見出し画像

虚数ドアはページを捲るが如し

虚数ドアはページを捲るが如し


僕はカローラで友人の待ち合わせ場所へと向かっている。
右も左も田園風景が広がる北国の秋、大き目の橋を渡り右折すると指定された待ち合わせ場所の山道入り口の駐車場が見えた。
平日という事もあり観光客も少ないみたいで広い駐車場には4〜5台の車しか停っていない。
指定時間より若干早く到着したので山道を歩いてみた、紅葉にはまだ早い木々が山道を覆っていた。
少し歩くと右手に狭い道が現れた。大きく看板には立ち入り禁止と書かれていた。僕は興味以上に恐怖を感じた。
まだ昼なのにその道の奥は真っ暗で何も見えない。
後ろで数人のおばさん達が話していた。「この道の先には古代文明の遺跡か装置みたいなものがあるらしいわよ。政府あげてのトップシークレットらしいわね。」
やはり何かとんでもない物が先にある事は確かだ。そろそろ約束の時間だ。僕は駐車場に戻る事にした。
少し歩くと肩を叩かれた。友人だった。
「アレ、何処にいたの?先に着いてたの?」と僕は尋ねた。
「まあそういう事、チョット俺の車で少しドライブしないか?驚くぜーー」
僕等は駐車場に戻った。先程無かったはずの友人の車が停めてある。
明らかに見た事のない車だった。少なくとも国産ではなさそうだ。
僕は助手席に乗った。
友人の運転は信じ難いものだった。
道路を走っていない。田んぼの上を物凄いスピードで飛んでいる。
農作業をしている人達は全く車は見えていないらしく黙々と仕事をしている。
思わず僕は友人にこの車は浮いているのか?と尋ねた。
友人は、「浮くと言う解釈は人間の頭の都合なのさ、元々浮いてるし何処にでもいけるのが本来の生き物の特権でね。自分中心に世の中動いてるのに気付いてはいないんだ。後付けされたこの車の様なマシンは元来無用の長物みたいなものだ。」
きっと彼は僕の知らない事を何か知っている。もしかしてあの山道の事も、、
僕は友人に先程の立ち入り禁止の道の先に何があるのか聞こうとした。
その時僕の眼前に出発時よりかなり大きくなった真赤な夕焼けの太陽が現れた。
「このまま太陽に行ってみようぜ。」と友人は笑いながら言った。
終わり。。。


「何だコリャ、酷い文章に面白さの欠片も無い内容、幼稚で乏しい表現。何なんだー、田んぼの上を飛ぶ車とか古代文明の装置とか、、こんな原稿いらんから持って帰れ。さもなければこの薪ストーブの焚き付けにしてやろうか!」
雑誌「北国文庫」の編集長からボロクソ言われた僕はこの雑居ビルを後にした。
こういうチョット傷ついた心で真冬の北国の帰路の雪道を歩くのは嫌いではない。
明るい気持ちで雪の降る街を歩くよりは心の絵画としては暗い方が良いに決まっている。
僕の住んでいるアパートは「北国文庫」のある雑居ビルからは近かった。
理由は当然「北国文庫」に自分の作品が採用されるのが目標だった。
だから完成したらすぐに編集長に読んでもらう為にアクセスの良い場所に住んだのだから。
僕の部屋は二階にある。丁度大家さんのおじさんがアパートの玄関辺りで雪掻きしていた。
僕は一通りの御礼と挨拶をして部屋に戻った。石油ストーブに火をつけると徐々に部屋と共に体も温まってきた。外も雪が止んで晴れ間が出ていた。
僕は『僕の体が温まったから天気が良くなったんだ。』と独り言ちた。
さあ、そろそろアルバイトに向かう時間だ。僕は食い繋ぐ為に近所の居酒屋でホールのバイトをしている。
しかし、今日は月曜日という事もあって暇だった。
ボチボチ閉店しようかという時に大家さんが娘さんを連れて入って来た。
「うちの娘が君の働いている店に行ってみたいと言うもんでね、連れてきた次第だ。」
僕は驚いた。大家さんの娘さんはこの町での一二を争う美人で現在は東京の大学院生らしい。
僕は注文のビールと料理を二人の席に運んだ。
「彼がうちのアパートの203号室に住んでいる山野君だ、コレが娘の咲世子だ。」
「よろしくね、山野さん咲世子です。」
僕は緊張した。きっと顔も真赤だったのだろう。
「山野君は小説家を夢見てここでバイトをして頑張ってるんだぞ。」
「夢を持っている男の人って素敵よね。」
彼女のキラキラした目が僕を見つめている。
何故こんな僕を美しい目で見てるのだろう?
そうだ芝居に決まっている。そうに違いない。
「どんな小説を書いてるのかしら?差し支え無ければ教えて下さらない?」
「え、エ、エシュ、でない、SFです。」と僕は情け無く答えた。
「SF、ステキね、私も好きよ、例えば、、、」と言って彼女はその後次々と僕の知らない作家の名前を言った。
僕は知ったかぶりを決め込んで、「僕も好きです。」とごまかした。
「そー言えばお父さん、ソロソロ家に美味しい水無くなるんじゃない?明日私汲んで来ようかしら。」
そして彼女は僕を見て、「ねえ山野さん、明日の昼って何か用事入ってる?もし空いてるなら水汲み手伝って欲しいのだけど、ポリタンクって重たいでしょ?なので男手があった方が助かるのよ、ね、どうかしら?」
僕は二つ返事で「ひ弱な僕で良ければ是非お手伝いさせて下さい。いつも大家さんには雪掻きなどして頂いて申し訳無く思っていた所です。」と答えた。
「じゃあ決まりね、明日の朝10時に家の前で待っててね。車でお迎えに行くわ。」と答えた。

約束通り彼女はやって来た。僕は助手席に座った。
運転しながら彼女は、
「今から行く所は水の神様が祀られている山の麓なの。そこの水は本当に美味しいのよ、御利益なのか身体にも良いらしいの、そこで出来るだけ沢山の水をポリタンクに汲んで来るって訳なの。」と説明した。
田んぼと畑だらけの道沿いに古城を様したモーテルが見える。僕は一瞬彼女がハンドルをきってそこに入る事を想像して勝手に鼓動を早め生唾を飲み込む音を悟られない様に軽く咳き込んだ。
そして彼女は、「こんな大げさな建物建てて、中に入ればお風呂が透明でスケスケだったりベッドが回転したり天井がプラネタリウムだったりしても結局やる事は一緒なのにね、ムードって言っても私全く興味ないし、人間って変な生き物よね?」と彼女はハンドルを握りながら言った。
シフトレバーを握る彼女の手つきを見て僕はもう一度軽く咳き込んだ。
「本当ですよね、」としか答えられなかった。やがて車は目的地に到着した。
山の麓にある小さな社をくぐると数カ所の岩の間からチョロチョロと水が出ていた。その水を10本位のポリタンクに入れ車のトランクに入れた。
その後彼女は「実はあなたを連れて行きたい所があるの、ここから歩いてすぐにだから付き合って下さらない?きっと驚くわよ。」当然僕には断る理由は無かった。
狭い山道を雪でぬかりながら彼女の後について登って行くと洞窟が見えた、やがて洞窟の奥にドアが見えてきた。
「このドア開けるけど驚かないでね。」彼女は少し真面目な顔で言った。それは大学院の研究者の顔だった。
ドアを開けると眼下に巨大な地下都市が現れた。しかもそこはどーも無人らしい。
驚くなという方が無理だった。
「ここは遠くの地球に似た惑星なの、きっと地上で大きな何かが起きて地下に移住してそれでもダメで絶滅したか他の惑星に移住したのかもね。確かにここは私達よりも進んだ文明を持っていたみたいね。だから多分だけど文明の進化の言わば終着点なのかもね、なのでここの生き物は何かに形を変えて宇宙に自由に飛び出したか又はこの建物の図形自体が彼ら自身、つまりここの生き物なのかもとも考えられるわね。しかもこれらの建物は究極の図形とも言える生きた図形なの、生き物みたいに動いて見えるでしょ?まあ私達の世界で言う所の究極の芸術って事かしらね。」
確かにこれらの建物はある時は角、またある時は円形に変化していた。
僕は声にならない声で、「でもここは地球の洞窟の中ですよね?」と尋ねると彼女は、
「私の大学の研究チームではあらゆる次元の座標を計算で割り出しているの。3次元の座標だと緯度やら経度みたいなものなのだけれどそれ以上の次元から宇宙の座標を計測していると地球に酷似した惑星がかなり存在していてしかもその幾つかの惑星のとある共通の緯度経度には全く同じドアが存在しているの、ここもその位置なの、このドア自体で地球から何万光年離れた星にすぐに行けちゃうのだから、これを見つけた時は本当に驚いたわ、でも事情があって表沙汰には未だ出来ないのよね、」
「あらゆる次元の座標ですか?」と僕は尋ねた。しかし興味は無かった。そもそもそんな高度な事は聞いても無駄だったのだが。
「何て言えばいいのかなあ、まあ虚数を宇宙空間にばらまいてそこに共通項を検出するって感じかなあ。」
僕には全く理解はできなかった。
帰りの車の中でも先程の不思議な建物群が頭から離れない。
そして彼女は更に「実はね、この北の大地にはもう一箇所あのドアがあるみたいなのよ、良かったら今からでも一緒に行って欲しいのだけど駄目かしら?少し遠いので何泊かの旅になりそうなのよね。」
僕には断る理由は無かった。しかし僕の興味は不思議なドアの向こうの新しい惑星に行く事よりも彼女と何泊かする事にあった。つまりは男女の関係がもしかしたら、、、と言う期待が僕の頭を支配していた。
そんな僕の様な下世話な人間がいるこんな世の中だからきっと彼女が言った様にドアの事は表沙汰には出来ないのだろう。
男女、雄雌、生命の誕生と宇宙の法則とか関係は確かにあるのだろうがやはりそんな事はどうでも良かったのだ。
虚数を宇宙空間にばらまいて僕と彼女は結ばれた。なーんてね、こりゃあ酷いこじつけだ。
もーエンディングは閉められないのだから。このまま流れに任せよう。そんな僕を馬鹿にするかの様に赤ら顔の夕焼け空が僕を嘲笑っていた。
終わり。。。。


「おいおい、何だこの酷い のは、肥溜めで糞まみれで書いたのか?ドラエモンのどこでもドアーじゃああるまいし、エロの部分も最悪だな、読むに全く値せずだ、直ぐにでもこんな原稿、、」と言って編集長は僕の原稿を一枚丸めて鼻をかんだ。そしてデスクの横のゴミ箱に放り投げて残りの原稿は石炭ストーブの中に放り込んだ。
「もう出版は諦める事だ。それにお前こんな事されても腹が立たないのか?」
僕は答えた。
「良いんです、僕にとって編集長は何時でも登場させる事が出来るんです。しかも好きな時に登場させる事が出来るんです。」
編集長は顎に蓄えた髭を撫でながら。薄笑いを浮かべて言った。
「ほーじゃあお前さんにとって俺はいつでもでも登場するって訳か?じゃあ聞くがな、何故この俺をもっと優しいお人好しの編集長にしないんだ?お前さんの物語なら可能だろうに。」
「もちろん可能です。そして編集長だって嫌でしょうが僕と言うヘボ素人作家を好きな時に登場させる事が出来るんですよ。まあそう言ってもあなたには無理でしょうがね。」
「なんだその言い草は、お前さんにとって人生は物語ってことか?」
「そうです、僕にはこの世界のあらゆる物事をイコールにしようという暗黙の目的があるのです。そこで万物は一つとなればある意味真理にいる事が出来る訳です。それには物語にするのが一番だと考えた訳です。つまり机上の空論ならぬ紙上の空想とでも言いましょうか。原稿という紙の上では皆イコールに出来る訳ですよ。例えばヤカン=編集長=雀の目ん玉=そば湯=ネズミの糞=ブラックホール=、、、、、てな具合なのです。僕にとっては驚くべき発見でした。紙というのが大宇宙の統一を可能にするのですからね。」
僕は更に続けた。
「そー言えばヤカンと言いましたが、僕の統一宇宙の第一番目の項目はヤカンなのでしょうね、鳥の子どもが最初に見た者を母親とする様にね、僕にとっての統一宇宙の最初はヤカンなんですよ。始まりはヤカンそして終わりは何になるのでしょう?詰まる所僕がこの物語の世界から居なくなる時、つまり死という事を考えますと、今目の前に居るあなたつまり編集長で僕は死を迎える事になる訳でしょうか?もしくは僕の死は編集長で始まるのでしょうか?いやきっと違うものでしょうね、僕用に違う世界が用意されているのでしょうね。もしかしたら、、、」
僕の視界は徐々に白くなって行きやがて真っ白になって気を失った、のかも知れないしこの世界と別れたのかも知れない、鐘が鳴った様だ、。

僕は目覚めた。今は夜中2時頃かもしれない。柱時計が2つガーンガーンと鳴って目が覚めたのかもしれない。隣には従兄弟たちが雑魚寝同様な寝方をしている。そうだ僕は小学校の夏休みに祖母の家に遊びに来ていて今日はみんなで夏祭りに出かけて帰って来て疲れて寝ていたのだ。
しかし僕の足の先の壁には無かった筈のドアがある。こんな所にドアなんて無い筈だ。ご丁寧にノブには鍵穴までついているではないか。
僕は怖くなった。当然だ、小学生なのだから、このドアから何かが出て来たらそれは怖い、しかしそれは無いと直感的に感じた。
そう、このドアは自分の意志で開けるものなのかも知れない。そしてドアの向こうは、未知の何かがあるとか、未知の何処かに行けるとか、
そんな勇気のある年頃になるまでは止めた方が良い、怖いうちは駄目だ、、しかしもしかしたら将来このドアの事を説明出来る人に会えるかも知れない。
そう考えた僕はこのドアの事は自分だけの秘密にしよう、と心に誓って布団にくるまった。



この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?