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経営支援の実務2.経営支援の入口

 経営相談で多いのは「資金繰り」と「〇〇補助金を使って◇◇(設備投資など)したい」です。それに対して、国や県などの制度融資を斡旋したり、補助金申請を支援したりするのが経営支援だと考えているならば、それは誤りです。つまり相談された内容の解決支援が経営支援ではないのです。
 たとえば、頭痛がひどいので病院に行ったとしましょう。もしお医者さんがろくに診察せずに「つらいですね。鎮痛剤を出しておきましょう」と言ったら、それはヤブ医者というものです。もしかすると強度の肩こりからくる頭痛かもしれませんし、ひっとすると脳に重大な疾患があるのが頭痛の原因かもしれません。診察や検査でその原因を突き止め、頭痛を引き起こす原因を治療しなければ、また頭痛を起こすだけではなく状況は悪化していくかもしれないのです。
 経営支援も同様です。融資斡旋や補助金申請支援という対症療法では、その背後に潜んでいる重大な原因を見逃してしまう可能性があるのです。さらに、見逃してしまうことにより状況は悪化していく可能性もあるのです。そして残念なことに、それはただの可能性ではないことを「経営支援の実務1.中小企業の実態と課題」のデータは示しているのです。

 では「資金繰りが苦しい」と相談する経営者に、どのように対応すればいいのか。それは「経営支援の思考法2.問題発見と課題抽出」で解説したように、経営問題を特定し、分析することで課題を抽出することが必要です。きちんとこの手続きを踏み、資金繰りが苦しい原因を突き止めることで、場合によっては、借入れをおこなうことなく資金繰りを円滑にすることもできるのです。

中小企業の症状と経営支援の方向

 まず経営の原理について確認しておきましょう。期首にある資金をつかって商品や原材料などを仕入れ、人件費やその他経費を支払って商品・サービスを顧客に提供して売上を得るわけです。その結果、期末資金は期首より増加する、これが事業ですね。(いまは期首・期末在庫などは考慮していません。) もし期末資金が期首より減っているなら、事業しない方がよかったことになります。事業しなければ増えることはありませんが、減ることもないのですから。

経営の原理

 この『事業によって増えた資金』を営業CF(営業キャッシュフロー)といいます。筆者は、営業CFを次式で計算することを推奨しています。
  (法人)営業CF=営業利益+減価償却費
  (個人)営業CF=税込事業所得+減価償却費-必要生活費

  •  正式なキャッシュフロー計算書では、売掛金や買掛金の増減など細かい項目があります。上式は簡易CFですが、いまは「事業が成り立っているかどうか」に焦点をあてていますので実務上は充分です。

  •  個人事業者の場合、事業所得のほかに不動産所得があったり年金所得があったりします。たとえば一家が生活するのに250万円必要だったとしましょう。すると同じ税込事業所得が150万円だったとしても、不動産所得が120万円ある事業者なら一家が生活できますし、ほかの所得がない事業者なら100万円の資金不足になります。(簡単のため所得税は無視しています。)そのため必要生活費を引いておくことを推奨しています。

 さて営業CFがプラスなら事業が成り立っているわけですが、そこから金融機関借入金の利息支払いや元金返済がありますね。すると、それらをすべておこなって残った資金が、期首資金より増えているのか減っているのかが問題になります(上図)。最終的な資金が期首資金より増えた分を、ここではTCF(トータルキャッシュフロー)といっておきます。TCFがプラスなら経営が成り立っていることになりますし、たとえ営業CFがプラスで事業が成り立っていたとしてもTCFがマイナスなら経営が成り立っていないことになります。
 簡易的に次式で計算することを推奨しています。
  (法人)TCF=当期純利益+減価償却費-元金返済額±α ※
  (個人)TCF=営業CF-事業資金元金返済額
※ 非支出性費用(売却損など)や非収入性収益(評価益など)の調整

 正式なキャッシュフロー計算書では、これ以外に設備投資などの投資を考慮します。しかし中小企業の多くは設備投資するときに借入をおこないますから、実務上は投資を考えません。自己資金で投資をおこなう企業の場合には、投資額を考慮すべきです。

 企業の生態学2.企業の内部構造で解説したように、事業と経営とは役割が違うのでした。それに応じて、営業CFとTCFとが生じてきます。すると中小企業の症状は、次の3パターンです。

中小企業の症状

 健全パターンは、営業CF>0(事業が成り立っている)で、TCF>0(経営が成り立っている)です。何も問題ないように見えますが、そんなことはありません。なぜなら健全なのはだからです。経営外部環境や内部環境は刻々と変化していきます。もしかすると近い将来に営業赤字になるかもしれません。ひょっとすると従業員の高齢化が進んで事業ができなくなるかもしれません。それゆえ健全パターンでは近い将来のシミュレーションが重要です。そして不都合が発生するようでしたら、健全パターンである今のうちに先手を打って、販路開拓(新しい顧客層の開拓、新たな販売方法の確立など)や新規事業などの検討を始めなければいけません。

 軽症パターンは、営業CF>0(事業が成り立っている)にもかかわらずTCF<0(経営が成り立っていない)です。これは明らかに、金融機関借入が過多で、そのため利息支払や元金返済が資金繰りを圧迫しているのが原因です。ところでTCF<0ですから不足する資金をどのように補填しているのでしょう。その方法は次の3通りです。

  •  資産から捻出する(預金切崩しや不要資産の売却など)

  •  役員借入

  •  追加で金融機関借入

 そして中小企業の多くは3番目を選択しがちです。すると「経営支援の実務1.中小企業の実態と課題」で述べたように、借入金は膨れ上がり、さらに資金繰りを圧迫し、債務超過に陥ってしまうという経路を辿ることになってしまいます。せっかくがんばって営業CF>0、つまり事業は成り立っているのに、もったいないと思いませんか? 実感として、このような中小企業はけっこう存在します。

 では軽症パターンはどのように支援すればいいのか。原因が明らかになりましたから、実効性ある支援策を考えることができます。基本は、元金返済額を減らす、つまり、リスケジュール(いわゆるリスケ)です。たとえば元金返済額は毎月50万円で完済まで3年かかるとしましょう。そして毎月返済できるのは20万円なら、毎月20万円返済に減額すればいいのです。ただしその分、返済期間は7.5年に延びます。返済期間が延びたとしても、資金が不足せず、これ以上借入れが増えないならば、減額するほうが経済合理的です。
 しかし返済というのは金融機関との契約です。したがって返済額を減額するというのは金融機関と交渉して合意を得なければなりません。そこで金融機関はどのように考えるかを推測してみましょう。借入金を減額するわけではありませんし、返済が3年から7.5年に延びれば、その分の利息収入はかなり増えることになります。しかしその反面、いまだって約定どおりの返済が難しいといっているし、今後は人口減少や少子高齢化などの外部環境変化でますます苦しくなることも予想される。ほんとに7.5年先まで間違いなく返済されるのか? と考えることでしょう。ここが論点になります。もちろん「がんばります」なんて何の役にも立ちません。未来のことは誰にもわかりませんが、少なくとも『7.5年先まで間違いなく返済される』という合理的な根拠が必要になります。それは販路開拓や新規事業の計画です。そこで既存事業の改善に加えて、販路開拓や新規事業の具体案を盛り込んだ返済計画(経営改善計画)を策定して交渉するのです。
 このように軽症パターンでは、新たな借入れをおこなうことなく資金繰りを円滑化できるのです。借金地獄から脱出の第一歩ですね。

 とくにコロナ禍からの回復が遅れて、一方で緊急融資で膨らんだ借入金をどのように返済していくのかについては、国の方針は『合理的な計画に基づくリスケジュール要請は積極的に応じる』です。金融庁から各金融機関に通達が出されています。

 重症パターンは、営業CF<0、つまり事業が成り立っていません。この場合は過去10年程度を調べる必要があります。「経営支援の実務1.中小企業の実態と課題」で述べたように、たまたま今年だけでしたらいいのですが、10年の間に5回も6回も事業が成り立っていないようでしたら、それは構造的な問題です。
 まず考えなければならないのは事業再生見込みの有無です。そのためには徹底した問題分析が必要になります。その原因は売上減少なのか、費用過多なのか、さらにそれを引き起こしている要因は何なのか、それは克服できるのか・・・などなど。もし事業再生の見込みが立ったとしても、経営者にその意欲がなければ絵に描いた餅になってしまいます。事業再生の見込みが立たないならば、事業転換か廃業のどちらかしかありません。前者ではやはり経営者の意欲が問われますし、後者の場合は借入金をどのように清算するかの検討が必要です。

 ここで重要な注意点があります。ひとつの企業で複数の事業部門がある場合です。たとえば、ある企業が小売業と不動産業を営んでいたとしましょう。小売業は売上8,000万円で営業利益▲700万円、不動産業は売上3,000万円で営業利益1,200万円なら、この企業の決算書では売上11,000万円で営業利益500万円と記載されます。この決算書だけみると健全パターンが軽症パターンと判断されてしまします。しかし事業部門ごとにみれば、小売業は重症パターン(事業が成り立っていない)なのです。つまり不動産事業の利益を、小売業が喰ってしまっているわけです。小売業をやめてしまえば、売上は3,000万円に減りますが、営業利益は1,200万円に大幅増加することになりますね。このように複数事業部門がある場合には、事業部門ごとに診ることが重要です。

 同様のことは、経営者が個人事業を別に営んでいる場合にも生じます。よくあるのは、小売業を営みながら、個人事業としてアパート経営などの不動産事業をおこなっている場合です。このとき小売業を廃業したほうが経済合理的かもしれません。

 今回解説したように、症状に応じて支援の方向は異なるのです。冒頭の経営相談に対しても、その症状によって対応策は違ってくることをご理解ください。(資金繰りの相談にきた経営者さんが軽症パターンであれば、新たな借入れをすることなく、資金繰りを円滑化できることを忘れないでください。)

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