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経営支援の実務1.中小企業の実態と課題

 中小企業の経営支援をおこなうにあたって、まずその実態を知っておくことは大切です。次の図は、ここ数年の中小企業白書および小規模企業白書に掲載(2023年版も同図が掲載)されているものです。ややデータは古いのですが、まずはここから考え始めることにしましょう。

出典:中小企業白書

 この図を見れば、いかに中小企業が多いかわかります。とくに小規模企業(従業員数が、商業・サービス業は5人以下、製造業他は20人以下)が、数でいえば全体の85%ほどです。
 ところが従業員数になると、全体の1/3は大企業、約半数が中規模企業で、小規模企業は2割程度にすぎません。
 さらに付加価値額(取引でどのくらい稼ぎだしているか)になると、大企業が全体の約1/2、中規模企業が4割程度で、あれほど数が多かった小規模企業は全部集めても全体の15%ほどにすぎません。つまり数でいけば85%も存在している小規模企業が稼ぎ出すのは、全体の15%ほどにしかならないということです。

 もう少し詳しい状況を見るために、きわめて乱暴ですが上図のデータから、付加価値額を一社当たり、従業員一人当たり(これを労働生産性といいます)に換算すると次のようになります。

上図より算出

 大企業は従業員数も多いため、付加価値額も中規模や小規模に比べて桁違いに多くみえます。しかし一人当たりに換算すれば、桁違いに多いというわけでもないようです。
 小規模企業の一社当たりの付加価値額は、12百万円にすぎませんし、一人当たりは350万円程度です。これがまず大問題なのです。取引で稼ぎ出した付加価値額から、人件費を支払い、さまざまな経費を支払い、借入金の利息支払いや元金返済をしなければなりません。労働分配率(一人が稼ぎ出した付加価値額=労働生産性 からどれだけが人件費に分配されているか)を50%としても、一人当たりの人件費は170万円程度にすぎません。これでは賃金アップといっても困難なわけです。(これは平均像ですから、もっと事態の悪い小規模企業もたくさんあることが結論されることに注意してください。)
 中規模企業はもう少しマシですが、同じように考えれば、やはり楽観はできないでしょう。

 中小企業の労働生産性が『なぜ大企業より低いのか』、これが中小企業支援の根底に必要な問題意識です。労働生産性が低いということは、次のどちらか(あるいは両方)です。

  •  利益率の低い取引をしている

  •  人が多い(=効率化が遅れている)

 じっさいに労働生産性において、大企業を上回る小規模企業もあります。そのような小規模企業は、利益率の高い取引を効率的におこなっています。

 次のグラフは2019年版中小企業白書に掲載されているもの(調査は2018年度)です。これは金融機関からの借入れがある法人企業を対象に、「過去10年間に営業赤字が何回あったか」を示しています。(この10年の間に、リーマンショックがあったことに注意してください。)

出典:2019年版中小企業白書
(ただし赤枠は筆者記入)

 これによれば、営業赤字を1回も出していない中小企業が15%存在する一方で、営業赤字が5回以上である中小企業は40%弱(図中の青枠)も存在しています。
 営業利益というのは、(借入金などの存在と無関係に)純粋に事業での利益です。それが赤字だということは、事業が成り立っていないことを意味します。リーマンショックがあったり、自然災害などで営業赤字になることはあるかもしれません。それでも10年の間に5回以上も赤字である(この調査はコロナ禍以前なことに注意)ということは、もはや構造的に事業が成り立っていないといわざるを得ません。これを予備軍まで含める(3回以上赤字、図中の赤枠)と、60%を超えるのです。
 なぜ何回も営業赤字になるのか、それは「利益率の低い事業」「売上不振」であり、一言でいえば時代遅れの商売をしているといわざるを得ません。すなわち、企業の生態学1.経営の外部環境企業の生態学3.ニーズ原理で述べたように環境変化への対応に遅れているのです。(たとえばパン屋が時代遅れだと主張しているわけではありません。コッペパンだけに絞り込み、15種類のフィリング(具材)を顧客の注文に応じて提供することで人気のパン屋は、環境変化対応の工夫をしているのです。)

 では予備軍に入らなかった(営業赤字0回~2回)中小企業は安泰なのか、というと「そうでもない」企業も多いのです。たしかに事業は成り立っているわけですが、借入金過多なため元金返済額が多く「キャッシュフロー不足に陥っている」、つまり事業は成り立っていても経営が成り立っていない企業も多いのです。(企業の生態学2.企業の内部構造

 どの程度なら借入金過多なのかは、中小企業個々によって異なりますが、あまりに借入金が多ければ、債務超過(自己資本がマイナス)に陥ります。
 次図は前述の企業を対象とした、債務超過企業数の割合の推移です。

出典:2019年版中小企業白書

 この図で右側が債務超過企業数の割合です。2011年度は増えていますが、これはリーマンショックによる業績低迷が原因だと思われます。その後は徐々に減少していますが、それでも中小企業の1/3は債務超過なのです。この後2020年にコロナ禍が始まり、緊急対策でいわゆるゼロゼロ融資が講じられ、相当数の中小企業が追加借入したことを考えれば、現在では状況悪化していると推測されます。

 借入金には、金融機関借入金と役員借入金の2種類があります。借入金過多といっても、それが役員借入ならば何も問題はありません(実務上、役員借入金は資本金相当として扱われます)。そのような中小企業も存在しますが、ごくわずかです。債務超過企業の大多数は、金融機関借入が多すぎると考えていいでしょう。
 では、なぜそんなに金融機関から借入れる必要があったのでしょう。事情はそれぞれでしょうが、一般的な経緯は次の図式です。

金融機関借入金増加のメカニズム

 運転資金が不足しそうになったとき無計画に金融機関から借入れれば、いっときは乗り越えられるでしょう。しかし、元金返済額も支払利息もその分増えるわけですから、また運転資金不足に陥ります。それをまた借入れでしのいで・・・これはいわゆる借金地獄という構図です。もし友人がそんな生活をしていたら「いいかげん、そんなバカな生活はやめろよ」と助言しませんか? ところが中小企業経営となると、そうではないことをデータは示しているのです。

 そもそも返済の見通しも立たない中小企業に、金融機関はなぜ貸し出すのでしょうか。それは信用保証協会という存在にあります。信用保証協会は、(審査はありますが)保証料を支払うことで、債務者の保証をしてくれます。もし返済ができなくなったときには、債務者に代わって、信用保証協会が金融機関に代位返済しますから、金融機関も安心して貸出せるわけです。

 中小企業経営者で誤解している人も多いですが、このとき借入金がなくなるわけではありません。債権者が金融機関から信用保証協会に移るだけです。したがって信用保証協会に返済しなければなりませんが、基本は即時一括返済です。金融機関に返済できないくらいですから、一括返済できるわけもありません。そこで分割返済になりますが、そのとき信用保証協会は遅延損害金を請求します。遅延損害金の率は公表されていませんが 14.6%ほどのようです。これは経営支援者でも知らない人が多いです。
 多数の代位返済が発生すると、信用保証協会も損失がでます。信用保証協会は国の制度のため、最終的には税金が投入される仕組みです。

 若者の起業など、担保に入れる資産を持っていない場合でも、信用保証があれば金融機関から借入れできるというメリットがあるのも事実です。だからといって、信用保証さえあれば安易に借入れできるという考えが、借入金過多となって、自分の首を絞めることになってしまうのです。

 ところで、債務超過になると何が起こるのでしょう。上場企業ならば上場廃止になりますが、中小企業にとっては何も起こりません。もちろん債務超過になるほど金融機関借入が多ければ、支払利息や元金返済が資金繰りを圧迫するでしょう。だからといって廃業に追い込まれるわけではありません。
 しかし、いざ廃業しようとすれば、すべて清算しなければなりません。不要となる設備や在庫などを売払ってしまえばいいのですが、他方で残っている買掛金や未払金などを支払い、借入金を返済する必要があります。債務超過というのは、すべて清算しても借金が残ることを意味するのです。つまり債務超過である以上、廃業したくてもできないのです。どうしても廃業するなら個人資産を投入するしかありません。これは中小企業経営者の高齢化の一因であると考えられます。

 2020年度における中小企業経営者の平均年齢は62.5歳で上昇傾向です(2010年では59歳)。また年齢のボリュームゾーンは2015年では66歳(1995年では47歳)。

 このような状況の中小企業ですから、経営を継がせたくない、継ぎたくないと考えたとしても、それは個人にとって合理的判断といわざるを得ないでしょう。これが後継者問題の本質ではないかと筆者は考えています。
 また、このような中小企業を見ていれば、自分も起業して一旗揚げようなどと考えなくなるのも無理はありません。これが創業率低迷の一因ではないでしょうか。

 楽に儲かる仕事などないでしょう。それでも『自分たちの努力で未来に希望が持てる』、これが中小企業にとって最も必要なことではないかと思います。しかし、企業の生態学2.企業の内部構造で述べたように、中小企業経営者の多くは経営の専門知識をもっているわけではありません。そのため誤った経営判断をしてきたことをデータは示しています。合理的な経営判断をするためには、専門知識をもった支援者が必要なのです。

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