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自分が選んだ道で生きるために<前編>

IWATE PRIDEとは
岩手で活躍する”人”にスポットを当て、魅力を伝えるコンテンツです。さまざまな角度から、大切な”人の想い”を伝えていきます。


お話しを伺った方

二戸市地域おこし協力隊 金山昌央さん(2023年取材)


初めての雪国で漆掻きの世界へ

愛知県出身の金山さんは、大学卒業後に青年海外協力隊としてアフリカのルワンダで活動した経験を持つ。現地ではコーヒーの栽培技術の提案などに携わった。

そんな彼が二戸市地域おこし協力隊に加わったのは、2021年6月のこと。
二戸市が募集していた、漆産業で自立を目指す「うるしびと」に応募したのだ。

お話を伺った金山さん。移住して初めての冬は「雪道の運転ってこんなに滑るのか」と驚いたそう

「以前から漆器に魅力を感じていて、将来は漆に関わる仕事がしたいと思っていたんです」と語る金山さん。学生時代に農業系の勉強をしてきたこともあり、山仕事である漆掻きを選択した。

「漆を塗る『塗師(ぬし)』も考えたんですが、性格上、細かい作業は続かなそうだなと思いました」と言って笑う。

その表情からは充実した様子が感じられたが、漆掻きの仕事は決して楽なものではない。
先人たちから受け継いだ技と、漆掻き職人として生きていく未来について聞いた。

長くて深い、漆と人とのつながり

漆というと、人はどんなイメージを抱くだろう。
黒や朱の漆器を思い浮かべる人もいれば、「触るとかぶれる」という人もいるかもしれない。

確かに漆でかぶれる人は多く、漆掻き職人や塗師も例外ではない。
金山さんも「初年度は顔がパンパンになるくらいかぶれました。でも少しずつ耐性ができてきて、今は直接触れない限りかぶれることはありません。症状も、最初の頃よりずっと軽いです」と振り返る。

注釈/かぶれの原因は、主成分であるウルシオールによるもの。これが皮膚に浸透することで発症するため、完全に乾いた状態の漆器などに触れてもかぶれることはない。

なんとも扱いが難しそうな漆だが、実は縄文時代から利用されている日本最古の天然塗料でもある。

岩手県では縄文時代後期の遺跡から、漆塗りの弓や玉、櫛などが出土していて、祭りや儀式に使われていたと考えられている。

やがて奈良時代に入り、現在の二戸市浄法寺町に天台寺が創建されると、僧侶たちが自ら漆塗りの器を作るようになる。これが浄法寺塗のはじまりとされていて、地域を流れる安比川沿いに漆掻きや塗師、器を作る木地師が集まり一大産地が誕生した。

7月下旬のウルシ林。「主役は自分だ」と言わんばかりにセミの声が響く

貴重な一滴を集め、最後は伐採も

漆掻きは、6~11月上旬頃まで行われる。
まずはカマで木の幹を平らにし、その後、カンナで「辺(へん)」と呼ばれる一文字の傷をつける。

そこから染み出した乳白色の漆をヘラですくい取って、タカッポという筒状の容器に溜めていく。

漆掻き職人が使う道具。右から、カマ、カンナ、ヘラ、エグリ、タカッポ。カマなどの握りは、師匠の形を参考にしながら自ら作った

辺からにじみ出る漆は、わずか一滴。

この一滴を採る作業をひたすら繰り返して漆を集め、最後に掻き終えた木を伐採するまでが一連の仕事になる。

漆は根萌芽(こんぼうが/ひこばえのこと)の力が強く、翌年の春には新芽が出る。これを15年ほど育てたら、また漆を掻くというサイクルだ。

木の皮を丸めて作るタカッポ。これに漆を集め、樽に移す作業を繰り返すうちに漆器のようなツヤが出てくる。「1年目はタカッポをきれいに掃除できずデコボコしていました。2~3年目は掃除が上手くなって、1シーズン使うとツルツルになります」と語る

先を見据えて計画的に漆を掻く

時期によって採れる漆の量は変わるが、一番多いのは厳しい暑さが続く夏だ。特に2023年は、9月頃まで夏日が続くという異例の年だった。

取材で初めてウルシ林を訪れたのは、7月下旬の梅雨明け初日。金山さんは汗だくになりながら漆を掻き続けていた。

「初年度は全部で120本のウルシを掻きましたが、3年目の今年は180本を予定しています」と、どこか誇らしげに語る。

少しずつウルシの木を持つ地主や農家を紹介してもらい、木を買い取る。それらも合わせて、計画的に掻いていくという。

「山奥の日当たりが悪い場所に生えている木だと、漆が掻けるようになるまで20年以上かかることもあります。無計画に作業を進めると木が枯渇してしまうため、しっかり計画を立てることが大切なんです」

1本の木から採れる漆の量は、およそ200ml。牛乳瓶1本分ほどだ

地域が抱える課題と漆への思い

2018年、日本では国宝や文化財の保護に原則として国産漆を使うことが決まった。漆の需要は高まったものの、木の成長スピードは変えられない。

ウルシの木が不足しているという現状を前に、金山さんは将来への不安をにじませた。

「今は市や県が中心になって、ウルシの植樹や苗の販売などを行っています。ただ、それが掻けるようになるのはずっと先の話です。あとは気候の変化も深刻で、温暖化とともにこれまでなかったイノシシやシカによる害獣被害が出る可能性が出てきます。対策を講じるにはコストがかかり、漆の価格が上がってしまう。そうなったとき、仕事として成り立たなくなるのではないかという心配もあります」

そう語りながら、金山さんは1本の木を紹介してくれた。

「この木は漆がよく出るんですよ」

それは周りよりも幹が一回りほど太く、日当たりの良い場所に生えていた。
金山さんが一本の辺を刻むと漆があふれ、ヘラですくうそばから新しい乳白色の樹液がにじみ出てくる。

「すごく、頑張ってくれてるなぁって思います」
そう呟いた金山さんの言葉に、漆掻き職人としての思いが詰まっているように感じた。

それは、ウルシへの感謝と尊敬。

初めて暮らす雪国で、さまざまな課題を感じながら漆と向き合う日々。
そんな中、金山さんは一つの成果を挙げる。
それは彼にとって確かな手応えと、未来につながる大切な一歩だった。

後編へ続く>


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◆浄法寺町で活躍する塗師のインタビューはこちら!

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