迷宮(ラビュリントス)
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座敷牢
和洋折衷
宇宙空間
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発光イグサの畳が、どこまでも、どこまでも、敷き詰められては続き、地平の闇へと消える。無限の床面が発する怜悧な光は瞬きもせず、この世界を仄かに蒼白く浮き立たせる。
天井は全くの暗黒だ。光を全く反射しない暗黒物質でできているのか、あるいは空虚な闇がどこまでも広がっているのか、それは未だに分からない。
かなりの隔たりを置いて縦横等間隔に、巨大な大理石の柱が建ち並ぶ。それらは畳の薄明かりで見る限り、遥か高くまで聳え立っており、存在するかどうかも定かでない天井を支えている。
それがこの世界、座敷牢神殿のすべて。
そして住人は僕がただ一人。
僕はいつからこの空間を彷徨っているのだろう。変化のない永劫の世界で、記憶は長持ちしない。気の向くままに歩き、疲れたらその場に横たわって眠る。眠りの中で、僕は不確かな夢を見る。だが目が醒めれば忘れてしまう。そしてまた当て所も無く歩き回る。
覚醒から睡眠までに歩く間、大理石の柱には、おおよそ1本の割合で遭遇する。この柱をよじ登って、天井がどうなっているかを確かめようとしたこともあるが、僕の手足はつるつるした柱の表面を滑るばかりで、叶わないものと知った。
何より、天井のことを考えると、微かな不安、漠然とした恐怖に囚われる。一方、輝く畳は心の平穏を齎してくれる。
歩いていると、石柱の梺で宇宙飛行士の死骸に出くわすことがある。大抵が石柱に凭れかかるように座った姿勢で事切れている。生きた者が僕以外にいないこの世界で、彼らがどの様にして出現するのか、知る術は無い。
僕は宇宙服のヘルメットを外し、中から干涸びた身体を引きずり出す。そして宇宙飛行士の干し肉を齧り、咀嚼し、呑み込む。こうして肉がすっかりなくなるまで、僕はその場を動かない。
死骸が骨だけになると、僕は爪で"X"の字を宇宙服に刻み、再び放浪を開始する。この刻印の習慣は、僕自身が思いついたものらしい。
稀に、"X"の字が刻印された宇宙服と骨が散乱する場所を通ることがあり、それは僕が遺した痕跡であることが、引っ掻き傷などから判断できたからだ。
この食事こそが、僕の記憶を保たせている何らかのメカニズムなのではないか、という不確かな憶測がある。食事を終えると一つ前の食事までの記憶が蘇るのである。
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忘れかけた頃に現れる宇宙飛行士の死骸。
何処までも続く畳と石柱の世界。
僕はここを彷徨い続ける。
永劫の時を。
僕の名はミノタウロス。
僕は待ち続けているのかも知れない。
いつの日か、誰かが僕を殺しに来る、その時を。
【迷宮(ラビュリントス)】完
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