【10月10周年記念本文無料】Tiny Seed - ひかりのつぶとかげのつぶ –

今年で、この脚本を初演してから10年が経ちました。
「10年を振り返って」タグが流行っている中、ちょうど10月になるので、
通常ひと作品200円の脚本本文を無料公開いたします。

なお、200円をお支払いいただきますと、
本文に加えて、初演当時の脚本家のコメント、
チラシ画像、パンフ画像をご覧いただくことができます。

【CAST】

ゆうこ   文芸部員の女の子。金子みすずが好き
先生    進路指導の、厳しい女の先生
少女    見たことのない制服を着た、文芸部員の女の子。金子みすずが好き
メイ    見たことのない制服を着た、理科が好きな文芸部員の女の子
サキ    見たことのない制服を着た、歌の得意な文芸部員の女の子
スズ    見たことのない制服を着た、看護学を志す文芸部員の女の子
マチ    見たことのない制服を着た、やさしい、文芸部員の女の子

絵本    昔の文芸部員が作った金子みすずの「日の光」をもとにした絵本


【本文】
*0* イントロダクション 『何しに、どこえ。』

   全員、あらわれる。
   ゆうこの想いに、先生と少女が唱和する。

3人    おてんと様のお使いが
揃って空をたちました。

みちで出逢ったみなみ風、
先生・少女 何しに、どこえ。
とききました。

一人は答えていいました。
メイ    「この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるよう。」

一人はさもさも嬉しそう
サキ    「私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。」

一人はやさしく、おとなしく。
スズ    「私は清いたましいの、
のぼる反り橋かけるのよ。」

残つた一人はさみしそう。
マチ    「私は「影」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。」

4人    「「「「何しに」」」」
4人    「「「「どこえ。」」」」
4人    「「「「何しに」」」」
4人    「「「「どこえ。」」」」

ゆうこ   わたしはどこへ?

*1* 進路指導室 ―せんせい

   放課後の鐘の音。
ゆうこ、ノートを開いている。
先生がやってくる。

先生    野田さん?
ゆうこ   あ、先生。これ。
先生    いつも悪いわね。
ゆうこ   いえ。あと出してないのは田中さんと源さんだけです。
先生    わかりました。あの2人は専門に行くかどうか迷ってるんだったわね。
ゆうこ   そうなんですか。
先生    まあ、ちょっと待ってあげましょう。あなたはもう、去年から決まっていたわね。
ゆうこ   はい。
先生    あなたの成績なら絶対大丈夫。堀田先生が褒めてらしたわよ。第6問は次の単元で習う解法を使わないと解けないのに、完璧に解けてたって。
ゆうこ   塾でやってただけですよ。他のとこでは計算ミスしちゃって。
先生    そうなの。…あら?
ゆうこ   はい。
先生    それ、なあに?
ゆうこ   あ、いえ。(ノートをしまって)なんでもないんです。
先生    何か書いてたの?
ゆうこ   たいしたものじゃないんです。ただ、そう、これからの予定とか。
先生    そう。
ゆうこ   もう5時。私もう帰ります。
先生    そう。気をつけて。
ゆうこ   失礼します。
先生    さようなら。

   先生、職員室にかえっていく
   ゆうこ、帰ろうとして立ち止まり。
   茶色い表紙のノートを、見つめる。
   ため息ひとつ。

ゆうこ   咲いたコスモスコスモス咲いた
コスモスコスモス咲いた咲いた

青いコスモスあつち向いて咲いた
白いコスモスこつち向いて咲いた
 
   少女、やってきて

ひとつの蜂がふたつの花に
ひとつのお日がふたつの花に

少女    あさがお。
ゆうこ   え?
少女    あさがおよ。コスモスじゃなくて。私も好きなの。その詩集。
ゆうこ   ああ…知ってるわ。
少女    そうなの。それ、何巻?貸して。

   少女、ゆうこの手からノートを奪い取る。

少女    あれ?ただのノート。数学!
ゆうこ   そうよ。返して。
少女    さっきの詩、どこに書いてあるの。うわあ、サイン…コサイン…タンジェント…
ゆうこ   咲いたコスモス。
少女    え?
ゆうこ   ここ。加法定理。咲いたコスモスコスモス咲いた…
少女    ああ!じゃあこれが
2人    コスモスコスモス咲いた咲いた
少女    あなたって、変な子ね。
ゆうこ   悪かったわね。
少女    ううん。悪くない。あたしは数学なんて全然ダメ。できるのは国語だけ。尊敬しちゃう。
ゆうこ   国語ができるほうが、えらいわ。数学なんて、誰でも同じ答えだもの
少女    そう?でもこれ、綺麗なノート。頭よさそう。あ、お名前は?
ゆうこ   2年の、野田ゆうこ。
少女    あたしは藤原いくの。2年よ。ねえ、そっちのノートも見せて。
ゆうこ   これはダメ。
少女    どうして。
ゆうこ   どうしても。
少女    そのノートだけ、ホンモノのくせに。
ゆうこ   ホンモノ?

   ノートからひらり、と進路希望用紙が落ちる。

少女    なつかしい。何しに、どこえ?

*2* 進路希望用紙 ―キラキラ・はらはら・カサカサ・くしゃくしゃ

   4人の少女たち、やってくる

4人    ホンモノのゆめ
4人    何しに、どこへ?
3人    ホンモノのゆめ、あなたは、どこへ?
メイ    生きてくことはみんなお仕事。そんなお仕事、たすけたい。「おつかれさま」と「がんばって」繰り返すのはつらいこと。がんばって。無理はしないで。がんばって。何も言わずに誰かをたすける、そんな何かをつくりたい。
3人    ホンモノのゆめ、あなたは、どこへ?
サキ    あたしは好きなものがある。歌がなくっちゃ生きていけない。耳からこころにしみわたる、そんな歌を歌ってみたい。心に水を、未来に花を。けれどあたしはまだまだ未熟。花咲くまでは、声をひそめて。
3人    ホンモノのゆめ、あなたは、どこへ?
スズ    あたしは大事なひとがいる。傷ついているひとがいる。苦しい顔を見たくはなくて、目を逸らせては振り返る。どうか強くなれますように。痛みを受け止め支えたい。あなたの最後に笑えるように。
3人    ホンモノのゆめ、あなたは、どこへ?
マチ    あたたかい家が欲しいです。わたしはひとり、誰かとふたり。光は暖かいけれど、ときにはすこし重荷です。日差しがまぶしすぎるとき、休める小さな木陰でありたい。
4人    ホンモノのゆめ、あなたは、どこへ?
少女    ……。
4人    あなたは、どこへ?何しに、どこへ?
少女    ……。
スズ    ちょっと、イク。
少女    みんな、すごいなぁ。
スズ    しっかりして。今日提出日だよ。
マチ    そんなに難しく考えなくていいと思うな。まだ高2なんだし。
メイ    そうそう。あたしだって、もっと成績上げないと絶対行けないところ書いちゃったもん。
サキ    あたしも。
メイ    第一志望は大きく出たけど、第二、第三でがくん。
サキ    あたしも、がくん。
マチ    あたしも。
スズ    あたしは第一から「行けるとこ」って思って書いてるからね。
少女    みんなさ、何したいって、決まってるの?
メイ    うーん、だいたい、かな。
マチ    あたしは決まってないよ。行けそうなところで知ってるところ書いてるだけ。
少女    そっかあ。
スズ    とりあえずみんなの分出して、帰ろう。
サキ    うん。そうだね。

   放課後の鐘

メイ    6時だ。まずい、しかられちゃう。
スズ    あたし出してくる。みんなまた明日。
3人    うん。また明日。

   少女、ひとり残される。

少女    ほんと、なつかしい。

*3* 『何しに、どこえ。』 ―少女のゆめ

ゆうこ   あれ。今の…夢…、白昼夢?
少女    これ。
ゆうこ   え?
少女    あなたのでしょ。落ちてた。ほら。名前。
ゆうこ   出したはずなのに。どうして?
少女    言ってない。ほんとのこと。
ゆうこ   ほんとのことって。国立と私立。もう決まってるの。
少女    ならどうして白紙なの。
ゆうこ   知らないわ。もう、また書いて出さなきゃ…
少女    それ、なあに?
ゆうこ   (ノートをしまって)なんでもないったら。
少女    当ててあげる。ものがたりでしょ。
ゆうこ   …どうして。
少女    わかるよ.あたしもそうだったから.「これは私だけの夢。私だけの秘密」って。届かない手紙みたいに、ものがたりを、たくさん描いた。こうだったらいいな。こんなことが起きたら、素敵だな。こんな気持ち、伝わったらいいな。そんなものがたりをたくさん書いた。
ゆうこ   ……
少女    秘密でいいなんて、嘘でしょう。
ゆうこ   嘘だなんて。
少女    やっぱり、それ、ものがたりなんだ。
ゆうこ   …そうよ。いいじゃない別に。他人に読まれたりしなくていいのよ。恥ずかしい。
少女    ううん。嘘。知ってる?読まれなかったものがたりの登場人物がどうなるか。
ゆうこ   登場人物?
少女    読んでくれる人をもとめて、分かってくれる人をもとめて、ずっとさまよい続けるの。やっと、出会えた。わたしのものがたりを、うけとめてくれるひと。
ゆうこ   あなたのものがたりって?
少女    あなたにこそ、伝えたい。あなたがさまよわないですむように。貸して。あなたの物語。
ゆうこ   ちょっと!

   少女、ゆうこの手からノートを取り上げる。

*4* 『ものがたり(1)』 ――はじまり、はじまり。

   4人の少女たちがやってくる。
   4人の少女たちは、少女のノートを取り上げようとして…

メイ    あーあ。もう。
スズ    そんなにイヤ?
少女    いーやー!ゼッタイいや。
サキ    イクちゃん、私たち、「ぶんげいぶ」なんだよ
マチ    そうだよ。それに、イクちゃん、「ぶちょう」なんだよ。
メイ    それで、一ヵ月後には「ぶんかさい」なんだよ。
少女    それはそうだけど…
スズ    このままいくと、どうなると思う?
少女    ぶんげいぶぶちょう、ぶんかさいぶんしょうたんとうをぶんなげる。になると思う。
スズ    ぶんぶん言わない!
少女    だって。
メイ    もう、どうして、読まれたくない物語なんか書くの。頼むから「読める物語」を書いてよ。
スズ    でもさ、イク、夏の部誌には出してたじゃん。なんでこれはだめなの。
少女    ……
マチ    まあみんなさ、いいじゃない。読まれたくない理由があるんだよ。
少女    うん…
サキ    じゃあさ、イクちゃんは、今から一ヶ月でちゃんと一本書く、ってことで。
少女    え!
メイ    うん。それがいいよ。やっぱりさ、イクのがないと、しまらないよ。うちの発表。
スズ    そうそう。
少女    うん…。がんばる。

   少女、ノートをぎゅっとにぎりしめる
   ゆうこ、気がつく

ゆうこ   ちょっと、これ、なに?なんなの?
少女    私のものがたりが、動き始めたの。
ゆうこ   あなたのものがたり?
少女    そう。見て。そのノート。
ゆうこ   ノートって…あ。

   ゆうこ、自分の足元に、ノートを発見する。

少女    あけてみて。そのノート。
ゆうこ   え、ええ……。金子みすずの、詩?
少女    そう。私のいちばん好きな詩なの。そしていちばん、嫌いになった詩。
ゆうこ   どうして。
少女    おてんと様のお使いが揃って空をたちました。みちで出逢ったみなみ風、何しに、どこえ。とききました。一人は答えていいました。
ゆうこ   「この「明るさ」を地に撒くの、みんながお仕事できるよう。」
少女    知ってるの?
ゆうこ   だって国語の授業でやったもの。そう、次はたしか。…
二人    一人はさもさも嬉しそう「私はお花を咲かせるの、世界をたのしくするために。」
少女    次は?
ゆうこ   「私は清いたましいの、のぼる反り橋かけるのよ。」「私は「影」をつくるため、やっぱり一しょにまいります。」どうして嫌いなの。いい詩じゃない。
少女    どういうふうに習ったの?
ゆうこ   おてんと様のお使い、は、ひとのいのち。人の命はそれぞれこの世でなすべきことを持って生まれてくる。それがそれぞれ輝くように、祈った詩だ、って、先生は。
少女    うん。そう。みんなそれぞれ、夢がある。しなくちゃいけないことがある。だから。
5人    ずっと一緒には、いられない。
少女    だからものがたりに残したの。あのとき一緒にいたみんな。ねえ、約束して。私のものがたり、最後まで読んでくれるって。
ゆうこ   え、別にいいけど…これを最後まで読めばいいの?
少女    そう。そのノートの、はじめから、さいごまで。いちばんはじめのページは、
2人    1988年、9月1日・18時05分。

   放課後の鐘。

ゆうこ   あ、もう6時!
少女    そのノート、預けたからね!
先生    (遠くから呼びかけるように)みなさん、最終下校時刻ですよ。図書館も閉館です。
ゆうこ   あ、早く出なくちゃ。あ、私のノートは?
少女    私のノート、読み終わったら返してあげる!またね。ゆうこちゃん!
ゆうこ   え、ちょっと!

   ゆうこ、少女を追いかけようとする
   と、出てきた先生にぶつかる。

先生    野田さん!帰ったんじゃなかったの?
ゆうこ   先生。すみません。ちょっと図書館に寄ったら…気になる本があって。
先生    あらそのノート、ずいぶん汚れてるわね。落っことしたの?
ゆうこ   ええと…そうなんです。ちょうどほこりのたまってるところに。
先生    あら、ちゃんとほこりをはらってあげなさいね。ノートには、魂が宿るんだから。
ゆうこ   魂?
先生    そうよ。ものを書くって、魂を残すことなんだから。大事になさい。
ゆうこ   はい…
先生    ほら、時間よ。はやく支度して。気をつけてお帰りなさい。
ゆうこ   はい。失礼します。
先生    さようなら。

   ゆうこ、去る
   先生、ゆうこを見送って、図書館に誰もいなくなったことを確認すると、手元にあるファイルを開く。

先生    さて、と。「新井由美さん、国立文系、社会学」「飯田華さん、私立、看護学科」「植松美紀さん、調理師専門学校」「薄井洋子さん、就職」「大久保絵里さん、私立音大」…「中島裕香さん、私立理系、生物」「仲原智子さん、私立文系、英文学」「野田裕子さん、国立理系、未定」…

   少女、ひっそりと先生を見ている

2人    何しに、どこへ?

   先生、振り返る。
   少女、隠れる。

先生    みんな、後悔のない道を選べるといいんだけれど。ねえ、みんな。

*5* 『ものがたり(2)』 ――一連目:道しるべ

   ゆうこ、やってくる
   かばんを下ろして
   ノートをひらく。

ゆうこ   20年前のノートなんて。1988年、9月1日・18時05分。あの子…

   少女、やってきて

少女    あの子、もしかしてユーレイ?なーんて。
ゆうこ   あ!
少女    言ったでしょ。読まれなかった物語の登場人物だって。そのノートを開くと、私が見えるの。
ゆうこ   信じられない。
少女    ゆうこちゃん、夢がないな。ファンタジー作家なのに。
ゆうこ   読んだの!
少女    うん。はじめのとこ。私には見えたよ。ひとりで旅をする主人公の女の子。エルフの女の子。呪いのかかった男の子。魂のこもったものがたりの登場人物は、見えるんだよ。
ゆうこ   やめてよ、恥ずかしい。
少女    どうして。私、わくわくしちゃった。ゆうこちゃん、神話とか歴史とか、すっごくちゃんと調べてるでしょ。それがいいな、と思って。そのせいだろうな、薄っぺらくなかった。
ゆうこ   そ、そう?
少女    ねえ、モデルは?
ゆうこ   え?
少女    居るでしょ。モデル。とくにあの男の子。
ゆうこ   そんなの。どうでもいいでしょ。
少女    そ。ならいいけど。ね、読んで。私のものがたりも。

2人    1988年、9月1日・18時05分。

ゆうこ   ある日ある時あるところ。4つのひかりのつぶと、1つの石ころがいました。

   4人、やってくる

メイ    ひかりのつぶはそれぞれ、自分の夢を持っていました。
スズ    石ころは4つのひかりのつぶにかこまれて、きらきら、ぴかぴかする彼らに見とれていました。
サキ    ある日ひとつのひかりのつぶが、ころん、ころんと転がりました
マチ    石ころは、びっくりして、ききました。
少女    ねえ、どこいくの?何しに、どこへ?どこいくの?
メイ    ひかりのつぶはだまったまんま、ころん、ころんと遠ざかる。
サキ    ころん
マチ    ころんころん
スズ    ころんころんころん。
メイ    ころん。
少女    ねえ、どこいくの?何しに、どこへ?どこいくの?
4人    ゆめ。
少女    え?
4人    ゆめにむかって、進むために。
少女    やだよ、みんな、どこ、いくの…?

   少女、うとうとと力を失う

マチ    イクちゃん!イクちゃん!
スズ    もうちょっと、つっついたげて!
マチ    イクちゃん!イクちゃん!
少女    え!
マチ    よかったあ、起きた!
少女    あれ、ごめん今私寝てた?
マチ    うん。部活もう終わるのに、寝ちゃっててどうしようかと思った。
少女    私そんなに寝てた?
スズ    そうだよ。表紙の絵とか、印刷するとことか決めてたのに。
スズ    なんかねえ、「ごめん、眠い…」って言って寝ちゃったよ。
サキ    なんか徹夜とかした?
少女    うん…あれ、メイちゃんは?
サキ    なんか、先生に呼ばれてたよ。
マチ    なんだろうね。
サキ    ね。
スズ    もしかしてあれじゃない?進路の話。
少女    進路?だって私たち、呼ばれてないよ?
スズ    ばか。あの子、頭いいんだよ。だからきっと、推薦とか、そういう話。
サキ    そうだね。メイちゃん、塾も行ってないのに、頭いいもんね。
マチ    ほんと。お父さんお母さんも大学の先生なんでしょ。なんか、生まれからして違うって感じ。
少女    そうなんだあ。知らなかった。
スズ    そっか、一緒のクラスなったことないんだ。
少女    うん。へええ、そうなんだ。ちょっと分けてもらえないかな。頭。
スズ    ばか。

   メイ、帰ってくる。
   沈んだ顔。

マチ    メイちゃん。
スズ    おかえり。何だった?
メイ    ううん、ちょっと勉強のこととか。
少女    推薦とか?
メイ    ううん。あのさ。イク。
少女    うん。
メイ    あたし、この冊子作り終わったら、ちょっと部活来れなくなってもいいかな。
少女    え、どうして。
メイ    ごめん。このままの成績だと、ヤバいんだ。
スズ    そんな、あんたの成績でヤバいなんて。
メイ    ほんとにほんと。…あたしさ、どうしても、行きたい大学あって。後悔したくないの。
少女    …わかった。がんばって。
メイ    うん。ありがと。冊子作り終わるまでは、いるから。あ、もう5時過ぎてるじゃん。
マチ    メイちゃん待ってたんだよ。
メイ    ごめんごめん。さ、帰ろう。

   3人去る。
   少女一人のこされて

少女    (冊子のもととなる紙の束をぎゅっと握って)さみしいな。

少女    ころん。
ゆうこ   ころん、ころん、ころん。


2人    ころん、ころん。ひかりのつぶは黙ったまんま、ころん、ころんと遠ざかる。
少女    ころん、ころんと遠ざかる。
ゆうこ   ねえ。
少女    なあに?
ゆうこ   この子、このあと、ちゃんと来たの?冊子が、終わるまで。
少女    ううん。来なかった。他のクラスの子から、進学塾に通い始めたって、聞いた。廊下で、遠くから見かけることがあった。
ゆうこ   なんで遠くからなの。
少女    なんでかな。話しかけちゃいけない気がして、見かけると隠れてた。さあ、今日はこれでおしまい。
ゆうこ   え?どうして。
少女    詩の一連はものがたり。一夜一夜のものがたり。また、私も読んでくるね。あなたのものがたり。

   少女、去る。
   ゆうこ、取り残される。

ゆうこ   へんなの。ほんとに、ファンタジーみたい。いけない。もうこんな時間。模試の対策、やってないのに。数学はA判定出しておかないと…「おかないと」?

   ゆうこ、数学のノートを見て

ゆうこ   ノートには魂が宿る、か。このノートを開いたらどんなものが見えるのかな。教室?数字?それとも、いちめんのコスモス畑。なんて、ね。さ、やらなくちゃ。

   ゆうこ、あくびをして、頭を振って、勉強に向かうため去る

*6* 再会(1)

   幕内から学生たちの声。
   先生、やってくる。

学生1   おはようございます!
学生2   おはよう。
学生3   おはよう。

   先生に、参考書をかかえて走る学生がぶつかる。

メイ    あっ!ごめんなさい!(参考書を落とす)
先生    (出席簿を落とす)あ、おはよう。はい。
メイ    ありがとうございます!(去る)
先生    廊下は走っちゃダメですよ!

   先生、出席簿のほこりをはらい、

先生    あんな子、うちの学年に居たかしら…?

   ゆうこ、やってくる

ゆうこ   おはようございます。
先生    ああ、おはよう。
ゆうこ   あの、先生。私、進路希望用紙、出しましたよね。
先生    ええ。昨日確認しました。
ゆうこ   わかりました。ありがとうございます。
先生    あ、ちょっと、野田さん。
ゆうこ   はい。
先生    あなた、希望学部が書いてなかったわね。理系で、何がやりたいの?
ゆうこ   …まだちょっと迷ってて。
先生    そうなの。あ、そうそう。このプリント、悪いんだけれど松田さんと田中さんに届けてくれない?お休みだったの。3限までに会えるかしら?
ゆうこ   分かりました。
先生    ありがとう。

   鐘の音
   ゆうこと先生、会釈をし、先生去る

ゆうこ   さて、と。コスモス畑。

   少女、やってきて。

少女    咲いたコスモスコスモス咲いた、コスモスコスモス咲いた咲いた。
ゆうこ   え?
少女    あたしこれ覚えたけど、さっぱり意味が分からないのよね。
ゆうこ   今、授業中よ?
少女    うっそ。だってゆうこちゃん、寝てるもん。
ゆうこ   嘘。
少女    ほんと。ゆうこちゃんが寝てるから、もう夜が来たと思った。
ゆうこ   やだ、居眠りなんてしたことないのに。
少女    でもぐっすりみたいだよ。きっと疲れてたんだよ。昨日夜遅くまで勉強してたから。
ゆうこ   そう?
少女    私、ゆうこちゃんの話、少ししか読めなかった。
ゆうこ   どこまで?
少女    主人公が回想に入ったところ。何不自由なくお城で暮らしていた主人公、どうして彼女が一人で旅立つことになったのか?!ってとこ。ねえ、どうしてなの?
ゆうこ   そんなの、ばらしちゃったらつまらないでしょ。
少女    それもそうだね。じゃ、今日は感想はなし!私のお話のはじまりはじまり。

*7* 『ものがたり(3)』 ―ちから

   ゆうこ、ノートをひらく。

2人    1988年、9月23日・16時30分。

ゆうこ   あそこに見えるは赤い星、あそこに見えるは青い星。
少女    空に浮かぶは白い月、遠くに見えるみんなの光。
スズ    手は届かない、声は聞けない、それでもあそこで光ってる
マチ    それなら私は見上げよう、届かなくても呼びかけよう
少女    おーい、がんばってるかーい!
ゆうこ   ある日ある時あるところ。石ころはひとつ、ちっぽけで。遠くに行ってしまった光のつぶに、一生懸命呼びかけました。
少女    おーい!そこからの景色は、綺麗かなあ?
マチ    答えは、ありません。
スズ    代わりに星は雲隠れ。
サキ    ころん。
スズ    ころん、ころん。
マチ    ころん、ころん、ころん。
少女    ねえねえ、みんな、どこ、いくの?何しに、どこへ?どこ、いくの?
ゆうこ   ひかりのつぶは黙ったまんま、ころん、ころんと雲隠れ。
サキ    ころん、ころんと雲隠れ。
ゆうこ   真っ暗な空。石ころはひとり、空を見上げてつぶやいた。
少女    どうして?
3人    (声にならない声で、ごめんね。去る。)

   少女、ひとり。
   スズ、マチが声をかける。

マチ    ごめん、遅れちゃった。
少女    あ、マチ。スズちゃん。
マチ    どうしたの、ぼーっとして。
少女    考え事。
スズ    めっずらしい、イクが考え事。
少女    そんな珍しくないよ。失礼な。
スズ    ごめんごめん。ものがたりの展開とか考えてたの?
少女    うん。
マチ    そっかあ、楽しみにしてる。
少女    あれ?サキちゃんは?
スズ    なんか、用事があるんだって。
少女    あ、そうなんだ。どんくらいで来るの?
スズ    今日部活休むって。
少女    あ、そうなんだ。
マチ    うん、あとね、イクちゃん。
少女    うん。
マチ    サキちゃん、今回の文化祭、出られないかもって。
少女    え。どうして?
マチ    なんか、どうしてもはずせない用事がある、って…
少女    そんな。だって。今年の文化祭が最後なんだよ。
マチ    うん。
スズ    あたしたちもなんかよく分からなくて。最近、放課後もあの子、一人で先に帰ったりしてるじゃん。
マチ    でもさ、出られないっていうの、無理言ってもしょうがないし。
少女    うん…
スズ    でも、残念だねえ。ずっと一緒にやってきたのに、
少女    うん…
スズ    まあさ、帰りどっかで話そうよ。もう、教室はしまっちゃうし。
少女    うん。そうだね。

   3人、去る
   サキ、やってくる。
   公衆電話で電話をかける

サキ    もしもし。あの、そちらの受講生の津島と申します。はい。あの、本日30分ほどお時間をずらしていただきたくて。はい。はい。申し訳ありません。あ、はい。今日お月謝はお持ちします。はい。すみません。ありがとうございます。よろしくお願いします。

   受話器を置く

サキ    よし。今日ので、大丈夫。

   サキ、気合を入れて、バイト先に向かう

サキ    こんにちは。遅くなりました!

   サキ、去る
   3人、やってくる。

スズ    でも、どうしたんだろうね。
マチ    なんかおうちの事情かなあ
スズ    なのかなあ。最近あの子付き合い悪いんだ。一緒に帰ろうって言っても断られちゃって。
少女    あ!

   サキ、やってくる。出てきた扉に、一礼。

サキ    お疲れ様でした!

   サキ、急いで次の予定に向かおうとする、
   そこで、3人に気づく。

少女    サキちゃん。
サキ    イクちゃん…みんな。
マチ    バイト…だったんだ。
サキ    うん…ごめん。学校には、黙ってて。
スズ    ねえ、なんかあったの?突然部活来なくなったのって、バイトのせい?
マチ    なんか、あったの?あったなら、話してほしいよ。
サキ    ……
スズ    サキ。
サキ    ごめん。次の予定あるから。
スズ    ちょっと!

   去ろうとするサキ。

少女    サキちゃん。
サキ    なに?
少女    文化祭、出られないって、ほんど?
サキ    うん。
少女    最後の文化祭なんだよ。みんなで一緒につくれる。
サキ    ごめん。その日はだめなの。
少女    どうして。
サキ    ごめんね。

   サキ、去る。

少女    ころん、ころん。
スズ    行っちゃった。
少女    ころんころん、ころん。
マチ    サキちゃん、いつもと雰囲気違ったね。
スズ    うん。
少女    ころん、ころん。
スズ    帰ろっか。
マチ    うん…
少女    ころん。
ゆうこ   ころん、ころん、ころん。

   メイ、マチ、スズ去る。

2人    ころん、ころん。ひかりのつぶは黙ったまんま、ころん、ころんと雲隠れ。
少女    ころん、ころんと雲隠れ。
ゆうこ   ねえ。
少女    ん?
ゆうこ   この子は、ともだちだよね?
少女    うん。ともだち、だよ。
ゆうこ   この子、どこに行ったの?何しに行ったの。
少女    分からない。さあ、今日は、おしまい。
ゆうこ   え?
少女    数学の授業はおしまい。ほら。

   鐘の音が遠く聞こえる。

少女    おはようの時間だよ、ゆうこちゃん。

   少女、去る。
   ゆうこ、取り残される。

*8* せんせいのうた―南風

学生1   あ、あの子、寝てる。
学生2   ほんとだ。あ、私プリント忘れちゃった!
学生3   あたしが貸してあげる。
サキ    あ、先生。彼女具合が悪いみたいで、起きないんですけど…
先生    あら、大丈夫かしら。ありがとう、さ、あなたもはやく着席して。
サキ    はい。(去る)
先生    野田さん、野田さん!

   ゆうこ、飛び起きて。

ゆうこ   先生。
先生    大丈夫?具合が悪いの?
ゆうこ   いえ、大丈夫です。ちょっと寝不足で。あっ!プリント。
先生    大丈夫。余りがあるから、私から2人には渡しておきます。
ゆうこ   すみません。
先生    さあ、授業が始まりますよ。しゃんとして。
ゆうこ   はい。

先生    さあ、みなさん。先週配ったプリント、まずは通読してみましょう。第1連から、では、野田さん。
ゆうこ   はい。「おてんと様のお使いが/揃って空をたちました。/みちで出逢ったみなみ風、/何しに、どこえ。/とききました。/一人は答えていいました。/「この「明るさ」を地に撒くの、/みんながお仕事できるよう。」/一人はさもさも嬉しそう/「私はお花を咲かせるの、/世界をたのしくするために。」
先生    はい、よろしい。前回はここまでざっと読みましたね。おてんと様のお使いとはなんでしょう?
ゆうこ   おてんと様のお使い、は、ひとのいのち。人の命はそれぞれこの世でなすべきことを持って生まれてくる。
先生    そうですね。では、今からしばらく、黙読の時間をとりましょう。みなさん、好きな部分を1つ選んで、それを暗唱してみましょう。では、はじめ。

   ゆうこ、しばらく黙り。

ゆうこ   あの、先生。
先生    はい。(ゆうこのところに行き)なんですか?
ゆうこ   それぞれ成すべきことを持って、それがそれぞれ輝く、というのは、誰もがそうなんでしょうか?
先生    誰もが、というのは?
ゆうこ   何らかの理由で、輝けないひとも居るんじゃないでしょうか。石ころみたいに。
先生    そうねえ。でも、そうかしら?
ゆうこ   先生は、どう思いますか?
先生    そうねえ、いろんな解釈があります。人によっても違うし、同じ人でも、読むときどきによって違うこともあるでしょう。
ゆうこ   読むときどきによって違う。
先生    そう。さあみなさん、黙読を終えてください。次の時間からは、それぞれ暗唱した部分を音読してもらいます。

   鐘の音。

*9* 『ものがたり(4)』 さよなら

   先生、去る
   少女やってくる。

少女    で、ゆうこちゃん、どこを暗唱したの?
ゆうこ   いちばん最初。「おてんと様のお使い」から「ききました」まで。
少女    そこが好きなんだ。
ゆうこ   そういうわけでもないんだけど。読みやすかったから。
少女    そっか。あ、あたし読んだよ。回想のとこ。やっぱり、呪いのかかった男の子を助けるために、城を出たんだ。いいなあ。大事なものを奪われまいと、戦う少女!
ゆうこ   そうかな。普通じゃない。すっごく。
少女    普通っぽくても、なかなかできないことだよ。だからものがたりになるんじゃない。だってさ、たとえば、ゆうこちゃん、自分がこれから一生ものがたりが書けない運命になる、って言われたら、戦える?
ゆうこ   …そうねえ。どうかな。それより、あなたの物語、読みましょうよ。ええと。

2人    1988年、10月1日・15時50分。

ゆうこ   ある日ある時あるところ。まっくらな空の下で、石ころはひとりぼっち。そこへ、ふたつの光の粒が、またたきながら言いました。
スズ    いつまで、そこにいるの?
マチ    いつまでも、いっしょにいよう。
少女    ころん、ころん、ころん。
スズ    こっちへおいで
マチ    こっちへおいで
少女    ころん、ころん。
ゆうこ   石ころは小さいからだを動かして、右へ行こうか、左へ行こうか。
少女    ねえ、みんなは、どこへ?今から何しにどこいくの?
スズ    私はあちらへ、夢をかなえに
マチ    私はそちらへ、夢をかなえに
スズ    こっちへおいで
マチ    こっちへおいで
少女    私はどこへ?どこいくの?

   2人去る
   スズ、やってくる。

スズ    イク。
少女    ああ、スズちゃん。
スズ    最後の文化祭だけど、お客さんは?
少女    上々!部誌もほら、5冊も売れたよ!
スズ    おう、よかったじゃん。…の割りに今お客さんいないね。
少女    うん。今ちょうどステージでバンド発表やってるから、みんなそっちに行ったみたい。
スズ    そっか。楽しかったね。この2年さ。
少女    そうだね。
スズ    メンバーはさ、減っちゃったけど、ここまでできてよかったね。
少女    うん。ぎりぎりで部にもなれたしね。
スズ    後輩がいないから、また0人部活になっちゃうけどね。
少女    うん。
スズ    イクはさ、この後も続けるの?部活。
少女    うーん、わかんないや。ものがたりは書くよ。それに、スズちゃんと、マチもいるし。
スズ    そっか。
少女    スズちゃんは、勉強、忙しくなるんだよね。
スズ    知ってたの?
少女    志望校ばっちり決まってる、って言ってたから。きっと、スズちゃんはすごくやりたいこと、あるんだろうなって。
スズ    イク。
少女    メイちゃんも、がんばってるみたいだし。サキちゃんは…悲しかったけど、きっと、何かがんばってるんだよね。あたしなんかさ、まだ進路も決まってなくて、また、先生に怒られちゃって。今日も実は、マチと一緒に呼び出されてるんだ。
スズ    あんた、まだ出してなかったの?進路希望用紙。
少女    出したよ。だけどただ名前知ってるとこ書いたら、なんかすっごくばらばらだったみたいで。マチもそうみたい。
スズ    ばらばらって、たとえば?
少女    なんか、コンピュータいじるとこと、音楽やるとこと…みたいな感じだったって。
スズ    あんた、ばかねえ。
少女    えへへ。スズちゃんは、志望校どこなの?科目は?
スズ    英語と国語と生物、小論文。英語苦手だから、勉強するんだ。だからさ、

   マチ、やってくる

マチ    あ、イクちゃん、スズちゃん。やっぱりここにいた。
少女    マチ。
スズ    よかった。マチ、あたしね、部活、この文化祭で、やめようと思ってるんだ。
マチ    スズちゃん。勉強するの?
スズ    うん。そう。勉強するの。あと…家の手伝いが忙しくなりそうなんだ。
少女    家の手伝い?
スズ    あたしん家ね、おばあちゃんが、ちょっと、良くなくて。いつも誰かが一緒にいなきゃいけないんだ。それでね、あたしさ、看護婦になりたいんだ。
少女    看護婦さんに。
スズ    だからごめん。部活は、文化祭までで、やめにする。
マチ    そっか。スズちゃん。がんばってね。
スズ    うん。ありがとう。あんたたちも、そろそろちゃんと進路決めなさいよ。
少女    うん。…あたしも、看護婦さん目指そうかなあ。
スズ    馬鹿。
少女    …ごめん。
スズ    ほんと、大変なんだよ。でも、やってみたいの。私に出来ることなら何でも。
マチ    スズちゃん。
スズ    イクもさ、そういう何か、見つかるといいね。マチも。あ、もう4時か。ごめん、ちょっと友達の発表、見に行ってくるね。
少女    え、行っちゃうの?
スズ    うん。その子も、看護学校志望でさ、文化祭でバンドやめるんだ。だから。またね!

   スズ、去る

少女    ころん、ころん、ころん。
ゆうこ   ころん、ころん。
マチ    イクちゃん?
少女    ころん。
ゆうこ   どきん。石ころは、心の声を聞きました。
少女    ここは私の居場所じゃない。どこへ。ここから、どこへ?
マチ    イクちゃん、先生呼んでるから、行こう。
ゆうこ   どこへ行こう。何しに行こう。道は真っ暗。わたしはひとり。
少女    彼女もひとり?
マチ    イークちゃん!
少女    あ、うん。そうだね。行こう。
2人    ころん、ころん。小さなひとつの石ころは、どこへ行こうか揺れ惑う。
少女    ころん、ころんと揺れ惑う。
ゆうこ   2人だけになっちゃったんだ。
少女    そう。2人だけの部活。
ゆうこ   なんか、さみしいね。
少女    うん。さあ、今日はここまで、あとのおはなしは、ひとつ。
ゆうこ   ひとつ?
少女    そうだよ。おやすみ。ゆうこちゃん。
ゆうこ   おやすみ。

   少女、ゆうこ去る。


*10* 学校


学生1   あ、また忘れた!
学生2   進路希望用紙?
学生3   期限過ぎてるよ。
スズ    あたしもらって来てあげる。先生!

   スズ、やってきて

先生    はい?
スズ    進路希望用紙、いただけますか?友達がなくしちゃって
先生    今は持ち合わせがないから、あとで職員室にいらっしゃい。
スズ    はーい。

   ゆうこ、やってきて

ゆうこ   おはようございます。
先生    おはようございます。野田さん、希望学部、どうかしら?
ゆうこ   すみません。まだ。
先生    そう。何か、好きな科目はない?数学、化学、物理…
ゆうこ   好き、って、あんまりないんです。みんな好きなことがあって、希望学部とか決まってて、すごいなって。
先生    国語は好き?
ゆうこ   はい。好きです。
先生    そうなの。理系なのにね。
ゆうこ   あの、
先生    はい?
ゆうこ   先生は、どうして国語の先生になったんですか?
先生    どうしたの急に。
ゆうこ   すみません。
先生    いいのよ。そうねえ、あの詩が好きだから。
ゆうこ   詩?
先生    そう。私の一番大好きな詩なの。あ、ごめんなさい。職員会議があるのよ。また後で。

*11* 『ものがたり(5)』 無知

   鐘の音
   ゆうこ、ノートを開く

少女    あ、ゆうこちゃん!いけないんだ。数学の時間に。
ゆうこ   今日はテスト対策で自習なの。
少女    なら自習しなきゃ。
ゆうこ   教科書も問題集も2日前に終わらせました。
少女    …すごいなぁ。
ゆうこ   それに、さいごの一話だっていうから、気になっちゃって。
少女    あたしも、気になってるとこなんだけどな。
ゆうこ   何が?
少女    ゆうこちゃんの書いたものがたり。回想シーンが終わってさ、旅に出て、呪いをかけた魔女がいる城に攻め込もう、ってとこで、続きが真っ白なんだもん!
ゆうこ   まだ書き途中なの!
少女    ね、どうなるの?攻め込むの?敵は強いの?あの子、勝てるのかな?
ゆうこ   そうだね。どうしようかな。でもまずは、あなたの物語を最後まで読ませてよ。じゃないと返してくれないんでしょ。私のノート。

2人    1988年、10月1日・16時30分。

ゆうこ   ある日ある時あるところ、ひかりのつぶと石ころは、そろって道を歩いてた。
少女    このままいっしょに行けるかな
マチ    この子はどこに行くのかな。私はあちらに。
少女    わたしはどこに?
マチ    私はあちらに。
少女    わたしはどこに?ころん。
ゆうこ   ころん、ころん。
マチ    ころん。

少女    ねえマチ、何聞かれるのかな。
マチ    さあ。
少女    でもびっくりしちゃった。私はいい加減に書いたけどさ、マチまで呼び出されるなんて。
マチ    私も、いい加減に書いたから。
少女    そっかぁ。ねえ、私、何に向いてるのかな。むしろ何ならできるのかな。お話を読んだり書いたりするのは好きだけど、「ぶんがく」とかはよく分からないし、英語はできないし。フランス語とか、ドイツ語とかやる人って、もともと得意なのかな。それとも大学からやるのかな。
マチ    どうなんだろうね。
少女    マチはもう決まってるの?幼稚園の先生とかかな。私はマチは心理学、とかもかっこいいと思うな。
マチ    イクちゃん、しーっ。
少女    あ、ごめん!。失礼します。
マチ    失礼します。

ゆうこ   ふたりとも、5分の遅刻ですよ。
2人    すみません。
ゆうこ   まあいいでしょう。文化祭の後片付けの時間も必要でしょうから、手短に済ませましょう。はい。
2人    (進路希望用紙を受け取る)
ゆうこ   今回はふざけないで、きちんと書くこと。何もこれで進路が決定、というわけではないけれど、そろそろ、真剣に考えてもいい時期なんだから、きちんと考えるように。書けたら帰っていいですよ。
マチ    わたし。
ゆうこ   なんですか?大沢さん
マチ    わたし、ふざけて書いてなんかいません。
ゆうこ   希望の学部も、理系も文系もレベルもばらばらでしたよ。
マチ    この用紙に、大学と学部の欄しかないからです。
少女    え、マチ、どういうこと?
マチ    私、就職するんです。失礼します。

マチ、去る、

少女    マチ、あの、先生ごめんなさい、ちょっと!

   少女、後を追いかける
   マチ、やってくる。少女、追ってやってくる。

マチ    ごめんね、イクちゃん。
少女    ううん、マチ。あの、お仕事、するんだ。
マチ    うん。
少女    大学には、行かないの?
マチ    うん。ほんとはさ、絵を勉強したかったんだ。美大とか、有名なとことかじゃなくていいの。でも、勉強したかった。
少女    マチなら行けるよ。そんなに、やりたいこと、決まってるなら。私なんかそれも決まらなくって。
マチ    決まらないのは選べるからでしょ。
少女    え?
マチ    イクちゃん。来年から、コース別だね。
少女    う、うん。
マチ    私立文系、行くの?
少女    うん。たぶん…まだよく分からないけど。
マチ    行きなよ。先生、待ってるよ。
少女    マチ。マチもコースは同じだよね?
マチ    去年までは、そのつもりだったよ。
少女    去年までって、私、何も。
マチ    言わなかった。いえなかったし。言わなかったの。だって言えないよ、イクちゃん。お父さんが。
少女    ……。
マチ    ごめん。イクちゃん。あたしは来年から、働く。大学には行かない。みんなみたいに、居られない。
少女    だけどマチ、そんなのって。
マチ    そんなの、って言ったって変わらない。だからあたしは、できることをする。
少女    マチ。
マチ    あれもこれも、って悩みなよ。それができるんだからさ。どれができるとかできないとか、そんなの自分次第でしょ。はやくそれ書いて、先生のとこ行きなよ。
少女    書けないよ。
マチ    はやく書きなよ。
少女    書けないよ。
マチ    書いてよ。
少女    書けないよ。
マチ    イクちゃん。しっかりして。自分にしか、決められないんだよ。私帰るね。さよなら。
少女    マチ。

ゆうこ   ひかりのつぶは道を定めて、ころん、ころんとさようなら。
2人    ころん、ころんとさようなら。
少女    こうして石ころはひとりぼっち。ここで、私のものがたりは、おしまい。
ゆうこ   えっ?
少女    これで、おしまい。私が覚えてるのはここまで。
ゆうこ   そんな、これでおしまいだなんて。
少女    おしまいだよ。本当に伝えたいと思った人が、みんないなくなっちゃった。はじめはさ、あの詩、好きだったんだ。みんながこんなふうに、キラキラ、伸びてゆけたらいいなって。
ゆうこ   うん。
少女    でもみんなばらばら。読んでくれるひとがいなくなったから、ものがたりは、おしまい。みんなそろって、あの場所からいなくなった。わたしはあの詩が、きらいになった。
ゆうこ   本当にこの先はないの?
少女    うん。なんにも覚えてない。きっと、続きを書くのをやめて、どこかにしまいこまれちゃったんだよ。そうして、きっと、ものがたりのことなんか忘れて、適当に進路を決めて、適当に大学を出て。私は「戦えなかった」んだね。きっと。
ゆうこ   わたしもそうするつもり。だから、あの先を書けなかった。攻め込むの?敵は強いの?それとも、あきらめるの?って。
少女    私、ゆうこちゃんにはそうなってほしくなくて。でも、何ができるかもよく分からなくて。それで…

   ひらり。

ゆうこ   あれ。何か。
2人    進路希望用紙。

   先生、学生、やってきて。

3人    何しに、どこえ?

*12* 何しに、どこえ ―むかしのわたし、今のわたし。

先生    さあ、これで全体をざっとさらえましたね。今日はこの詩の登場人物について議論してみましょう。さて、この詩の登場人物は何人でしょう?どうですか。みなさん。
メイ    はい。4人です。
先生    おしい!なぜ4人と考えたのかしら?
マチ    台詞が4つあるので、4人だと思います。
先生    台詞は4つ?本当かしら。
サキ    え、4つじゃない?
メイ    おてんとさまのお使い、は4人でしょ?
スズ    違うよ、これも台詞でしょ。
3人    あー。(うなづく)
先生    どうですか?みなさん。
メイ    はい。登場人物は、
4人    5人です。

少女    うそ。わたし、覚えてない。私が覚えてるのは、真っ白なままの進路希望用紙。
ゆうこ   ここに書いてある。国立、教育学部、国語科専攻。私立、教育学部教育学科。

先生    はい、みなさん、この詩のもうひとりの登場人物は誰でしょう?
5人    (少女を主として)みちで出会った南風
先生    そのとおり。ひかりのつぶが伸びてゆくために、彼らにそっとやさしく、問いかける南風。

ゆうこ   見て。このノート、続きがある。
ゆうこ   1988年、3月。春がやってくる。
少女    春がやってくる。文芸部は私一人になった。書き付けていたものがたりも、ずっと、引き出しに眠ったままだった。みんなは帰ってこない。でも、みんなは、元気だ。
先生    大嫌いになったあの詩を、もういちど読み返してみた。4つのひかりのつぶ。みんな、キラ    キラ。伸びてゆく。わたしはこんなふうにはなれない。ずっと、分からないまま、問い続けている。
2人    何しに、どこえ。
先生    みちで出会った南風。
3人    何しに、どこえ。
少女    と、ききました。

少女    南風、南風。春が来る。暖かい日差し、暖かな風。いのちが芽吹く春が来る。
先生    この詩の登場人物は、4人じゃない。5人。
少女    私はみなみ風になりたい。空をたつ光の粒が、自分の信じた道を進めるように、背中を押す南風になりたい。
先生    私はみなみ風になりたい。道を見つけられない誰かが、道を見つけられるまでやさしく問いかけ続ける南風になりたい。
2人    「せんせい」になろう。
少女    小さな小さな光のつぶが、
先生    健やかに明日に伸び行くように、
少女    春が来るたび、送り出す
2人    そんな「せんせい」になろう。

ゆうこ   あなたは、ものがたりを捨てなかったんだ。ものがたりは、続いてる。ゆめをかなえるものがたり。

先生    1991年、5月1日。サキちゃんが大学生歌手としてデビューしているのを知る。あわてて雑誌を買う。元気そうな写真。高校2年より事務所所属。知らなかった。CDを買ってみた。すてきな曲!
少女    1995年、8月18日。送られてきた進路情報誌にメイちゃんが載っている。最先端で働く女性研究者。研究の中身は私の頭ではよく分からなかったけど、すごい。生徒に見せてあげようと思う。
先生    2001年、10月1日。母が腰を痛めた。高校の名簿。だめもとで電話してみる。スズちゃんは、近くの病院につとめていた。ちょっと大雑把な性格はそのまま、だけど、すごく優しく看病してくれた。
少女    2006年、4月1日。中学部の入学式。見覚えのある顔。マチ。マチはお母さんになっていた。よかった。幸せそう。会話はできなかったけど、会う機会もあるだろう。今度会ったら、はなしかけてみよう。

ゆうこ   あれで終わりだなんて、嘘じゃない。
少女    ごめん。でも、ゆうこちゃんが読んでくれたから、私はあの先を思い出すことができた。
ゆうこ   私のものがたりの登場人物も、私があの話をお蔵入りにしちゃったら
少女    私と同じ。そのときの気持ちのままで、ずっとさまよい続けるよ。

少女    ね、ゆうこちゃん、ゆうこちゃんのものがたりは?これで終わり?

   少女、ゆうこにノートを返す

ゆうこ   終わりになんかしない。
少女    ね、どうなるの?攻め込むの?敵は強いの?あの子、勝てるのかな?
ゆうこ   次々と襲ってくる、魔法、モンスター。けれど主人公は負けない。それどころか、主人公の魔法にかかれば、襲ってくる敵は片っ端から美しい花になってゆく。
少女    花?
ゆうこ   咲いたコスモスコスモス咲いた
コスモスコスモス咲いた咲いた

青いコスモスあつち向いて咲いた
白いコスモスこつち向いて咲いた
 
   先生、やってきて

ひとつの蜂がふたつの花に
ひとつのお日がふたつの花に

先生    野田さん。
ゆうこ   先生。
先生    あさがお。ね。私も好きよ。その詩集。
ゆうこ   はい。私も、好きなんです。詩や物語、とっても。
先生    そう。とても素敵ね。それで、どんなことがしたいかは決まりましたか?
ゆうこ   はい。とりあえず、国立理系の生物に。私、花や植物の勉強をしてみたくて。
先生    そうなの。
ゆうこ   あと、先生。
先生    なあに?
ゆうこ   これ。

   ゆうこ、ノートを渡す。

先生    あなた、これをどこで!
ゆうこ   この学校の図書室にありました。先生、ノートには魂があるんですね。
先生    ええ、そう。私があなたくらいの年だったときの。
少女    ただいま。
先生    おかえり。
少女    がんばってるんだね。わたし。
先生    ええ。
少女    みんなも。
先生    ええ。そして、あの頃の私達のような、生徒たちも。
ゆうこ   先生、私、実は物語を書いてるんです。
先生    知っています。そのノートでしょう。
ゆうこ   どうして。
先生    わかります。
2人    昔の自分にそっくりな人は。
ゆうこ   それで、先生。今度これ、小説の賞に応募したいんです。絶対、完成させますから。読んでいただけますか?
先生    よろこんで。さあ、授業がはじまりますよ。今日はあの詩の、最後の回。

3人    おてんと様のお使いが
揃って空をたちました。

みちで出逢ったみなみ風、
先生・少女 何しに、どこえ。
とききました。

一人は答えていいました。
メイ    「この「明るさ」を地に撒くの、
みんながお仕事できるよう。」

一人はさもさも嬉しそう
サキ    「私はお花を咲かせるの、
世界をたのしくするために。」

一人はやさしく、おとなしく。
スズ    「私は清いたましいの、
のぼる反り橋かけるのよ。」

残つた一人はさみしそう。
マチ    「私は「影」をつくるため、
やっぱり一しょにまいります。」

4人    「「「「何しに」」」」
4人    「「「「どこえ。」」」」

ゆうこ   わたしはどこへ?ゆめにむかって。

   ゆうこ、ノートをだきしめる。

   幕。

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2009年2月 東中野RAFTにて。

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¥ 200

いただいたサポートは、舞台裏方が時には声を上げるサークル「時には声を上げて叫べばいい」の、サークル参加・印刷費・サークル参加時のゴハン等に充てさせていただきます。