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ビジネスに活かせる意思決定の基礎

 商品開発の方向性はどうしようか、どのようなコスト削減策がもっとも効果的なのか、どのような広告宣伝が効果的なのか、どの新規事業へ投資するのが費用対効果が大きいのか…など仕事のことから、今日のランチはどこで何を食べようか、今度の休日は何をして過ごそうか…などプライベートなことまで、何かを決めなければならないことの連続です。いろいろな方法は考えられるけれど、どれに決めれば失敗しないのか、満足できるのか……。

 失敗しない / 満足できる決定を行なうためには、どのように決めればいいのかという合理的な考え方を身に付ける必要があります。これが意思決定法です。意思決定法とは、現在知りうる状況の中で、もっとも有利な案を合理的に決定する方法なのです。

 意思決定法というのは1パターンではありません。パターンが違えば、考え方も違います。ところが、特定の課題についての意思決定法は書籍(多くは専門書)などがありますが、意思決定法の全体像を解説した書籍などは、あまり見かけません。冒頭に挙げたように意思決定にはさまざまな種類がありますから、まず全体像を知ることで、自分の決定したいことが「どのパターン」なのかを判断し、そのパターンに応じた合理的な考え方をすることが必要です。

 ですから、この記事では意思決定法の基礎的全体像を解説することに主眼をおいています。特定課題に対する意思決定法の技法(線形計画法やゲーム理論など)を述べたものではありません。まずは全体像を知ることで、納得できる意思決定のお役に立てればと思います。

§0.1 意思決定の対象

 次の例を考えてみましょう。

 XYZ食品工業(株)は、蒲鉾などの食品を製造する会社です。近年、人口減少や食生活洋風化の進展などの外部環境変化により、売上は低迷しています。この状況を打破するために「これからの食生活に適応した商品開発」を目指しプロジェクトチームが組まれました。第一回ミーティングの結果、まず消費者の嗜好変化を調査する必要があるという結論に至りました。

 さまざまな統計情報を調査分析するのはもちろんですが、消費者が購入する現場で何が起こっているのかを知る必要があるというのがチーム全員の意見です。そこで具体的な現場調査方法を第二回ミーティングで検討することになりました。じつはメンバーそれぞれは、次の表のように考えていました。

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 鈴木さんは「うちの商品は日常の食材だ。だから日常の買い物をするSC(ショッピングセンター)内の店舗で、平日に調査するのがいいだろう」と考えたのです。遠山さんは鈴木さんと同じような考えなのですが、調査数は多い方がいいから、外注にまかせようと考えていました。また井上さんは「やはりトレンドの先端を知ろうと思えばデパ地下で調査すべきだろう。しかも人の集まる週末がいいだろう」と考えていました。このようにメンバーそれぞれは、ある考えに基づいて上表のような意見をもっていたのです。

 チームとしては、何かひとつに決めなければなりません。もし項目ごとに多数決を取れば、上表の最下部にあるような【内部】【デパ地下店】【平日】という結論になります。ところが、この組み合わせは、メンバーの誰も考えていないことに注意しましょう。役員会で報告したときに「どういう考えで、この組み合わせにしたのか」と質問されても、答えることはできません。項目ごとに多数決を取ってしまったため、その根底にあった考えが消えてしまったのです。ここに多数決の落とし穴があります。

 では、どのように決めればよかったのでしょうか?

 上表を、組み合わせで整理したのが次です。

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 このプランを対象として、すぐに多数決を取れば、プランBに決定されることになります。(プランBは、項目ごとの多数決と組み合わせが違うことに注意してください。)
 もちろん多数決を取る前には、それぞれのプランの、根底にある考え方やメリット・デメリットなどを十分に検討することが必要でしょう。(これを、プランの評価といいます。) その検討の途中で、自分のプランを取り下げる人が出てくるかもしれません。あるいは新たに修正プランが提唱されるかもしれません。

 このように、意思決定の対象となるのは、各項目ではなくプランなのです。このプランのことを、オプション(選択肢)あるいは代替案(だいたいあん)といいます。

§0.2 意思決定の前提

 意思決定をおこなう際には、必ず前提となる条件があります。たとえば、予算やコストの制約であったり、時間の制約であったり、今までにない画期的な商品を販売しようという想いであったりします。

 考えなければならない前提のひとつは事実前提です。事実前提というのは、客観的な前提条件のことです。予算やコスト、生産能力、市場性、時間、業界での順位や知名度など、さまざまな種類があります。
 考えなければならない前提のもうひとつは価値前提です。これは、主観的な前提条件のことです。画期的な商品を開発したい、いずれ全国販売したい、など、どちらかといえばビジョンや想いあるいは野心といった種類の前提です。

 価値前提が重要な役割を果たしたエビソードとして、このようなことがありました。二輪車で全国販売を果たしたホンダが、海外展開しようとしたときのことです。資金力の点から、いきなり全世界に乗り出すのは無理です。まず初めに攻略する地域のオプションとして、北米市場、ヨーロッパ市場、東南アジア市場の三市場が挙げられました。そして、それぞれのオプションの市場性、購買力などさまざまな事実前提が調査されました。その結果、東南アジアがもっとも有力で、北米は市場性がないと結論されました。

 当時の北米では、二輪といえば大型が当たり前だったので、ホンダの提供する小型二輪は市場性がないと判断されたのです。しかし本田宗一郎氏は、北米から攻めることにしました。当時のアメリカのビジネススクールでは、これを「ホンダの失敗」というケーススタディとして取り扱ったようです。

 なぜ本田宗一郎氏は北米から攻めたのか。事実前提として不利なことは、彼だってわかっていたはずです。それでも北米市場から攻めたのは、「いずれ世界で販売する」という壮大な価値前提ゆえでした。どこから攻めても、いずれは北米市場で闘わなくてはならない。それなら最初から不利な北米市場に乗り出す。そこで勝利することができれば、世界販売は夢ではない。

 結果は、本田宗一郎氏の壮大なビジョン実現になりました。北米に小型二輪という市場を創造し、さらには世界販売を実現したのでした。壮大な夢があったからこそ、多くの困難を乗り越えることができたのでしょう。意思決定においては、事実前提だけではなく価値前提も重要な要素であることを示す有名なエピソードです。

§0.3 意思決定のプロセス

 意思決定のプロセスは次図のようになります。

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 出揃った各オプションの、根底にある考え方、必要なコスト、期待できる効果、注意すべきリスク……などメリットやデメリットなどを比較検討するのがオプションの評価です。このオプションの評価で注意しなければならないことがあります。

 それを説明するために、商品購入の際に現金支払いにするか電子マネーで支払うか、という例を考えましょう。この場合のオプションは【現金支払い】と【電子マネー支払い】の二つです。

 ときどき「電子マネーはセキュリティに問題がある。その点、現金は安全だ。だから現金支払いに限る」という人がいます。その人が現金派であるか電子マネー派であるかは個人の自由ですが、少なくとも意思決定法の観点からは、上述の評価は間違っています。なぜなら、現金のメリットと電子マネーのデメリットだけを比較しているからです。

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 現金支払いには、残高を確認しやすいなどのメリットがある反面、紛失や盗難といったデメリットもあります。一方で電子マネー支払いには、財布に現金が入っていなくても支払えるなどのメリットがある反面、セキュリティ対策が必要だというデメリットもあります。どちらのオプションにも、メリットとデメリットとがあるので、それらをすべて比較してから、どちらにするかを決めなければなりません(事実前提や価値前提によって、どちらを選択するかが決まります)。一方のメリットと他方のデメリットとを比べても意味はないのです。

 つまり、オプションを正しく評価するためには、都合のいい点だけではなく、都合の悪い点をもあわせて比較検討することが求められるのです。

§0.4 予測可能性と意思決定

 意思決定は、将来の状態がどの程度わかっているかによって、次の4つのタイプに分類されます。

タイプⅠ 確実性の下での意思決定
 将来の状態があらかじめわかっている場合の意思決定です。既出のXYZ食品工業(株)や支払い方法の例はこのタイプです。そのほかにも、スケジューリング問題(複数資源の最適配置を決める)、窓口問題(顧客満足度の極大化とコスト極小化とを両立させるために設置する窓口の数を決める)、配送問題(複数店舗へ配送するコストを最小化する経路を決める)、設備投資問題(設備投資の可否を決める)など、さまざまな種類の意思決定があります。

 これらには、状況を数値化できるタイプ(定量的意思決定)と、数値化できないタイプ(定性的意思決定)とがあります。
 定量的意思決定の多くは、個別に数学的理論があり、コンピュータで計算したりシミュレーションすることで最適解を得ることができます。
 一方で定性的意思決定は、前述の例のように、オプションを正しく評価して、事実前提や価値前提を満たすものを選択することになります。

タイプⅡ リスクの下での意思決定
 将来実現する状態の確率がわかっている場合の意思決定です。たとえば、納入された部品の不良率が 0.1 である場合に検品方法を決める、などはこのタイプの意思決定です。意思決定においては、将来実現する状態の確率がわかっている場合をリスクといいます。この場合、主観的確率でも構いません。(リスクという用語は、もっと広い意味でも用いられますから注意してください。)

タイプⅢ 不確実性の下での意思決定
 将来実現する状態の確率がわからない場合の意思決定です。たとえば、新規事業への投資の可否を決める、などはこのタイプの意思決定です。一般に、確率がわかっているリスクに対して、確率がわからない場合を不確実性といいます。

タイプⅣ 競争の下での意思決定
 将来実現する状態が、競争相手によって変化する場合の意思決定です。囲碁や将棋などのように打つ手を交互に披露するタイプと、ジャンケンのように打つ手を同時に披露するタイプとがあります。既存市場での新商品投入などは、このタイプの意思決定です。

さあ、準備は整いました!
これからタイプ別に意思決定の方法を見ていくことにしましょう!

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