Vtuber綾瀬川晴美の復活 第七話最終回【復活と配信】(後編)

 綾瀬川晴美の引退から半年以上が経過しようとしていた。彼女のファンの大半は、別のVtuberたちを推して過ごしていた。興味関心の薄れ、時の過ぎるごとに少しずつファンは離れていく。それを薄情だと思う者もいるが、「去る者は日々に疎し」という言葉がある以上、やむを得ないことだ。

 ましてや綾瀬川晴美は、いまなんじ内での評価が割れる問題児だった。復活を願う者は一様に「復活するとしたら個人でやった方がいい」と思っている。新人Vtuberはまだまだ増え、そのまま時間が経てば「そんなVtuberもいたよね」と語られる程度の存在になっていくことだろう。

 だが、彼女と言う鮮烈な光を覚えている者たちは、以後のVtuberに物足りなさを感じていた。媚びない姿勢、強気な発言、燃えてもヘラる事なく堂々とする胆力。不特定多数の敵がいながらも、数千人のガチファンが存在する。そういうファンは絵や記事などで語り継ぎ、決して忘れず離れずにいた。

「3万円を支払います。いつも晴美の絵を見て励みにしています。また彼女の絵をお願いしたいのと、【〇月△日】を晴美の絵のどこかに描いてください」

 現在、晴美の絵を描く者たちは総勢10人。最初は3人程度だったが、赤さんの羽振り良いコミッションに惹かれて7人も増えていた。もれなく晴美のファンになった者もいるし、金のために描くだけの人もいる。そんな彼らの元に舞い込んだ新しい絵の依頼は、日付を書き込むという条件が共通していた。

 ファンの間ではこの日付を、赤さんの誕生日と推理する者もいた。中には、綾瀬川晴美の復活を示唆しているのではないかと言う声もあったが、それはないと多くの者が笑った。

『久しぶりー! 突然だけど、〇月△日■時に配信するよ。これがほんとのほんとに、綾瀬川晴美、最後の配信だ。半年経ってもまだ私のファンな奴、野次馬もドシドシ来てくれ』

 綾瀬川晴美アカウントのツイートが突然、動き出した。いまなんじ公式アカウントも配信予告をリツイートしているのを見て、アカウント乗っ取りではないことが判明。ファンは騒然とした。赤さんはその日を知っていたのかとファンたちはコネクションの推理を始めている。中には「石油王の赤さんが手引きして復活したのではないか」というほぼ正解の推理もあった。

アリア「何これ……聞いてないんだけど!!?」
晴美「言ってなかったからなあ。サプライズだし」
アリア「何か一報くらいあっても良いんじゃないかしら!!? だって私たち」
晴美「あーごめんごめんって、それについても配信で言うから」

 晴美の引退の意思を組んで連絡を取っていなかったアリアも、これには動転して即座に電話をかけた。約半年ぶりの会話にもかかわらず「久しぶり」の言葉さえ交わさない。

晴美「ていうか楽しそうな配信をしているよなアリア。今度お邪魔させてくれよ、私も色んなVtuberと酒飲んで語り明かしたいわ」
アリア「それは別に良いけど復活してからね! 意外だわ。またいまなんじに戻ってきてくれると思ってなかったから」
晴美「あー……それに関してはちょっと違うんだよね。詳しくは配信内で言うけど」

 気になるアリアをよそに、「じゃあ準備で忙しいからこれで」と電話を打ち切る晴美。機材の点検と、久しぶりの配信準備でワクワクしていた。

万人に喜ばれてはいないけど

 晴美の復活に好意的な反応もあれば、否定的な反応もあった。何のために戻って来たのか、金のために戻って来たのかなど散々な謂れようだ。荒らしとも何度かぶつかった経緯を考えれば妥当な所だが、過去の悪意ある切り抜きが動画サイトでランキング上位を果たしたり、そのコメントが荒れたりもした。だがそれに対して一切意に介さない晴美のファンと晴美本人。

 晴美のファンはリプ欄に「おかえり!」「待っていた!!」と、好意的言葉を飛ばす。アンチもリプを飛ばしていたが、全員相手にせず反応もしない。

「やる方だって意見ぶつけたいだけだから、言いたい奴には言わせておけ。私は私のやりたいようにするから」

 そんな晴美のツイートにファンは「ああ、本当に帰って来たんだ」と心から喜んだ。唯一無二とも言うべき揺ぎ無き心は、彼らが待ち望んでいた。彼女の生配信は一週間後に執り行われる。一日千秋の思いに、配信予定ページでファンが待機する。その数は100。

青「多いな」

 モデリングの仕事から解放された青さんは、引き締まった体に巡らせるよう熱いコーヒーを流し込んだ。不摂生な生活を脱し、心身ともに強靭になった彼は、アンチの戯言にイチイチ目くじらを立てない。自信があった。再び彼女は人気になるという信頼、新たに生み出された元絵師の体、そして自身が手掛けたモデルのクオリティの高さ、合わせれば絶対にスマッシュヒットすると確信している。だからどれだけ何を言われても、気にすることはなかった。

青「万人には喜ばれていないけど。俺はもう、喜びしかない。ここに集まる奴も、喜びしかない。そうだろう晴美」

初配信1分前

 待ち望む日が到来し、その時刻まで刻々と時間は過ぎていく。開始5分前になると、同時接続数も3000まで伸びていた。この数は、アリアとの一件で伸びた数と、元々の岩盤支持層が合わさった数字である。彼らはTwitter上でも復活への思いを口々に交わしていたが、いずれも、議論で賑わっていた。

『重大発表と動画公開』という配信予定タイトル。それが何を意味するのか分からないというものだ。引退以上の重大発表は復活だろうと考える者もいたが、ならば動画公開とは何を意味するのか。あらゆる意見が出たが、誰も晴美の出そうとする動画を予測できたものはいなかった。

 やがて1分前に迫り、同接3600。赤さんはPC前で、上等な白ワインを片手に、つまみをもって晩酌をしている。結局のところ、彼の家にある防音室を晴美が使ったのは、動画撮影の時だけだった。晴美さえよければ、いつ使っても良いとは話していたものの、そこまで世話になるつもりはないと笑って断られていた。

赤「そう。君はいつだってそうだよな、晴美」

 想像しないアプローチで突いてくる、そんな彼女に惹かれた赤さんは、いつも通り配信開始時に届くよう、5万円の赤スパチャを飛ばした。それが、除幕式であった。

配信開始

 半年前のいつも通り、暖簾の待機画面が現れて、いつものBGMが流れてくる。帰って来た安堵をファンたちがコメント欄でも呟く。

「おーっす。皆ー、元気だったかー?」

 何とも呑気な声から始まって、ファンは盛り上がった。「その声を待っていた!!」とコメントが過ぎていく。心無いアンチの声もあったが、晴美一人の舞台のため、50人のモデレーターは動かずに笑って眺めている。映し出された晴美の姿は、いまなんじで活動していた時と同じ、「残念」な姿のままだ。これには赤さんもニヤリとした。

「昔の偉い人は言った。元気があれば何でもできる! アンチコメントも出来るし労いコメントも出来るってこった。まあ出戻りだから批判あって当然なんだが、落ち着いてくれ。今日はな、重大発表をしに来たんだ」

 配信を見るファンたちも赤さんも【重大発表】で驚きはしない。Vtuberによる重大発表の最上位恐怖は引退宣言であり、それはもうやったからだ。再びここで引退宣言しても『そうか。で、次はまた半年後かい?』と返されて終わるだろう。

「私さ。ガチで、引退宣言して引退したじゃん。運営の意向でTwitterもYouTubeも、チャンネルそのままに残してくれてさ。まあ、引退後も私の配信見る人多くて、広告料の収益もあるから当然なんだけどね。ほら、YouTubeってチャンネル開設にお金かからないしさ。元手ゼロで収入あるとか新時代だよな。私がやって来た仕事ってずっと汗水たらして、体動かしてなんぼだったし」

 こういう運営の『実は黒いんだぜ』という話題も忖度抜きで、しかも明るく話題にあげることが出来る。爽快感ある語りは、全員をファンにすることは出来ないが、強固なファンを生み出すことが出来る。その強固なファンたちが、今日の晴美へと繋がっているのだ。

「で、よ。そんな私にDM飛ばして、復活まで付き合ってくれるって奇特で有難い恩人が現れてな。それに私は乗ってみた。けど、綾瀬川晴美として活動するのはやっぱり無理なんだ。私がやってみたいことと、いまなんじの方針考えると、どうしても反りが合わない。コメントの『物申すVtuberやるの?』ってあるけど違うからな。言いたいことを言うのは今も昔も変わんねえし、物申すほどの不満も人生にねえし」

 咳払いをして晴美は動画などの準備を始める。

「だからな。『私は復活するけど晴美はここで引退する』。そんな思いを込めた動画を……、あー……アリア! コメント欄にいるんだろ? 何か言ってくれねえか?10万人記念動画で10万人の新規ファンを生んだ伝説の、女性Vtuberの連合集団アリア一派の頭目、いるんだろ。お前のために、その動画の答えのために、今日まで色々頑張ってみたんだわ」

 ファンはコメント欄を注視した。やがて

『アリア一派ってなんだよ』

 というコメントが、アリアのアカウントで流れた。アリア降臨によるTwitterへの拡散力は凄まじく、同接が伸びていき、瞬く間に1万人を突破した。まだまだ上がっている。

「女性Vtuber期待の新星じゃねえか。お姉さまって呼ばれて悪い気はしないだろ、今度私もそこいくから、この動画の後なんか感想くれよ」

彼女らしさ

「ところで皆。お前ら、私って何だと思うよ。こういうズバズバ物言う奴だけど、どういう風に思ってたか。私にはわからん。【私の思う私】と、【お前らの思う私】。私らしさって何だって、考えたことはねえか? たまにそういう哲学的なことが頭を過るんだ。Vtuberって、私みたいに気楽にやる奴もいれば、皆が描く私に固執する奴もいる。結果的に踏みとどまれた奴もいるけど、大抵は疲れ果てて引退したり、精神病んだりすんのが殆どだと思うんだわ」

 そういう悩みを打ち明けて酒をブチかけられたことを思い出し、晴美は笑った。死ぬとかそういうのはもうどうでもいいが、いつまでも考える癖だけは治らなかった。

「『らしくない行動するな』『らしからぬ言動をするな』。とか、そういうのマジ疲れるから強要すんのやめとけ。ひょっとしたら本性はトンデモネエ化物だったり、お人よしだったりするんだ。皆、誰も、人の心の奥底までは知りえないし、知ったら刃傷沙汰になるだろうから。正体なんて、姿までしかわからねえもんだ。それでいいんだよ。私はいつも、そんなもんどうでもいいって思いながら過ごしていた」

 コメント欄の伸びが弱まり、皆が聴き入っていた。

「そんな思いと重大発表。更にはアリアの動画へのアンサー。どれも出来るすげえ1曲を見つけたんだ。それを、自分で歌ったし、ソフトでアレンジ音源を作った。映像も頑張ってみた。めっちゃくちゃ大変だったけどさ、まあ聴くだけ聴いていってくれよ」

 30秒。29秒。と、カウントダウンの画面が現れ、晴美は消えて、そして、動画だけが画面に映る。カウントダウンが終了すると同時に、始まった。

※上記のヒントで示した楽曲を再生しながら見ることをお勧めします。

3次元動画

イントロが始まる。真っ白な背景と、ただ横に揺れるだけの晴美モデル。ただただ時間が経つ中で、1枚の写真が降ってくる。そこには色々な景色が映っていて、つぎはぎだらけの写真だった。

力強い晴美の歌声でAメロ突入と同時に、その写真をポイ捨てる仕草をする晴美。窓がクローズアップされ、空は日が昇り快晴。LIVE2D晴美の姿は一切映らず、絵で描いた室内かで晴美が歯磨きなどの身支度を整えている。全て手描き絵で、お世辞にもうまいとは言えないが、『harumi』と右下に描かれていて手作り感が強い。

コマ送りの紙芝居で晴美が外へとバイクで飛び出し、早朝の道路を駆け抜けて海岸へ。砂浜をザクザク踏む描写も丁寧で、波の音まで入っている。これが何を意味するのかファンたちはよくわかっていない。知っているのは赤さんだけで、青さんは肝心な部分を知らないでいた。曰く「サプライズさ」と赤さんに言われて腹が立っていたが。

Bメロ時に画面に波打ち際で「ここまでの制作時間、【画力込み:60時間】」と書かれ、「LIVE2Dだけだと色々面倒な部分もある」と続き、「でも3Dでさえそこまで自由じゃないからなあ…」と愚痴が始まって、コメント欄では草が生えた。歌は似せた巧さではなく、晴美らしい巧さでファンを魅了している。

水面に顔を映す晴美。いよいよ3D御披露目かとワクワクした青さんだが、しばらくして水面に映し出されたのは、誰か知らない現実の女性の顔だった。だがこの顔を視聴者はよく知っていて、まさしく晴美で、赤さんとアリアだけしか知らなかった晴美の中の人で。ファンは騒然とし、『誰?!』『リアル晴美!!?』とコメント欄は爆速になった。

サビが始まり、バイクに再び乗り込んだ晴美は旅を始めた。日は高く、映し出される景色は絵ではなく、実際の映像だ。風景を撮った写真が貼りに貼られて臨場感を上げるが、視聴者はそれどころではない。いきなり現実の風景に現実の晴美が現れて、アリアでさえも驚愕したし、青さんに至ってはゲーミングチェアからひっくり返った。

赤信号で停車し、並走している2D次元のモブVtuberたちが戸惑ったりしていたが、その視線に手を振って余裕綽々のまま、晴美は青信号と同時に駆け抜けた。VtuberをやめてYouTuberになるのかと一同が思うが、青さんは慌てて座りなおし『じゃあ何で3D依頼したんだよ!!?』とキレ散らかした。

赤さんは満面の笑みで、アリアはTwitterで「何考えているんだろうアイツはああああああ」と叫んで、唐突な実写化にVtuber界隈に激震が走った。

2番のAメロで相変わらず正午すぎの空の下、バイクを走らせる実写晴美。画面に文字が写り「VtuberからYouTuberへ…そう思ってるだろお前ら?」と、見透かすような煽り文を展開。「半分正解で半分不正解だ」土産物店に立ち寄り、甘い菓子や酒を買って、酒には『アリア・ヴェール宛』と書いて配送した。

焼き芋をほお張りながら休憩する中で、少しずつ日が暮れていく。目指す場所がどこなのか、視聴者には分からない。だが晴美はそんなのお構いなしでバイクを走らせるのだ。彼女はどこに行くかわからないし、何がしたいのかもわかっていない。それでもファンは見るのだ。綾瀬川晴美の、その魂の往く先を。彼らの中の大事な存在は、誰にわからずとも構わないからだ。

Bメロに入り、完全な夕方。燃料の切れたバイクを乗り捨てて、晴美は前に進んだ。果たしてどこに行くのか、先の道を照らすものは何もない。「ずっと自分の夢がなかった私に、夢の存在すらないだろうと思っていた私に、夢を与える切欠をくれた人たちへ」手紙のような描き方で、暗闇に明るい文字が光る。それをたよりに歩みを再開する晴美。

「私は本当に感謝している」文字が導き手となり、星空しかない暗闇があっても晴美を怯ませない。進み進み、その先に、誰かの背中を見た。赤い髪、黒い服、逆さに燃え下がっている炎を外套のように羽織り、手にはギターを、靴は脛まである白。振り返った女性の顔は、美麗な3Dで、晴美を見てにこやかに笑い、手を伸ばした。

間奏で晴美は戸惑いながらも、その手を取った。晴美の体が少しずつ消えて、燃え上がる女性と一体化し、体が自在に動くのを確認した女性……晴美は笑って駆け出す。

サビで、幾万の花火をバックに、どこかのステージで晴美はギターをかき鳴らして歌いあげる。それは晴美の歌と口が同調していて、紛れもない、新ボディだった。青さんは、自分の手掛けたモデルが動き回る様を見て感動し嗚咽。赤さんは「スパチャがあと5万円出来たらよかった」と笑い、満面の笑みを浮かべていた。

新モデルの完成度の高さにファンは舌を巻き、晴美とのシンクロ率も高く、これは引退配信ならぬ、復活配信ではないかと大騒ぎになった。ここで転生問題をとやかく言う者はいなかった。ただただ、怒涛の演出と晴美の強い歌声に圧倒されて、アリアの時とはまた違った感動を皆が覚えていた。

「全部で行く。こっからの私は、全部で行くから。皆覚悟しておけ」と、力強い一文が現れて、歌いあげたその余韻のまま、撃ちあがる花火、爆発する花火、地面が真っ赤に燃え上がり、その中で踊りだす晴美の新たな体。晴美とは似ても似つかぬ美人の顔で、しかし晴美と同じ絵師であると感じさせる完成度のモデル。

そして誰もが理解した。今日を以て綾瀬川晴美は引退し、綾瀬川晴美の魂、及びその新3D体で個人での活動を始めるのだと。いまなんじは現状、生身を晒しての活動をしていない以上、残留は不可能であり、元々の姿と大きく違う者になるとなれば、転生復活という形になるのだ。

これを何も知らない外野は「綾瀬川晴美の死」と揶揄し、彼女の行動を企業での売名行為だと嘲笑うだろう。だがファンにとっては間違いなく、「綾瀬川晴美の復活」に他ならないのだ。

動画が終わって

「どーよ? この体。この動画」

 自信満々の晴美が視聴者に尋ね、おおむね好意的な反応が寄せられる。何故3D体のみならず現実の姿も映したのかと問うファンも多く、低評価も高評価もあがっていった。

「私ね。休んでいる間にいろんな場所行ったり、旅もしたんだよ。こういう旅情動画録れたら面白いけど、3Dだと限界でね。歌ったり踊ったりするのはこの体の方がカッコいいし可愛いし老けないから、今後はそういう動画の時に3Dを。そうじゃない時はリアルで。そう思ったんだわ。まあ、いずれ3D技術も上がりまくっていくんだし、旅行動画もそれで行けるかもね」

 してやったりな赤さんは、3杯目のワインを流し込んだ。

「Vtuberってさ。それ独自の文化って見方もあるけど。表現の手段の一つなんだと私は思うんだ。文章書くときに、紙と鉛筆を用意するか、パソコン用意するかの違いなんだ。やり方は違うけど、やりたいことをするための方法なんだよ。私は素顔を晒していいし、歌ってみるのも良い。だからこういうどっちも良いとこどりをした。まあ、Vtuberにしか興味ないって奴は離れるかもしれんけど。私は別にそれでも良いと思うよ。それはファンと私の自由だし、私らしく生きるための表現の1つだし。難しく考える必要はないと思うんだわ」

 『お前のそういう考え方がVtuber界隈を壊すんだ』というコメントが1つ、それに乗じてもう1つと増えていく。辛辣なコメントが多いが、晴美は一切慌てず媚びず。

「Vtuber界隈はオワコンだとか、オワコンじゃないとか。たまーに論争あるけどさ。Vtuberになりたいって人の大半は、そんな界隈の使命だとか責務だとか一切考えてねーし、好き勝手にやっているだけだ。お前たちが作ったルールに沿う必要はないと思うぜ。大きな規模になって、村が町から都市になったら、元々の鎖国ルールでいくといずれ破綻すんぞ。私はこういう道をとるって自由を選んだ。それだけで壊れるなら、元々脆い界隈だったんだよ」

 決して触れてはいけないとされる界隈への批判すら、今の彼女には痛くもかゆくもなかった。その後も、喧嘩腰だったり、単に酒飲み雑談だったりと兎に角来場者を飽きさせることなく進める晴美の手腕は本物で、アンチすらつまみにしてしまう度量の広さも、その見た目も相乗効果で同接を増やしていく。

「あとこれだけは言っておかないとな。今このチャンネルだけど、次回からは私の作った別のチャンネルになるからよろしくな。因みに私のこのモデルの名前は」

 いまさんじの上層部も、今回の配信を興味深く眺めていた。最後に一回だけ晴美のチャンネルを使わせて欲しいという交渉はこのためかと感心しながら。

「これからは新たな個人Vtuberとして心機一転……という従来の転生ではなく、視聴者も理解させたうえでの地続き転生……いや、転生と言うよりも変身と言った方が良いでしょうか」

「別名になっても、綾瀬川晴美の過去は捨てない。恐らく、彼女は今後の配信で『いまなんじでは綾瀬川晴美をやっていた』と普通に語りそうですし」

「それは転生事情というデリケートな所ですが。彼女はそういう事を承知の上でやっている。だから、面白い。まだ5年も経っていない分野だから、こういう手探りの出来るライバー……本当は手放したくはなかったけどね」

 人事部長は苦笑したが、社長は本気だった。本来数カ月程度、もしくは1年以上休止になっても、手放すこと惜しいのがライバーだ。1人1人に固定ファンが存在し、その方向性の重ね合いが思わぬ爆発力を生む。だから彼らは引退するギリギリまで粘って交渉したのだ。それでも動かなかった晴美の意思は本物で、個人勢になってようやく開花したと彼らは思っている。

「ところで、コラボとかはするのでしょうか? 特にアリアと」

「するだろうけど、それを止める理由はないね。不利益を被らず、個人Vtuberとしての活動の一環でコラボするのは、珍しくもない。それでアリアが更に元気になるなら願ったり叶ったりさ」

 元運営陣が見ているとは露知らず、晴美の配信は進んでいく。だが、物事には必ず終わりがあり、配信とて例外はない。綾瀬川晴美として最後の復活&転生報告配信は、間もなく終わるのだ。

 赤さんのツイートやDMに、復活したことへの感謝を告げる声が数多く寄せられた。中には復活を快く思わない者もいたが、特に気にしなかった。彼は明日からの仕事と、今後晴美を支えるためのプラン作成に勤しむべく作業を開始する。まだまだ彼は忙しく、しかし充実した日々が待っていた。

 青さんのDMに、個人や企業からモデリングの依頼が殺到した。晴美の概要欄リンクから飛んだ者が10人以上来ている。資金や拘束時間などの指定などを適宜コピペしてよこし、それでも残った幾つかの案件だけでも、数年は暮らしていける金額だ。その中で面白そうなvtuber候補生を見出し、青さんはその体作成に奔走することになる。

 アリアは大分満足しており、DMにはアリア一派からの祝辞が届いていた。「お姉さまの配信、今度のゲストは決まりですね!!」待ってましたといわんばかりの感激っぷりを見て、何だか気をよくしたアリアは、
「【明日まで】次の酒飲み配信出たい人【3人】」とツイートし、コメント欄に殺到した。アリアはそれを見て、「じゃあそれを決めるための配信をやろう」と段取りを決める。それに異を唱える者は誰もいなかった。

 晴美の生みの親(絵師)は、ただただ復活を喜んでいた。メールでいまなんじから連絡が届き「次回デビューするvtuberの依頼」が舞い込む。それ以外にも多くの意見が寄せられた。短期間の内に伸びた画力の、理由を知りたいのだそうだ。総じて「愛ですよ」と返した。

「じゃあ、次回は別のチャンネルでな。またなー」

 綾瀬川晴美の復活は為され、配信も滞りなく終わった。その後彼女の活動は、vtuber内でもユーチューバー内でも少しずつ広がり、旅情女傑と呼ばれるようになっていくのだが。それはまた別の話である。

          綾瀬川晴美の復活    完

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。