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老いらくの恋 第18話

この老いらくの恋もしばらくお休みでした。
以前書きましたが、生涯初の小説「我敵愛人」の校正に追われていました。
現時点はゲラ刷の最終校正も終わり、今は製本配本を待つばかりです。手前味噌ですが、なかなか爽やかな小説ですよ。6月に配本予定ですのでお楽しみに。
また、個人的な雑事もあり、話をつむぐことが出来ませんでした。この件はまた別の機会を設けてお話したいと思います。

さて、前回に続いて菅野雪虫さんについてお話します。
多分この本を読むのは5回目になるでしょう。読むたびに新しい発見があります。
雪虫さんの表現力、ストーリー テーラーとしての力量は今回はあえて触れず、雪虫さんの社会を見つめる目、歴史的・政治的なものへの見方、先見性について触れたい。
「天山の巫女ソニン」は5部作からなります。かなり大著です。多分100万字ほどになるでしょう。「我敵愛人」が約6万字ほどですから、尊敬に値します。

場面は朝鮮半島を思わせる三つの国。北に位置する巨山(こざん)、西南の暖かい風土に恵まれた河南(かなん)、東と南に海、北の山地に挟まれた穀倉地帯の沙維(さい)が舞台です。それぞれ気候風土・人心が異なります。
巨山は天然資源に恵まれ、厳しい風土に鍛えられた軍事力、科学技術に秀でた国です。
王は「狼殺しの王」とよばれ、決断力に富み、国を運営します。巨山はもともと河南、沙維を統一した歴史があり、巨山王は、再度3国統一を夢見ます。
まず手始めに圧倒的な兵を投入して河南に攻め入ります。たちまちに河南国土の8割を掌握しますが、河南の第二王子のクアンの奮闘、沙維からの援軍を得て河南は反撃に出ます。
重装備をした巨山の兵士にとって、南国の河南の風土は厳しいものでした。結局巨山は破れ北に引き上げます。巨山王は自尊心を痛く傷つけられます。これが第一話のあらすじです。巨山はまだ全土制圧を諦めません。
この巨山、北の軍事大国、絶対的な専制君主、領土拡大の野望、こう並べるとある国を思い浮かべますね。そう、現在のロシアとプーチン大統領です。
この「天山の巫女ソニン」第一話が出版されたのは2006年6月です。今から17年前、雪虫さんの歴史を先取りする眼力に改めて驚きます。

「天山の巫女ソニン」第二話はこんな内容です。
小説の筋立てを書くことは著者に対して大変失礼な事ですので、私が感心した点だけを以下に記します。
注目の1は、戦略物質の力に着目します。
巨山と河南の戦争では、沙維は河南を支援する約束でしたが、沙維の中にこの戦争を機に利益を上げようと様子見をするものがいました。そのため支援のタイミングが遅くなり、このことで河南の国民は沙維に不信感を抱きます。
戦後、荒れ果てた国土復興に向けて、沙維に復興支援を求めます。沙維は支援に協力するが、河南からの要求の大きさに辟易します。河南から言わせれば、沙維が漁夫の利を求めて支援が遅れたのだから、これくらいの支援は当然だとの思いが交渉の場で表れます、両国の関係は悪くなります。
この状況は巨山には有利に働きました。
河南は温暖な海を利用しての製塩が盛んで、また巨山には岩塩鉱山があり、沙維は両国から塩を輸入することで成り立っていました。河南は塩の価格を吊り上げ、巨山は岩塩の輸出を止めてしまいます。沙維は大変困ります。まるでロシアが天然ガスの供給をとめて脅しをかけるやり方を思い出させます。雪虫さん、この事態をすでに予測していたのかもしれません。

注目の2は、忖度です。筆者の洞察力の鋭さに圧倒されます。
河南のミナ王妃は、若き頃百人の求婚者がいたという絶世の美女です。
出自は河南の国第一の富豪の家に生まれ、何不自由なく育ちました。
彼女が望む物は特段声に出さずとも、周りの者が気を利かせかなえさせてきました。
王妃になってからは、物だけでなく、望んだ事まで怒るようになりました。
例えばこんな具合です。
王妃が王宮の窓から、街を眺め「少し景色がわるいわね」とつぶやいただけで、窓から見えた貧しい人々の家が消えました。もちろん、王妃の意向に沿うように役人が貧しい人々の立ち退きを命じたに違いありません。
「忖度」ですね。雪虫さんは「忖度」という言葉をつっていませんが、「忖度」の恐ろしさ、問題点を指摘慕います。

この第2話が出版されたのは2007年2月です。
森友学園問題が発覚したのは2016年です。雪虫さんの眼力にやはり圧倒されます。
「忖度」と言うとある人物を思い出します。
その人は最近回顧録を出しました。ただしすでに故人ですので、別の人が書いたのでしょう。
ここからは私の記憶頼りですので、思い違いもあるかもしれませんが、その時はお許しください。
その人はこう言いました。
「『忖度』を理由に私を非難する人がいるが、そもそも私は忖度される側で、私の知らないところで、忖度される。私はそれを止めようもない。
忖度されるからと言って、私が責められるのは筋違いだ」
一件もっともらしいですね。
忖度には必ず、見返りが発生します。森友学園問題で忖度したと目される人は、主計局長という要職に就きました(すぐに辞めましたが)。
問題の本質は忖度が横行する社会です。回顧録を書いたAさんは、それを理解できていません。そしていまだに、Aさんの勢力に忖度する人々の心の中に問題があると思います。
過去も現在も、専制政治の国は忖度だらけです。

もう一人雪虫さんが描き出した魅力的な人を紹介します。
巨山の「狼殺しの王」の娘“イエラ王女”です。
イエラは国の中を見て周り、地方で生活苦にあえぐ人々を見てしまいます。
「狼殺しの王」の政治に疑問を待ちます。
将来、「狼殺しの王」の後を継いで巨山の女王になる身なのです。
その時は、誰一人戦争で死ぬ事のない政治をしようと決心します。その時は父の「狼殺しの王」の意に逆らってでも。
巨山と沙維との戦争ではイエラ王女は、思わぬ行動に出ます。

この表紙は「天山の巫女」の外伝の一つ、イエラ王女の物語です。

是非、手にとって読んでください。

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