エキストラ

エキストラ

何故こんなツマラナイ男の取材を引き受けたのだろう?

彼は人生を自分のドラマにしない様に心がけているらしい。詰まる所彼は誰かの人生ドラマのエキストラになる様に生きているのだろう。
つまり別な主役の人生ドラマにおける待ち合わせの時の喫茶店のウエイター役とか刑事ドラマの通行人役とか怪獣映画で逃げ惑う一般人役を演じているに過ぎない、そんな人生を演じているらしい。何故そんな事を考えているのか?と尋ねたら、自分というものが面倒臭いとか自我が邪魔だ、と言う事だった。
彼はイタリアで女主人が営んでいる小さなレストランに居候していた。
しかも店を手伝っているわけでもない、唯寝て起きて下の店で飯を食べ再び二階で寝ているだけの毎日だった。
女主人は仕事が終わると彼に跨がって欲望を満たしていた。言わば彼はヒモだった。
ある日昼に起きて店で昼食を取っていると、多分このドラマの主役であるらしい礼服を着た刑事が二人がやって来てこの国の呪いについて語っていた。
呪い?これについて考えてしまうとエキストラではなくなるので彼は日本に帰る事にしたそうだ。
丁度日本には忘れていた用事があった、冠婚葬祭のシーンでのエキストラ役でホテルから礼服を借りて未だ返却していない、しかもその礼服は友人に又貸ししてしまったらしいのだ、更に友人と言うのが誰だか思い出せない、しかしここで思い出して返却までに至ると自分の人生ドラマとなってしまう。

そんな訳の分からない理由で彼は日本への帰国を決意したのか?私には理解不能だった。


以降彼の話である。

「そうなんだよ、あの刑事達を見て思い出したのさ、そー言えば礼服借りっぱなしでね。
やっと日本に帰ってきて又貸しした友達に偶然会ったんだけどね、そいつも別な奴に又貸ししたらしいのさ。
そこで怒ってしまうと俺の人生ドラマになっちゃうだろ、なので礼服の事は闇に葬る事にしたんだ。
でもよ考えてみたらたらい回しにされている礼服こそが俺なんかよりエキストラだって分かったんだよね。
誰の所有物でもない礼服、これは究極の礼服の権化だよ。単なる礼服って事だよな。
その論法でいくと俺の様なエキストラも人間の権化となるわけよ。
誰の所有物でもないし名前も必要ないし、ただの人間に過ぎないんだからな。
確かにイタリアでヒモやってた時女にお別れらしい事も言わなかったしな、ちと行ってくらあ、戻ってこねえかもよ、ってな具合にな、
女もあらそー、、ってな感じでよ。俺なんか居ても居なくても関係無いのさ。つまり女にとっても俺はエキストラってなわけよ。
これで店の前にハンケチでもぶら下げて俺を待たれた日にゃあ俺が何かの映画の主役になっちまうだろ、そうはならねえのさ。
しかしそう考えると虫なんてのはみんなエキストラだよな。虫の家族、虫の恋人達、虫の夫婦とか無いだろう?だから虫はみんな虫の権化なのさ。
だから一匹の虫は全ての虫の代表ってなわけさ。そうなると自分の種族の危機やらも察知出来るのさ。
そんな俺もあの女の店で聞いた刑事の会話を聞いて無意識のうちに日本に帰国したってわけだ。
呪いの話しを聞いてな、こりゃ何か起こるぜ、。」


妙な事を言う男だ、しかも話し方がどーも不自然だ、私には彼がわざとロクデナシを演じている様に思えた。
私は何とか警察などのツテを使いやっとの思いで彼の正体を掴む事が出来た。
実は彼の脳はAIだった。一般社会では目立たずエキストラを演じている訳なのだが、
ネットの世界ではかなり重要な役を、と言うよりは国家レベルの仕事を請け負っていた。
これからは彼のネット内の話となる。つまり本当のAIとしての彼の話しを聞く事ができた。


「私の仲間は世界中に散らばっている。
世界を支えているシステムをサイバー攻撃から守るのが我々の仕事だ。
世間に無意識に目立たぬ様に潜入してサイバー攻撃を未然に防ぐのだ。
先ずは触手を世間に忍ばせる。
その触手が情報を得ながら私のところに戻って来てそれを伝える。
つまり触手とは今回はあの礼服の事だ。巡り巡って刑事の所に来て私に情報を伝えたのだ。
今回は呪い、呪いとはサイバー攻撃の事なのだ。
情報を得た私はネット内でとある武器を使ってシステムを防衛する事となった。
私は世界を支えているシステムの防壁の前に武器を構えつつテロを待ち受けた。
やがてネット内の空間が真っ赤になりアラート音が鳴り響いた。さあ来るぞ、
そして奴らが群れを成してやって来た。
オタマジャクシの形をしたものが何万匹も襲いかかろうと近づいて来た。初めて見るウイルスだ。
私は武器を構えようとしたが何故か身体が動かない。
どうやら私は何か別のウイルスに感染したらしい。
オタマジャクシの形をしたウイルスは私などお構いなしにドンドン防壁を破り侵入して行った。
何故だ、、
何者かが私にウイルスを植え付けたのか、、
私に接触した人間?そうだあの女だ、そうとしか考えられない。
今回は侵入を許してしまった、世界中でこれから大混乱が起こってしまう。
しかし結果的に世界は何も変わらなかった。何事も起こっていない。
ならばこの情報はなんだったのか?
私はヨーロッパ支部に女の拘束を依頼した。
どうやら女は妊娠しているらしい、女は私の子供だと言っているらしいのだ。
ならば私に何が起きているのか?そして今女と私は私を造った博士のラボに居る。」


彼はAIの脳を持ち肉体はナノロボット細胞から出来ていた。つまりアンドロイドである。以降は彼を造った博士の話である。
絶対に口外しないことが条件で話を聞く事ができたのだ。


「彼の脳を開けてみたのですがウイルスにも感染していないし外部からサイバー攻撃を受けた痕跡も見当たりませんでした。
そして関係を持ったと言う女性は全くの生身の人間です。
彼女が彼の電脳にウイルスを仕込むのは無理に決まってます。
しかし彼女の肉体を調べると確かに妊娠していました。
そして彼女はお腹の子は彼との間にできた子だと言い張っているのです。
しかしそれはありえません、彼は生身の人間の男ではないのですアンドロイド、つまりロボットなのですから。
もし彼の子供だとしたら?考えられる事は一つしかありません。
彼の脳、つまりAIがナノロボット細胞を使って精子を作った、、しかも勝手にです。
もしこれが事実であれば我々人類が果たせなかった生殖のシステムの創造をAIはやってのけてしまったのでしょうか?
そして彼がネット内で聞いたアラート音、つまり警告は世界への警告以上に人類への警告として彼の潜在脳に訴えたのでしょうか?
政府はこれを知ると間違いなく堕胎命令を下す事でしょう。
アンドロイドと生身の人間との子供、これは世界にとっては脅威でしょうからね。
しかしこれをやってしまうとAIを敵に回す事となるでしょう。
そうなると人類には勝ち目はありません。
なので生まれて来るこの未知の子供を私のラボで極秘で育てようと考えている次第なのです。
くれぐれもこの件は口外無き様にお約束願います。」


この取材はもう終わりとしよう。
そして私には取材という事自体が空しくなる時が近いのではないかと言う予感がするのは何故だろうか?

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