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企業の生態学3.ニーズ原理

 経営環境変化により、既存事業の先行きに懸念がある、既存事業よりも見通しのよい事業がありそうだ、このようなとき変化への適応行動のため戦略を構築して・・・となるわけですが、その前にビジネス機会の根源である『ニーズ』について詳しく知る必要があります。

2種類のニーズ

 ニーズには、顕在ニーズと潜在ニーズの2種類があります。
 顕在ニーズというのは、こんなものが欲しい、もっとこうだったらいいのに、などと顧客自身が認識しているニーズのことです。企業はそのようなニーズを充足するよう商品やサービスを供給します。これを市場適応といいます。どの企業にとっても把握しやすくリスクが少ないニーズですから、競争が激しくなるのは当然です。
 潜在ニーズは、顧客自身も認識していないニーズです。顧客が認識していないのにニーズがあるのか、と疑問を持たれるかもしれません。しかし実際に存在します。それはもっと曖昧な欲求という形です。たとえば、深夜ベッドに入ってうとうとしかけたときに「しまった! あれを注文し忘れた」という経験はありませんか? 今なら手元にあるスマホでベッドの中から簡単に注文できるでしょう。しかしスマホが登場する以前はどうだったでしょうか。電話をかけようにも店はすでに閉店しているし、いまさらベッドを出て居間にあるPCを立ち上げてネットで注文するのも面倒だし・・・「仕方ない、明日の朝一で注文することにしよう」と、あきらめていませんでしたか? ベッドの中からでも注文できるような便利な機器があればいいのに、なんてふつうの人は考えません。多くの人がそのように考えるのならば、それは顕在ニーズです。しかし多くの人はあきらめているだけです。それでも、そこにニーズは確かに存在します。このような欲求が潜在ニーズなのです。そんなときスマホが登場したらどうでしょう。これは便利だと思いませんか? このように潜在ニーズをみたすような商品やサービスを投入すると、潜在ニーズが顕在化します。これを市場創造といいます。潜在ニーズは把握しづらいため、大きなリスクがあります。その反面、当初は競争者がいないため先行者利益を獲得できます。(顕在化してしまえば、それはすでに顕在ニーズですから競争者は現れるでしょう。) iPhoneだけではなく、初代のウォークマン、ペットロボットのアイボ、ヤマトの宅急便、アスクル、ピザのデリバリーなどは市場を創造したのです。

 市場創造は把握しづらい潜在ニーズを対象としますから、思惑が外れれば失敗することもあります。「ニーズがあると思っていたのに、じつはなかった」というわけです。近年では3Dテレビの事例が挙げられるでしょう。どんなにすばらしい技術でも、そこにニーズがなければビジネスにはならないのです。(ここで開発された技術が転用活用され、ニーズを満たす別な画期的商品となって登場することを期待しています。) となれば、いかにしてニーズを把握するのか、とくに表に現れてこない潜在ニーズをどのように把握するのか、これが重要なテーマになります。

ニーズの把握

 まず顕在ニーズですが、これは顧客が認識していますから、基本は顧客に聞け、です。顧客の生の声もそうですし、アンケート調査もそうです。あるいはPOSデータの分析もそうです。これらは統計的に処理されますから、統計学と相まってマーケットリサーチという方法論として確立されました。(興味のある方は、専門書をお読みください。)
 問題になるのは、潜在ニーズの把握で、確立された方法論のない研究途上にある分野です。それでも、さまざまな事例を通してわかってきていることもあります。潜在ニーズの場合、まずその存在に気付くことが必要ですが、ビジネス化するためには市場規模を評価することも必要です。
 どのようにすれば潜在ニーズの存在に気付くことができるのか、基本になるのは対話・観察です。潜在ニーズの根底にある曖昧な欲求を、認識して正確に言語化できなくても、言葉の端々や行動パターンなどに現れることが少なくないからです。
 有名な笑い話があります。ある靴のメーカーが市場開拓のため、未開の島にコンサルタントを派遣しました。調査して戻ってきたコンサルタントは「あそこは無理です。なぜなら誰も靴を履いていませんから」と報告しました。次にマーケター(マーケティング担当者)を派遣しました。マーケターは「あそこは有望です。なぜなら誰も靴を履いていませんから」と報告しました。なぜ、こんな正反対の結果になったのでしょう。コンサルタントが調査したのが顕在ニーズにあったことは明らかです。島民に「靴を欲しいか」と質問すれば、だれもが「いらない」と答えるでしょう。なぜなら誰も靴を履いていないので、その必要性を誰も感じていないからです。ではマーケターは何を調査して有望だと結論づけたのでしょうか。もしかすると靴を履かずに岩山に登り、怪我をして激しい炎症を起こし寝付いている若者を見たのかもしれません。でも若者の家族にしてみれば、運が悪かった、ときどき起こる仕方ないことなんだ、とあきらめていたことでしょう。それを見たマーケターは「靴さえ履いていれば、あきらめることはないのに」と潜在ニーズに気付いたのではないでしょうか。
 あるコンビニチェーン本部の商品企画担当者は、各店舗から吸い上げられたPOSデータを眺めながら(これも観察です)奇妙なことに気付きました。〇〇高校前店などようのに学校名が付いた店舗で、冷凍炒飯の売れ行きがよかったのです。冷凍炒飯は家に持ち帰ってレンジで温めて食べるのがふつうですから、住宅街にある店舗ならともかく、顧客に高校生が多いと思われる店で売れ行きがいいのは不思議なことです。「いったい何が起こっているんだ」と担当者は実際の店を訪れて観察しました。すると部活帰りと思われる高校生が数人、冷凍炒飯を買うと店舗備え付けのレンジで温め、駐車場に座り込んで、もらったプラスチックスプーンを袋に突っ込んで食べ始めたのです。高校生にしてみれば、ガッツリ食って空腹を満たしたいところだけれど、中華料理店で炒飯を食べていたらお小遣いがいくらあっても足りないので、こうした行動をしているのでしょう。もっと食べやすい冷凍炒飯があったらいいのに、なんて高校生は言いません。しかし、この潜在ニーズに気付いた担当者は、それならもっと食べやすい冷凍炒飯を売り出そうと考え、カップ入り冷凍炒飯の販売にこぎつけ成果をあげました。
 これらから次の教訓を得ることができます。

  •  顧客が商品を購入したとしても『完全に』満足しているわけではありません。いまある商品の中で最適なものを購入しているだけです。そこには不便に感じている部分があるかもしれませんが、顧客は「こんなものだ」とあきらめているのかもしれません。そこに潜在ニーズの可能性が潜んでいます。上述の高校生は袋入りの冷凍炒飯を食べて満足していることでしょう。それでも食べ進めると、奥の方にスプーンを突っ込んで手がベタベタになっているかもしれませんが、こんなものだと思っていることでしょう。あるいは袋を大きく広げたときに炒飯をこぼさないよう、注意深く袋を広げることでしょう。袋入りである以上、しかたないこと(という意識すら高校生はもっていないのです)ですから。つまり顧客は現状にそこそこ満足はしているけれど、潜在ニーズが潜んでいる可能性があるのです。

  •  企業規模が大きくなると、顧客接点は業務レベルだけであり、一方で意思決定するのは事業や経営レベルだという指摘を以前におこないました。事業や経営レベルが顧客のニーズをどのように把握するのかについては、デジタル技術の発展でPOSのようなデータ活用が可能になり、顧客接点からの情報を事業や経営レベルに直接吸い上げることが可能になりました。データマイニング(関連購買などデータ間の関係を探る手法)やAIにより、学校名の付いた店で冷凍炒飯の売れ行きがいいことは見出せるかもしれません。それでも『それが奇妙な現象だ』と気付くのは(今のところ)人間だけでしょう。さらに高校生が冷凍炒飯を駐車場に座り込んで食べている、などという情報は店舗から本部に報告されません。仮にあったとしても、報告を受けた本部が「それはチャンスだ」と判断するとは限りません。「駐車場を邪魔されて迷惑だ」と判断するかもしれないからです。判断を誤れば潜在ニーズを見落とすことになるのです。ちなみにヤマト運輸の当時の社長である小倉氏が、宅配便事業進出を役員会に諮ったところ、小倉氏以外は全員反対したそうです。(小倉氏は、それゆえ有望だと考えたようです。)

 潜在ニーズの存在に気付く別な方法はニーズ変化を洞察することです。スマホが登場すると急速に浸透したのは、大きなニーズ変化の流れがあったからです。もともと何もないところに登場したのはポケベル(ペイジャー、呼出し専用の無線端末)でした。営業社員はこれを持たされ、ポケベルに通知が入ると公衆電話から折り返し電話したものです。ポケベルも進化しましたが、それを利用したのは高校生でした。彼らは数字を使って暗号メッセージをやり取りしていたのです。これを子供たちのお遊びととらえるのか、それともモバイル個人間通信需要ととらえるのかが、大きな分岐です。その後PHSが解禁されると若者が飛びついたのは、この背景があったからです。さらに携帯電話(いわゆるガラケー)が登場し年配者まで浸透しました。
 前述したように、顧客は『完全に』満足しているわけではありません。たしかに便利にはなったけれどガラケーにも不便な点がありました。それは各社独自の規格であったため、アプリもそれぞれのメーカーが開発したものしか使用できなかったのです。しかし他方でPCの世界(おもにWindowsとMacとはありましたが)では水平分業が進み、サードパーティが開発したアプリを自分の必要に応じて導入することができます。iPhoneの登場は、モバイル個人間通信というニーズの延長上にありつつ、(Apple社の許可は必要ですが)自由に必要なアプリを導入できるというPCの世界の延長でもあったのです。これにより、ただの個人間通信機器という範疇を超え、エンターテインメント機器であったり、ビジネス機器であったりとカスタマイズという利便性を顧客に提供したのでした。
 ただし、このニーズ変化を洞察するという方法には、大きなリスクも存在します。端的に言えば『読み間違えると失敗する』ということです。3Dテレビの場合がそうだと言えるでしょう。何の見通しもなく開発したわけではないはずです。3D映画は大ヒットしていました。時代の流れは2Dから3Dだと考えても無理はありません。しかし、それはテレビ映像だったのでしょうか。ゲームマシンとしての3Dモニターだったら話は違っていたのではないでしょうか(前述した『補完者』の考え方です)。


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時山 正|Consultants NOVARE, Inc.
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