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#14 ずっといつまでもたまに逢おうよ

 昭和生まれの父親の思い出話に登場しそうな駄菓子も売ってるクリーニング屋、その軒先に置かれたアップライト筐体はただの一台。詰まりゲーセンか、誰かの家に集合して遊ぶ男子からは無視される場所、故に専ら、エリカと未知の寄り道スポットになっていた。

 未知のプレイをエリカが横から覗き込む、そんなふうにしてその日も夢中になっていた為に、背後に忍び寄るものに気付かずにいた。

「しょーりゅーけん」

 掛け声一発、未知のスカートを捲り上げたのは三人連れのクラスの男子。顔を見合わせにやけていたが、未知がなんの反応も示さずプレイを続行していた為、次第に冷水を浴びたような表情に変わる。或いはバレットタイムに突入したようにでも感じただろうか。

 その耐え難き静寂を裂いたのは三人の内の一人が漏らした呻き声、エリカの膝金的を満額でもらった彼がその場に崩れ落ちる。残る二人も脱兎の如く駆け出したが、ランドセルを下ろしたエリカが直ぐに追い付き、一人を追い抜き様のラリアットで、もう一人を飛び蹴りで仕留め果せた。

 エリカがクリーニング屋まで戻ると、拾い上げたランドセルを胸に抱えた未知が待っていた。

「またラスボスに負けちゃったー」

 のんびりした口調でそう言った。エリカも笑って答えた。

「じゃあ、明日またリベンジだね」

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 二人は小学校の六年間を同じクラスで過ごした親友だったが、中学に進むと次第に疎遠になった。学力差を実感させられる場面が増え、優秀な未知に対しエリカが遠慮するようになった。最終的には互いに進学先を知らないまま中学を卒業した。

 高校二年生になると同時にエリカは、所属していた総合格闘技団体から現役JKファイターとして売り出された。持ち前の愛嬌が受けてテレビのバラエティ番組などでも活躍した。だがそれはほんの三ヶ月程度の出来事、専属コーチとの淫行を週刊誌に報じられ、夏休みが終わる頃には既に過去の人になっていた。

 格闘技は辞めた。学校には通い続けたが、将来が閉ざされたような気持ちは一向に拭えなかった。

 トンネルを当てもなく往くようだったその年の年末に未知から連絡があり、初詣に誘われた。四年近い音信不通がまるでなかった事かのような未知の調子にエリカは救われたような気持ちになった。

 それから二人は、何曜日だろうと毎月二十九日は必ず会うように約束した。

「なんで二十九日」

「だってー、赤門が安くなる日だよー。あたしこう見えて肉食女子だからー」

「そういう事ではない。そういう事ではあるけどそういう事ではない」

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 さながら制服の見本市、午後三時を過ぎた駅前のファストフード店は二階も三階も高校生で満席状態、徹夜三日目の漫画家も眠らせないくらいに騒々しい。

 誰かが忘れていった週刊誌、その記事内にAV出演が噂される有名人として自分の名前を見付け、またぞろエリカは腕を極められたような気持ちになる。

「あー、また険しい顔してるー」

 ちょうどそうしたタイミングに現れるのだから未知はなにか天性の才能に恵まれでもしているのかと思う、エリカは眩しそうな表情で彼女を見上げる。

「世間の荒波に揉まれた女子高生はやがてゴルゴ顔になるのだ」

 この日は二十五日、約束の日ではないが特別な日。

「そんな事よりはい、誕生日プレゼント」

 未知が十八歳になった日の翌日。

「ありがとうれしー。開けていー」

「開けて開けて。気に入ってくれるといんだけど」

 リボン付きの紙袋の中身は黒のガルボハット。

「これで女囚さそりのコスプレして欲しい。未知、喋んなかったらかっこいんだから」

「ありがとー。予想の斜め上だけどうれしー」

「それと、例のやつ」

 そう言ってエリカが学校指定のナイロンバッグから取り出したのは、ファンシーな柄の封筒。

「あー、そうそうそれそれ。懐かしーねー」

 宛名はなく、裏に未知の署名があるだけ。

「完全に忘れてたみたいな言い方。今日の本命、こっちだかんね」

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 小学校の卒業を控えた或る日、エリカと未知は一つの約束を交わした。

 とある内容の封書を認めて交換し、お互いに保管しておき相手が十八歳になったら手渡すという約束。当時考えていた大人の年齢が十八歳、その約束はきっと、ずっと友達でいようという願い。

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 バニラシェイクを啜って一呼吸、いよいよ未知が封筒を手にする。

「じゃあ開けてみるねー」

「未知、なんて書いたか覚えてる」

「ぜんぜーん」

 取り出した便箋には、小学生ながらに頑張って丁寧に記したと思われる文字で、生理、とだけ書かれてあった。

「んふっ。んふふふふー」

 堪らずエリカが吹き出し、爆笑する。

「えりちん笑い過ぎー。てかあたしバカっぽーい」

「未知、やっぱかっこいい、冴えてる。あたしが男だったら全力で口説く」

「自分で言うのもあれだけどー、小学生の考える事ってかわいーねー」

 目鼻立ちの整った未知の微笑みに、エリカは自分には備わらなかった上品さを見る。そこにも遠慮していた事実も今は昔、なにしろ願いは成就しているのだ。

「次はえりちんの番だねー。来月だっけ」

「そだよ。十三日」

「何て書いたか覚えてるー」

「思い出せない。人の名前を書いた気がするんだけど」

「変な事書いてたら、あたしも遠慮なく笑うんだからー」

「あたし未知ほどセンス良くないし。絶対詰まんない事書いてるよ」

 未だ出口は見えずトンネルを抜けられる気配はない、大人にはまるでなれてはいないがしかし、得難い友情が直ぐ側にある。小学生の頃の願いは成就していたのだ。

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 詰まり、消しゴムに好きな人の名前を書きそれを誰にも見られず使い切れば想いが叶うというような、おまじないのようなもの。

「物とかテレビ番組とかー、なにか嫌いなものの名前を書いたら封筒に入れてお互いに預けるのー」

 新品のレターセットの封を開けながら、未知がエリカにその内容を説明する。

「それでー、その言葉を十八歳の誕生日の日に言っちゃった人は頭が爆発して死んじゃうってゆー呪いなのー」

「怖いよそんなの。絶対やりたくないよ」

「でもねー、言わないで過ごせたら呪いが解けてねー、その人は一生幸せになれるのー。預けた友達ともずっと友達でいられるんだよー」

 出典も効果も不明、だがその事実は小学生を思い留まらせるには至らない。

「そんな事しなくてもあたし未知とは友達でいる自信あるよ」

「あたしもー、えりちんとはずっと仲良しでいられると思うー」

「じゃあやっぱり止めようよ、呪いなんて」

「でもー、呪いが解けたらおまじないになるんだよー。人生の荒波なんだよー」

 結局エリカは便箋を受け取った。その選択はきっと正しかった。

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 翌月の十三日。エリカは自身の十八歳の誕生日を、SNSを介しその日に会ったばかりの相手と過ごした。

 誕生日に独りで居たくない、学校をさぼりたい、セックスがしたい、どれが一番の目的か自分でも判らなかった。いずれそれがトンネルの中で見付ける光明になるなどの期待は欠片もなく、事後に虚しくなる事も承知していた。一時でも空虚を埋めたいという思いに流された。

 そして翌日。

 いつものファストフード店で未知を待つエリカは、しかしいつもより沈んだ顔で席に着いていた。

「えりちんどしたー。くらーい」

「安定の遅刻魔。そのマイペース振りに癒される」

「だって委員会で押したー。お詫びにバニラシェイクー」

 そうしてエリカは、宛名はなく裏に自分の署名があるファンシーな柄の封筒を未知から受け取った。

「ねえ、未知」

 両の掌の上で小学生の自分を持て余すみたいにしながら、エリカが言った。

「未知はさ、将来やりたい事ってある」

 その質問が予想外だったらしく、未知はまるでバレットタイムに閉じ込められたみたいに表情を固めた。が、直ぐに微笑むと自分のスマホを操作し、とあるeスポーツ大会に関する記事をエリカに見せた。

「小さな大会なんだけどー、あたしこう見えてそこそこなんだよー」

 記事に添えられた写真の中で、未知が、女囚さそりのコスプレで壇上に立ち誇らしげな表情でトロフィーを掲げていた。

「似合ってる。やっぱり未知はかっこいいなぁ」

 果たして未知に催促されるまま、エリカは小学生だった自分と対面した。

「えりちん、なんて書いてあったー」

 遠慮なく訊いてくる未知に対し、エリカも素直な気持ちで便箋を差し出した。

 おざきゆたか、と勢いよく大きく書かれたその下に、窓ガラスはわってはいけないので、と小さな文字で添えられてあった。

「えりちんかわいー。らぶー」

「あたし、将来の目標決まった」

 上品に微笑む未知を真正面から見詰め返して、エリカは宣言した。

「タイムマシーン作って小学生のあたしを抱きしめにいく。そんで、未知にありがとって言うんだ」

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 意識してなるものではなくいつか自然と友達になっていたなら十八歳になると同時に大人にならなければならない道理もない。

 若干の無理を続けていたのは誰の為だったか解らないが、その必要もなかったと納得がいった。

 その日の夜、SNSのアカウントを消したエリカは、シャワーを浴びながら気の済むまで泣いた。

 小学生の頃みたいに泣いた。


('03.12.11)

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