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新たなパートナーシップのはじまり #01 瞳の記憶

彼と初めて出逢ったのは、渋谷の小さなセミナールームだった。あれから何度か、そのビルの前を通りかかるたびに、私は思い出していた。あのときのことを。

セミナー終了後、私は彼と対面した。数少ない参加者のうち、男性は彼ひとりだった。私も背は高い方だけど、さらに長身の彼。

「はじめまして。」

顔を見上げて思わずハッとした。私は彼の瞳を覗き込んだ。
この瞳。この瞳に、私は会ったことがある。どこで会ったのだろう。
そばかすの散りばめられた頬、無邪気でくもりのない、少年のような瞳に、吸い込まれてしまいそうな気すらした。

「どこかでお会いしたこと、ありますよね?」

考えるより先に、言葉が出ていた。仕事関係者?別のセミナーとか学会で会ったんだっけ?どこで会ったのか思い出せないけれど、会ったことがある。
私は彼に。彼は私に。

妙な確信があった。懐かしい感覚、温かく包まれるような安心感。

「え?いや?」

しばらく、いや一瞬の沈黙だったかもしれない、彼は答えた。
とまどった表情をして、すぐに目を伏せた。

あれ?私の感覚とは違った反応が返ってきた。あれ、勘違い???
不意に我を取り戻した私は、急に恥ずかしくなった。
やだ、いきなり何言ってんの、私。びっくりするやんなー、もう。
驚きとまどう彼を前に、問いかけた当の私も驚いた。

今日、ついさっきセミナーで会ったばかりの人に、いきなりお会いしたことありますよね?なんて、ないわー。新手のナンパ?みたいやん。しかも、相手がカッコいいだけに、余計恥ずかしいわ。いきなりアプローチかけてるみたいやん。男前やからって。もしかしたら、もしかして、彼は言われ慣れてたりするんか?そんであの反応やったんか?

いろんな思いが交錯し、半ばパニックになりながら。それでも私は、冷静を装い、早々に引き下がった。

「そうですよね・・・。ごめんなさい、突然。」

いやー、びっくりした。自分の唐突さに。なんで突然あんなこと聞いた?後になって冷静に考えてみたけれど、わからんかった。考えるよりも先に、言葉が出ていた。まさに、本能のままに。

思えば私は、昔からイケメンが苦手だった。見るからにモテそうな人、もてはやされている人を敬遠していた。そういう人に近寄るのが怖かった。自分が場違いで、相手にされない気がして。自信もなかったから。

だから、最初に彼を見たとき、私が深く関わる人ではないなと思った。
うわ、オトコマエやなぁ、おまけにめちゃくちゃ背高いやん。それで弁護士?って。絵に書いたような好青年!(いや、中年というべきか、笑)こんんな人いるんやー、なんて、ひとごとのように思っていたのに、彼の瞳を覗き込んだら、イケメン苦手とか自分に対する自信がないとか、吹っ飛んでしまった。

いったい、どういうこと?
その日からしばらく、私は彼の瞳を覗き込んだときの衝撃が忘れられなかった。勘違いで一度はやり過ごそうとしたけれど、そうは思えなかった。初めてじゃないよ、知ってるよ。絶対に、彼を知ってる。誰かがずっとささやいていた。

仕事つながりだっけ?私は気がおさまらず、彼が関わってそうな知り合いに、片っ端から聞いてみた。誰ひとり彼を知る人、彼とつながる人はいなかった。

あぁ、やっぱり私の気のせい?勘違いなのか。やっとあきらめがつき、徐々にこの出会いのことを私は忘れていった。そして日常に戻った。いつもの。日常に。

それから数年後、久しぶりにビルの前を通ると、あのビルはなくなっていた。私たちの思い出。出逢いの場所がなくなってしまった。ちょっぴり寂しさを感じたのだけど、解体されたその場には、今、新たに創られようとしている。

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