双子の兄妹としてその関係性やら距離感やらを第三者に把握されている、言い方を変えれば認知を得ている事の、彼女の態度がその証左と言えば言得るが、それが早合点になる場合が絶対ないとも言い切れないという思春期らしいもやもやと、同時に、椅子に座るよう勧めてくれ、更にるるの席なども用意してくれているやはり彼女が、こっくりさんで言えば10円玉、もしかしたら必要不可欠な手順も踏まずにプランシェットから指を外している事実に松理が、はらはらする。

「あ、大丈夫っすよ、どうせ英語なんて分かんないんで」

 だから問題がないとする考え方は非常に乱暴で或いは楽観的だと言わざるを得ないと私は思いますが、ところで君は猫のどんな仕草が一番に可愛いと思うんだい、エリザベート。

 と、松理が、国営放送の外国語講座、そのlesson34のミヒャエルに成り切って内心で突っ込む。

 とまれ。

 自分の席に裁縫道具などを広げていたるるが、松理を見遣って、目を見開いた後ににっこりと笑顔になる。

 そうして。

 若干センシティブな内容の話をすると伝え距離を開けてもらったウィジャボードの彼女たちの、なんなら、尊い、遣り取りを期待するみたいなその視線を意識するように松理が、芝居掛かった物言いをする。

「るる、ちょっとそこに座りなさい」

「なにかご用事」

 常に世界に好奇心を向け空に視線を引っ張られていたなら風を嗅ぐように顔は上向き、身に染み付いたその癖に、耳より若干高い位置で束をこさえたラビットスタイルのツインテールが乗算されれば座敷犬の愛嬌は必然。

 或いは見世物にされている自分とるるを俯瞰しつつも、その状況を松理は呑み込む。自分を含めた仲間連中がどこかで冷笑を買っているのならば三塚兄妹としてもまたその対象が自明、一方で声の大きなものが世論を方向付けるならばそれらに媚びるべくに猿回しの猿になって芸を披露している方が賢明、という判断。

 そうして護られているならイノセントは無敵、たかが刃物に金剛石は砕けない、松理もまた単刀直入に言ったものだ。

「ここ数日、臨時支出が続いてるらしいがなんの金だ」

「研究と勉強の為のお金なのよ。日々の繰り返しが基礎力を鍛えるのよ」

 果たして。

「確か今日も、放課後はバイトじゃなく用事があるって言ってたな」

「そうなの、勉強会なの。でも松理さんをお誘いする訳にはいかないのよ、きっと余計な事をごちゃごちゃ言うだろうからって」

 僅か2ターンを以て九割方の真相が判明する。

「そりゃ残念、俺は仲間外れか」

「秘密の勉強会なの、だからとっても内緒なのよ。でもそろそろ松理さんにも研究成果を披露出来ると思うのよ」

 まるで起伏のない展開、プレイ動画の再生数の伸びも期待出来ないイージーモード、或いはウィジャボードの彼女たちを納得させる撮れ高には及ばなかったかも分からないが、難なく目的が果たされたならそれが松理にとっては上出来、そして答え合わせも放課後には終了する見込み。

「あまり遅くならないようにな」

 などと適当な事を言い置いて松理は、一年C組の教室を後にした。

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 そして放課後。

 よもや尾行を警戒したのではなく、或いは秘密という言葉に引っ張られたコスプレか勉強会の他の出席者の入れ知恵、校舎を出る前にトイレに立ち寄ったるるが、次にそこから出てきた時、オーバーサイズのサングラスと真知子巻きにしたスカーフで以て変装をしていた。

 それで松理がるるを見失う訳もなく、むしろるるの側が変装を以て安心を得たなら尾行もまたイージーモード、駅前の、彼女がアルバイトをしているファストフード店で客として席に着くまでを苦もなく見届ける。

 店外からドリンクのみをモバイルオーダー、同時にるるが着いたテーブル席の近くに盗み聞きに打って付けのカウンター席を目視で確認したなら念の為に身体の向きを斜に、顔をうつむけ勝ちにして烏龍茶を受け取り、目標の椅子に着席。鏡代わりのスマホをるるの着いたテーブル席が映り込むように設置し、そうして松理が一息ついたのと同時、隣の席から。

「なるほどそういう事か」

 と、呟く声が聞こえた。

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 日に灼けた肌にショートカット、向日葵みたいな無敵のビーナス、楪真白ユズリハマシロは学年で言えば松理の一つ上。

 先客として隣の椅子に座っていた彼女が、乗り出すように胸から上をカウンターに預けて角度をつけ、鼻先に乗せるようにしてずらした銀縁真ん丸の黒眼鏡の奥から上目遣いで松理に視線を向ける。

 その大きな瞳はいつも潤み勝ち、更には距離の近さも手伝えば見詰められるものは狼狽必至。そうして松理が逃げるように視線を移した先、ウインドウの向こうを歩く小虫の姿を見付ける。

 果たして松理も。

「なるほどそういう事ですか」

 と、真白に応えるようにそう呟いた。

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 とうもろこしの。すり潰した汁の。冷たいやつを。普通の大きさで。芋の。揚げたやつ。あれも美味いね、出されれば喜んで食うよ。ああ好きか嫌いかじゃなくて。注文するかどうかって事か。済まねえ金がねえんだ、とうもろこし汁の分の金しか持ってねえんだ。悪いな、せっかく勧めてくれたのに。

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 松理と真白が息を潜めて見守る中、スマホの画面に映り込むるるの対面に、いよいよ小虫が着席する。

「待ったか」

「全然待ってないのよ。プリンを食べる暇もなかったのだもの」

「そのようだな。どうする、食べてからにするか」

「そうさせてもらうのよ。だってプリンは美味しいからね」

「おう、しこたま食え。慌てなくていいからな」

「小虫さんもちょびっと食べますか」

「なんだ、分けてくれるのか」

「ちょびっとだけならいいのよ。本当に本当にちょびっとだけなら分けて差し上げるのよ。だってプリンは美味しいからね」

「そりゃ嬉しい誘いだが、今日は大丈夫だ、啜る汁があるからな」

「とうもこ。とうもろ、こしのやつ」

「おう。今日は冷たい方にした」

「美味しいものね」

「美味しいよな」

「暖かくても美味しいのよ」

「美味しいよな」

 などと。

 聞いている内に頭痛がしてくるような会話がしばらく続く中、松理と真白も時折、吹雪の雪山を往く中で励まし合うようにアイコンタクトをとりながら、その不毛な時間を遣り過ごす。

 そうしてようやく。

「じゃあ取り引きを始めるか」

 そう言って口火を切った小虫が、ワイシャツの胸ポケットから取り出した単語帳を開く。捲っては戻ってを何度か繰り返し、そうして吟味を重ねた上で選んだ一枚をちぎり、テーブルの上を滑らせてるるの眼前に置く。

 サングラスのつるを、広げず揃えてぴんと伸ばした指先で持ち上げたりなどしたるるが、単語帳から切り離された紙片を手に取り、唇を一文字に引いた真剣振った表情で見詰め、果たしてその緊張を緩めぬまま首を横に振り、紙片をテーブルの端の方へほかす。

 苦い表情を浮かべた小虫がまた単語帳を吟味、一枚を選び抜いて査定を乞い、るるがそれに即断で、或いは断腸の思いという具合に合否の否の判定を下す。

「相変わらず厳しいな、るる助」

「だって真剣勝負なのよ。妥協は禁物なのよ」

 そしてまた小虫が単語帳から一枚を厳選、それに対しるるが首肯するかどうかという遣り取りが繰り返される。

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 女子と連れ立って歩く、或いはまたファストフード店でお茶をする小虫の連日の目撃情報が、他校の友人からもたらされたのだと真白は言う。

「だからって目を血走らせる勢いで張り込みしてた訳じゃないからね」

「ジョン・バダムの」

「たまたまだからね。そりゃ通りが見える席に座ったけどさ。たまたまだからね。もしその現場を見掛けちゃったりしてたら尾行してたかもしれないけどさ」

「エミリオ・エステヴェスとリチャード・ドレイファスがまた名コンビで」

 そうしてるると、彼女を見守る事に夢中でまるで無防備だった松理が時間差で入店してくるに至り。

「せっかくの変装ですよ。気付かない振りをしてやるのが大人の務めでは」

「だってるるちゃんだよ、気付かないって言い切る方が無理があるでしょ」

 小虫の目撃情報、その真相がところが概ね読み解けたと言う。

「相手の容姿を友人に訊いてたら、一発解明だったかも分かりませんね」

「でも小虫くんのプライベートだって守られなきゃでしょ。関係性的にも訊けない、訊いちゃいけない気がしたからさ」

「乙女っすね」

「乙女っすよ」

 俺が小虫だったら、などと言い掛けて松理は、続く言葉を必死に喉に留めて押し戻す。

「やっぱ怖えすよ。真白さんめちゃ凶悪」

 人としてビアンカ。

 テレビゲームにまつわるそんな名言が、松理の脳裏を過ぎった。

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「いよいよもう虎の子を出すしかねえか」

 そう言って単語帳からちぎった一様をテーブルに置く、右手の人差し指で押さえる、一呼吸の後、水流でも斬ろうとするかのような疾さで小虫がそれを、るるの領域に押し込む。

 手に取って、味わうようにしばらくそれに視線を留めたるるが、横にほかさず正面に残し、そして傍らのナイロンバッグからくまの顔を象った小銭入れを取り出し硬貨を何枚か、小虫の領域に送り込んだ。

 小虫の言わば渾身の一撃がついにるるの肺腑を衝いたのだ。

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 詰まりが。

 当人同士が。

 今回の場合はるると小虫が。

 それを勉強会と呼ぼうが研修と説明しようが密会の積もりでいようが。

 或いは他者が。

 花乃や松理や真白の友人が。

 秘密の逢瀬と見積ろうが変な会合を連想しようがプリンの隠れ食いを疑おうが。

 いずれもが正解と言い得る、また同時に間違ってもいる。

 詰まりがそれが本質的には戯言に過ぎないと予想される、いやさ確実にそれだからだ。

「るると小虫の間になにかしらの取り引きがあって、そこで遣り取りされる金銭がこれるるがちょこちょことエム資金から引っ張っていたもの、この見立てで間違いないと思います」

「問題はその取り引きの内容、て事ね」

「どうせ仕様もないオチだと思いますけども」

 ほんの僅かの逡巡の後、松理が続ける。

「最悪、尾行をしてたのかと小虫に疑われる可能性もありますけど、問題ないですか」

「わたしが尾行をしてたとして、小虫くんはそれを気にも留めないと思う」

「それは関係性により、ですか」

「それは関係性により」

 果たして真白の承認を得た松理、ハイスツールから尻を落とし、そのままるると小虫が着いているテーブル席に直行する。小虫が差し出しるるが横にほかした単語帳の切れ端を、むんずと手に取り無言で検める。

 それにはそれぞれ、とある単語の言い間違え、もしくは聞き間違えのヴァリエーションと思しきが一案ずつ、書かれてあった。

 それを小虫が提案し、るるが気に入ったなら買い付ける、そういう取り引きが行われていたのだった。

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「想像以上に仕様もない。もうほんと想像以上に仕様もない」

 或いは計画の背後にレプリタリアンの暗躍があった、就職を世話してくれた親戚に目覚めが良くなる水を勧められた、難病を抱える未来ある子供のサポート資金が必要だった、などといった事情ならば喜怒哀楽の感情で以て素直に対処が出来たかも分からない、しかし、眼前に転がったその真相に対しては。

「ただただ仕様もない、それしか言葉が出てこない」

 呆れて見せる事すら敗北を認め承認を与える事と同義に思えた。

「どうするるる助、密会現場を押さえられちまったな」

 脂下がった間抜け面で以て小虫がそう宣う。

「問題ないのよ。だってもう松理さんだけがるるの」

 手元の、単語帳からちぎられた一葉に視線を落とし、るるが続ける。

「ムーミン強化祭の人ではないのだもの」

「円将考案、今回一推しの案だぜ」

 ここに突っ込みの入って成立を見る現場、その一連に自分が勝手に組み込まれた事態を理解しつつも松理は、その責任を放棄する。

「小虫に唆され仕方なくやった、という事にしてるるに関しては今日から一週間、食後のプリン抜きという厳罰を以て花乃さんの理解を得るとして」

「るるは知ってるのよ。こういう場合はご飯を食べる前にプリンを食べれば問題ないのよ」

「それも駄目。主食をプリンに置き換えるのも勿論禁止」

「それは八方塞がりって言うのよ。るるは知ってるのよ」

「さて、期待に応えてごちゃごちゃ言ってやる」

 松理が小虫を見遣り、続ける。

「あんたは花乃さんに直々に絞られりゃあいいんだ二時間でも三時間でも。そんで干乾びっちまえこの頓痴気めが」

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 果たして翌朝、宝町高校音楽室。

 折にスポットバイトなどをこなす事で以て煙幕を張り誤魔化してはいるが、安定収入を得るべくの手段構築は未達、そうした事情が小虫にはあり、また、鮨宅配業の起ち上げ失敗に伴う損失、その一部補填を義務として負わされている立場、故に花乃から彼に、小遣い抜きの期間延長が言い渡される。

「なにしろ夕飯の度に毎日空希に訊かれるんだよ、今日はお鮨のお土産はないのかい、てな。その無邪気を黙殺して平気でいられるような俺も鬼じゃねえ、けれど僅かの小遣いも与えられてはなく、そんな身分でなんとか駄賃を手にする方法を考えた結果、悪事に手を染める以外になかったという次第だな。俺も追い詰められてたんだよ、へっへっへっ」

 喋る言葉とまるで真逆の態度、小虫のその悪辣さに花乃が溜め息。

 とは言え。

 るるから小虫に渡っていた全額が、実は、知人の宅配ピザ屋や鉄板焼き屋を手伝うなどして得た臨時収入としてそのままエム資金に戻っていた、その絡繰りを見抜けていなかった事実を花乃は、自らの落ち度だと認識する。

「今の方便、ちょっと面白いなと思っちゃった。けど本当の目的はなに」

「だからよ、こちとら金がねえっつってんのに経済を回せと脅迫してくるだろ、やつらが、電波で。だからもう自棄糞の特攻精神でそれに応えたみたいな。そしてそれを続けてたなら破綻は確実、なるほど正しい金銭感覚ちゃあ身に付けるべきだよな」

「うん、経済を回すってそういう事じゃないから」

 とは言え。

「そしたら僕も反省するよ、お鮨をねだった事。でも毎日は言ってないよ、五日に一回くらいは言ってた気もするけど。だってお鮨は美味しいからね。僕は特に蛸さんのお鮨が好きだよ。でもほんとに毎日おねだりしてたっていうのは小虫くんの嘘だからね。でも、僕も反省するから、なんとか小虫くんにお小遣いをあげられないかなぁ」

 と、小虫擁護の立場に回った彼。

「だからそこじゃなくて。詭弁の種にされた事を怒る場面」

 男子寮の守護神にして絶対寮母、二年生の青空勇希アオゾラユウキ、通称空希クウキの懇願についても花乃は。

「いずれにしてもそれはそれ、小遣いなしは小遣いなし」

 と、にべもなく却下する。

 それが即ち、金銭で遊ぶものは厳罰に処されるべきとする花乃の意向だ。

('07.3.12)

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