坪売り12
理由は『引き抜き』だった。
2000年以降日本企業に対して外国企業の日本法人の立ち上げや支社開設が見られたが、仲介業界にも外資資本が入ってくるケースが増えてきた。
最初は不動産ファンド組成などを行っていた欧米系不動産会社が今回日本のマーケット拡充を行うために仲介部門をより強化する為に人材を集めているらしい。
「岸部さんは古株じゃないですか、なんで今さら辞めて転職なんてするんですか!」
「より強い情報が集まる会社に所属する必要がある。より大きなツボを売るには今の会社だと無理だ」
「俺たちは毎月ツボを売らないといけない。だが山本君がやっている坪数と伸びている企業が必要な坪数は違う。もっと大きいんだ」
不動産とはいわば情報戦だ。
その為にはより大きな坪数の移転を扱っている仲介業者の方が情報も集まりやすい。グランドオフィス社のような会社ではまだ扱えないような坪数の案件も世の中にはたくさんある。
「大曲社長の理念や世話になった義理もあるさ。だけど俺の客はもっと大きい坪数に移転したがってるし俺もやりたい」
「山本君。六本木ヒルズ森タワーをうちの会社が何坪決めたか知ってるか?ゼロだよ、ゼロ。これが今の実力なんだよ。個人も会社も・・・」
岸部の言っている事は今の山本になんとなく伝わる。一仲介としてどこまで挑戦できるのかという意気込み・闘志が普段クールな岸部から伝わってくる。坪を売るには、より強力で早い情報網が必然なのだ。
「六本木ヒルズも今、色々問題が出てきてるからいずれテナント空くだろう。そういう時にいち早く取引できるポジションに俺はいきたいのさ」
「山本君も今は目先の案件があるけど、いずれどういう仲介になるか考える時が来るから」
もっと大きな坪数・・・大きな案件に携わるポジション。今の山本には実感が湧かない事は当然である。しかし岸部の想いの強さも感じたので山本は一言も発する事が出来なかった。
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「岸部さん辞めるんだって?」
1週間ほどたってから石田が部署を越えて声を掛けにわざわざ来た。この手の情報はなぜか早い。石田の情報網に山本は感心した。
「そうなんだよ、情報早いなお前」
「でも、岸部さんそっちの課ですげえ売上を上げてたし、山本も調子上げてたじゃん。どうしたんだ?山本なんか聞いてんじゃないのか」
「さぁね。そこまでは知らないよ」
と素っ気ない返答をした。本当は知っているが石田にその情報が入ってないならば話す必要もないだろう判断した。
岸部の送別会は営業課の垣根を越えていつもの新橋や小伝馬町での居酒屋ではなく、豪勢に六本木の焼肉店まで出向いての行われた。なんだかんだ言われてはいたものの岸部は社内で人気があったのだなという一面が垣間見えた。
しかしこの時も岸部の次の転職先や岸部が何を思って辞めるのかは公にされなかった。実際のところはわからないが山本だけが知っている情報の様に思える。
岸部が扱いたいといった情報戦、そして2005年は個人投資家の台頭などがニュースとなった。また六本木ヒルズやヒルズ族などIT企業たちの様々な不祥事などが明らかになる。
2005年、グランドオフィス社は岸部という営業を失った。しかしこれはグランドオフィスにとってはまだ序章に過ぎなかったのだ。
なにか、不動産の『大きなうねり』が来ている。山本の目にはそう映っていた。
主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます