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令和版粋なゲーマー養成講座:ライトサイド12:有名シナリオが回せない!

解説:昔々、だいたい25年ほど前、エンターブレインのTRPG専門誌『ログアウト』で連載していた『粋なゲーマー養成講座』の続編的な何か。

文:朱鷺田祐介 イラスト:田中としひさ


ようこそ、私の研究室へ。

「シナリオの回し方」というのは、TRPG初心者にとって、最初の難関である。私自身、ゲームマスターをやるようになって30年以上が経ち、多数のTRPGをデザインし、ゲームマスター入門的な本や記事も書いてきたが、ねっからのアドリブマスターで、TRPGも、自分が回しやすいツールとしてデザインしてしまうおかげで、毎回、GM技術をうまく書けていない部分がある。おかげで「『深淵』には朱鷺田祐介が同梱されていないので回せない」というご意見もいただき、それを解決できないでいる。
 TRPG業界全体でも、これは課題であり、多くの改善案が試みられた。
 リプレイでプレイ風景を記述する、というのは、そのひとつであり、平成前半のTRPG参入者の多くは、公式リプレイ本を貪り読んでゲームの運用方法を学んだ。公式サイドも、プレイスタイルの多様性を見せるために、あえて異なるテイストのリプレイを提供することがあった。
 公式サポート書籍やサプリメントで、ゲームマスターやキーパーとしてのヒントを提供することも多いが、なんでもサポートは出来ない。そういう意味でサポート雑誌の存在は欠かせないが、不景気、紙やインクの価格上昇などのあおりくらって物理書籍としての雑誌の隔月刊か、季刊か、あるいは電子への完全移行という状況が発生している。
 そこを補うために、動画配信で情報発信しているメーカーも増えてきた。リプレイ的な立ち位置のセッション配信も熱心になされている。

 その一方で、シナリオの供給は公式とアマチュアの間で増加している。特に、クトゥルフ神話TRPG系は増大の一途を辿っており、公式の提供する以外に存在する「有名シナリオ」が増えている。これらは配信などで触れられ、プレイ風景が配信されることもある。
 これらのシナリオには、プロ以上の感動を与えるものや、華麗なグラフィック付きの豪華なものもある一方で、アマチュアがノウハウを持たぬまま、作ったため、どうやって回せばいいのか、分からないものもある。
 もしかしたら、「今、求められているゲームマスター技術」とは、そういう在野の有名シナリオやインディーズTRPGをスムーズに回す手順かもしれない。だが、それは私には難しい。なぜなら、そこにはウェブのるつぼの中で錬成された新世代の「TRPG言語」が存在し、それらはデジタルな口伝によって広がるからだ。

令和6年7月

【主な登場人物】

難解好夫(なんかい・すきお。60歳、フリーランス、TRPG歴42年)
少々梶理(ちょっと・かじり、14歳、CoC大好き中学生、TRPG歴半年、通過リスト50+)
色々知照(いろいろ・しってる。52歳、政府外郭団体系NPO管理職、TRPG歴36年。なんだかんだ言って、難解さんと30年以上ゲームをしている古株ゲーマー。世話好きだが、なぜか独身)
少々梶郎(ちょっと・かじろう、47歳、邪神系コンベンション主催者、会社員、TRPG歴35年。梶理の父で、親ばかが高じて、娘のためにTRPGコンベンションを開催する)
難解ひろこ(なんかい・ひろこ。難解の妻、旧姓・曖昧(あいまい)。46歳。自営業。和装小物製作、TRPG歴27年)

Electric State どこにいく?

 今日も今日とて、とある邪神系コンベンション(*1)。
 会場の隅っこで、古参メンバーの難解好夫(なんかい・すきお。61歳)の妻のひろこと、色々知照(いろいろ・しってる。52歳)が、雑談をしているところへ今回の主催者、少々梶郎(ちょっと・かじろう、47歳)とその娘の梶理(かじり、14歳)がやってくる。

少々「本日はGM、KP(*2)を引き受けていただき、ありがとうございます。演目は予定通りで?」(*3)
色々「今日は初心者(*4)が多いんですよね? 予定通り、『新クトゥルフ神話TRPG』(*5)の入門シナリオを用意しています」
少々「ええ、そうなんですよ。もう大変で。色々さんには、いつもご配慮いただき、ありがとうございます。えっと、難解さんは?」
難解「Electric State RPG」(*6)
少々「?」
難解「『ザ・ループTRPG』(*7)のフリーリーグの新作で、クラウドファンディングのバッカー向けの先行PDFが届いたんや」

THE ELECTRIC STATE ROLEPLAYNG GAME

少々「最新のTRPGですか? どんなゲームですか?
 フリーリーグは、『ひとつの指輪』(*8)もそうでしたね?」

ひとつの指輪(ホビージャパン)

色々「難解さん大好きな『Mörk Borg』(*9)も」

Mörk Borg

少々「え、これ、全部同じ会社?」
難解「フリーリーグ(Fria Ligan)はここ数年、ぐっと盛り上がっているスウェーデンの会社(*10)で、最近だと『Alien』(*11)とか『Blade Runner』(*12)とか映画原作のものも多いし、昔の版権を買ってリメイクした『Twilight 2000』(*13)とかなかなかいいぞ。
 『ザ・ループTRPG』や『Electric State RPG』は、そこに所属するアーティスト、シモン・ストーレンハーグが描いたグラフィック・ストーリーが原作やな。『Electric State RPG』も原作の『エレクトリック・ステイト』はかなり前に翻訳されていて、今度、ドラマシリーズになる」

エレクトリック・ステイト(グラフィック社)

少々「こういうイメージもとがあるのはいいですね。ゲームとしては?」
難解「VR機器の暴走で緩やかに世界が崩壊しつつある架空の1997年のアメリカ西海岸。生きる場所を探して旅する人々のドラマを扱うロードムービー風のお話だな」
梶理「ロードムービー?」
難解「アメリカ映画だと、偶然出会った人々が果てしない荒野を旅する車に乗って遥か先の街まで旅するという話がよくあってな、その間に起こるちょっとした事件の積み重ねで、人間関係が変わっていく」
少々「ネットフリックス(*14)のドラマによくありますねえ」
梶理「??」
難解「まあ、映画ではよくある話なんだが、日本の中学生にわかる例というとだな。『すずめの戸締まり』(*15)の後半とか」
少々「神木君演じる大学生が、ヒロインのおばさんと旅するシーンですね。わかる、わかる」
梶理「??」
色々「昔の、時代劇のまたたびもの(*16)やトラック野郎の映画(*17)があって、それが近いんでしょうが・・・もしかして、ポケモン(*18)」
難解「ああ、あれも近いかな・・・。いや思い出した!
 『終末トレインどこにいく?』(*19)や」

色々「おおお」
梶理「???」
難解「あれも、7G回線の暴走で変わってしまった終末世界が舞台のロードムービーだったな。池袋に行ったまま、帰ってこない友だちを探しに電車に乗った少女たちの旅。西武池袋線沿線の駅が全部、奇妙な姿に変わっていて毎回、止まった駅で事件が起こる。
 まあ、『Electric State RPG』はそこまで世界は変わっていないが、VRの新基準mode6が公開されたことで、世界がゆるやかに壊れていくあたりはそっくりだなあ」
梶理「???」
難解「あるいは、アニメにもなった『少女終末紀行』(*20)とか『天国大魔境』(*21)とか」
梶理「???」
色々「いいですか? 普通の人は難解さんほど、深夜アニメを見てないんですよ(*22)
難解「どうすれば、伝わるんだああ」

有名シナリオが回せない?

少々「ところで、梶理が難解さんに相談があるらしくて」
難解「なんや?」
梶理「今日、CoC(*23)の有名シナリオ(*24)を持ってきたんですが、どう回したら、わからなくて」
難解「うお、また来たな。どれが回せないんだ?」
梶理「これ」

 ……と出したのが、華麗なフルカラー表紙の同人誌『ゆるやかに黒髪の乱れて』(*24)

難解「(ぱらぱらと見て)ほほぉ、大正ロマン(*25)の令嬢を主人公にしたミステリーだが、メイドや学友とか、百合路線(*26)が強いな。ここでああで感情がもつれて、婚約者の軍人やおさなじみの書生(*27)が絡んで、根っこは、乱歩(*28)、いや、こいつはマルキ・ド・サド(*29)か? ああ、これは梶理ちゃんには難しいなあ」
梶理「これ、面白いって聞いたので、覚悟を決めて自害したのに」

 自害とは、有名シナリオを通過なしでKPすること。

難解「大正ロマン+百合+SMだろう?
 梶理ちゃんがマルキ・ド・サドを読んでいる訳もないし。
 せめて、百合姫(*30)か『ナナとカオル』(*31)・・・」
少々「うちの梶理に何を読ませる気ですか!」
梶理「???」
難解「このシナリオの作者は、物書きだな、それもかなりこじらせた」
梶理「そう言えば、ウェブで連載しているって(検索)。
 ・・・ノクターンノベル(*32)で」
難解「やめろ!」
梶理「タイトルは『ベルサイユの人間椅子』(*33)、えっと18禁?」
難解「そういうことだ。この作者は耽美系の書き手で、そういうニュアンスで書かれたシーンがある。まあ、KPガイドでも匂わせているが、耽美系や百合、SMを読んだことのない中学生には回せないだろうし、細かいニュアンスが伝わらないよなあ」

タイパの理由

梶理「これは諦めて、こっちにしたいのですが、それもどこかピンとこないんですよね」(と別の同人誌を出す)
難解「これか? 『夏は夜』・・・枕草子(*34)か」
梶理「タイトルだけで分かるんですか?」
難解「基礎教養やろ。おい、少々、『光る君へ』(*35)を見せとらんのか?」
少々「録画しておいて後で見るとか」
梶理「完結したら、倍速で見ますね(*36)」

難解「おい! そこに座れ!」

梶理「座ってます」
難解「なんやその台詞は!? リアタイ視聴(*37)せずに、完結してから倍速で見るとか、なんやそれ!」
梶理「だって、友だちとの話題のドラマだけでも時間が足りないんです!(*38) アニメしかみないといじめられるし(*39)、面白いというなら、完結したら、まとめて見ますよ(*40) つまんない話にかける時間なんてないんですよ!(*41)」
難解「ぐ、それで倍速!?」
梶理「話題になるドラマなんか倍速で十分ですよ!(*42)」

 ここで激怒する難解を少々が取り押さえる。

少々「難解さんの時代とは違うんですよ?(*43) 三ヶ月ごとに50本も始まるアニメを全部見られない(*44)ように、梶理も付き合い上、見ないと行けないドラマやバラエティだけで毎週10本以上(*45)あるんですよ? そこから勉強して、CoCのオンセしたら、もう時間が足りないんです」
難解「・・・大変やな。それでタイパ(*46)とか言うんやな。
 俺が若い頃は毎週10本ぐらいのアニメを押さえておけば、済んだもんや。
 まあ、それはさておき、『光る君へ』は傑作やから、見ろ。
 あと、あれは絶対、倍速にするな。間が死ぬ(*47)」
梶理「間?」
難解「台詞だけがすべてやない。何も言わない時間、何もしない時間にも演出の意図がある。倍速で見ると、それが読めなくなる。
 アホなヤツがおってな、『葬送のフリーレン(*48)が話題だというので、倍速で見たら、全然、面白くなかった』とか言いよった」
梶理「うわあ、ないですねー」

どこか違う謎の世界線

 ちょっと落ち着いて、難解さんが指定された同人シナリオをチェック。

難解「平安ものということで、『比叡山炎上』(*49)使用か、まあ、それはいいが、レイアウトに凝りすぎて読みにくいな。あと、CoCのシナリオ・フォーマット(*50)と違う小説みたいな書き方で、KPには説明不足だ。それもぴんと来ない理由かもしれないな。
 KPガイド(*51)は本当に最低限だな。ただの後書きだろう、これ」
梶理「でも、色々な人が回していて、みんな面白いって言うから。
 みんな、どうやって回しているのかな?」
難解「ああ、ここの回し方は、確かに説明不足だな。ここはアレだな、『コービット館』(*52)を擦り切れるまで回したヤツなら分かるんだが」
梶理「公式シナリオのあれ?」
難解「まあ、CoCの調査の仕方とかは公式で学ぶんだが、同人シナリオを書いている連中はよくても、最近、始めたプレイヤーにはわかんないし、その辺のKPのコツをオンセ用に取りまとめたものを説明するのは大変だな」
梶理「難解さんでも?」
難解「オレもそこまでオンセをやっている訳じゃない。週5で3時間ずつ遊んでいるような連中のノウハウはないなあ。オレはもうあそこにはいないんだよ(*53)。オンセ界隈はわからん」
梶理「どうすれば?」
難解「たぶん、その辺の技術は口伝(くでん)(*54)になっているんじゃないかな? やっぱり、作者に回してもらうべきか?」
梶理「もう自害しちゃいましたよ」
難解「通過済の人に話を聞くか、諦めて回すんだな」
梶理「注意点はありますか?」
難解「(もう一度、ぱらぱらと見て顔を曇らせる)おい、SANチェック(*55)って書いてあるぞ?」
梶理「???」
難解「SANチェックは俗語なんだ。
 正式用語は『正気度ロール』(*56)という。
 まさか?(うん、うん、うんとうなりながら、全体を見回す)
 え、まさか、だがあり得るな・・・
 この作者、フリーライダー(*57)かもしれない」
色々「え、まさか、この時代に?」
梶理「フリー?」
難解「配信を見てCoCを始めた人の中には、ルールブックを見たことがないヤツがいる」
梶理「持ってない人はよくいます。でも・・・」
難解「その中にはルールブックを持っていないのに、KPするようなヤツもいる(*58)」
梶理「まさか」
難解「もう新CoCになって5年。さすがに淘汰されたと思っていたが、知らんぷりして、同人誌まで作っていたとは・・・」
梶理「でも、面白いって噂が・・・」
難解「それ、誰が言っているんだか・・・
 マッチポンプ宣伝かもしれない(*59)」
梶理「うわあ」
難解「それなら、7版(*60)じゃなくて、クラシック(*61)のバランスだと思わば、諦めがつく。
 まあ、こことここの情報提供に注意すれば、たぶん、問題は出ない。
 初回しと言っておけば、うちのコンベの常連客は生暖かい目で見てくれるさ。後、『枕草子』読め」
梶理「ああ、全部のシナリオに難解さんがついてくればいいのに!(*62)」

 とっぴんぱらりのぷぅ。

解説っぽい何か

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