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坪売り9

日が沈むのが早くなったと感じる秋から冬の訪れ。日の沈みと同じくこの日の山本の気持ちも沈んでいた。

入社時から快進撃を続けてきたが、ここにきて案件が立て続けに自分が提案した物件以外のビルを契約してしまい勝てない。

オフィスビル、こと不動産営業一般としてどんなビルも提案できるが基本的に交渉する権利やその顧客の申し込みを得る権利は、内見をした会社が獲得できる。つまり提案していても内見させることができなければ成果にならないのだ。山本も複数提案している物件には入れていたものの一歩のところで他社に案件を取られてしまう状況だった。

自分の営業力なのか負け続ける居心地の悪さを感じている。

この案件は他の部署からもらったリストだった。
ニューリアル・ネットワーク社。絶賛成長中の営業会社だった。実際の商材は、光回線の営業からコピー機、営業代行、ふとんの訪問販売まで手掛けるかなり勢いのある若い会社だ。

当初から複数の仲介会社に声を掛けており物件の提案スピードや担当者の好みで選別される傾向にあるが、今回の負け方は山本が提案しているときには気になっていた模様だったからこそ悔しい。

取り返すべく他の案件で数字を作らねばと新たな顧客リストから電話をしようとした際に、久々に社内にいる岸部に声をかけられた

「お、ニューリアル社?山本君が追っかけてた案件じゃん。決まるの?」

こういう時の反応は目ざとい。これが売れる営業なのだろうか、正直ばつが悪くタイミングは最悪である

「いえ、実は・・・」

「何?どうしたの、最近勢いなくなってきたんじゃない。スランプに陥ってるんだとしたら早いよ。」

ばつが悪いが、しょうがない。洗いざらい話をすれば気持ちも楽になるかと思い、これまでの経緯を説明した。

ニューリアル社が提案したが内見に至らず競合の仲介会社に取られてしまった件。個人的には内見をしていた自分のビルが良かった点。数字が足りないので他の案件で補填をする件などを話した。

「へー、池袋の会社で成長してんだ、なるほど岡田ビルね。あー確かに今のオフィスからは近いね。そんなに現状を変えたくないけど坪数大きくしたいのね」

なるほど、ねと岸部はうなずく。物件概要や山本の物件提案したものを見比べて条件的には岡田ビルの方が良い。これを先に内見させられたのは痛い。

「よしっ!」とおもむろにつぶやくと岸部は山本に提案してきた

「この案件さ、アポ取ってよ。山本君に同行するよ。ただし、もし上手く進めたら、俺に売り上げの半分頂戴ね。ほら、新卒最初の案件あげたでしょ。お返しでいいから!」

山本にとって悪くない話だが、この状況からどうやって挽回するのだというのだ。岡田ビルの内見は取れていないから今さら割り込むのは無理だ。岡田ビルのオーナーも個人オーナーである。そういったルール違反は認めないだろう。

岸部は上機嫌に鼻歌を歌っている。こういう性格の人ではないと思いつつ勝算はあるのだろうか。

山本は不思議であったが、まずはニューリアル社にアポイントの連絡をすべく電話に手を掛けた。


主にオフィスに関する不動産知識や趣味で短文小説を書いています。第1作目のツボ売り、それ以外も不動産界隈の話を書いていければ良いなと思っています。 サポート貰えると記事を書いてる励みになります。いいねをしてくれるだけでも読者がいる実感が持ててやる気が出ます