Vtuber綾瀬川晴美の復活 第5話『別離と北十字』

浄化

退廃的な一夜が明けた。
頭が鎮まらない痛苦を味わいつつ、アリアは目を覚ます。薄ぼやけた視界には見知らぬ部屋と、自分の隣で半裸で眠る晴美の姿があった。

「……??」アリアはなぜ今こういう状況に陥っているのかを逡巡する。まず自分は、自分の中にある人気者の甘言を受け入れようとしていたこと。

「……」次に、晴美とのオフでの交流で、色々詰まっていたものが堰を切ったように解放されたこと。

「……!!!!」そして、アリアではなく自分をフルスロットルで出し切った配信をしたこと。そのまま眠ったこと。何故か同じベッドに晴美がいること。彼女は今若干のいびきをかきながら、アリアの方を見て眠っていた。

アリアが先ず行ったのは、自分のポケットにあるスマホを取り出して前日からの評判をエゴサすることだった。切り抜きも大量に作られており、コメントも「草」の文字が乱舞している。登録者数は減った後に増えていた。晴美との配信は、高評価が圧倒的に多い。

アリア「……オワタ」

完全に脱力したアリアは、項垂れてベッドに入りなおした。もう修復は効かない。これ以上ない醜態を晒し、どう言い繕っても、完全にやらかしてしまった事実はネットに残る。どうしようどうしようと必死になって考える。

アリア「……何呑気に寝ているのよこの……」
晴美「フガ!? お、おお。起きてたのか。おはよう」

アリアから見て、大きく太い腕と手が動いて欠伸する晴美は、本当に女なのか疑わしくなるほど、男っぽかった。肌着がめくれ上がって見える腹筋も、土方で働きづめだったことの証だと彼女は赤面して理解する。

晴美「いやあ昨日は飲んだなあ。あんなに騒いだの久しぶりだったよ」
アリア「まずはありがとう。酔った私がお世話になりました。……で、代わりに私はこれまでの全てを失いそうなんだけど、そこんところどう責任取ってくれますかね??」

目尻から涙が溢れかけているアリアからの問いに、尻を掻く晴美は悪びれもなく答えた。

晴美「配信業駄目になったら、しばらく私が養うから許してくれよ。まあでも今面白い状況なんだしさ。利用しない手はないって」

晴美はツイッターを開き、自分に対するアリアファン(過激派)のバッシングツイートを発見する。『アリア姫はどこだ!!』『俺たちのアリアを返せ』それらに応えるように、意地悪く笑いながらツイートした。

『アリアなら今私の隣で寝ているよ』

鬼のように通知が届いた。明方までやっていた配信から、最初に発せられた情報がこれでは、ファンの驚愕は計り知れない。歓喜か絶望かはいざ知らず多くのツイートで賑わった。

晴美「世間一般では私の方が悪い扱いになっているし、『悪い人間に洗脳されていました』とかで、悲劇のヒロイン演じて逃げる道もあるぜ。幸いまだそっちはツイートしていないみたいだし、今回はそれで手打ちにしよう」

アリアはカッと顔を更に真っ赤にした。自分ばかりが駄々こねている子供のようなあしらい方をされ、優しい気遣いと対抗心とで身震いしている。
「馬鹿にしないで」言うや否や、アリアは勢いよくツイートした。

『お酒が美味しかった。ユウベハオタノシミデシタ』

ファンが狂乱の渦に叩き込まれたのは言うまでもなく、鳴りやまぬ通知に当事者は爆笑した。

アリア「晴美、アナタは全部自分が用意してあげたんだって優越感に浸りたかったのでしょうけど、お生憎様ね!! 配信やって4年も経つのよ私は、自分の失態くらい自分で何とかするわ!!

トドメのツイートが余程痛快だったのか、アリアは涙を流して爆笑する。晴美も合わせて笑い、先ほどのツイートが本当かどうかの審議すら確定させるべく、ゲリラ配信を行った。今度は担当に通達し、許可をもらった。

その後行った配信は大荒れに荒れたが、結果的に晴美もアリアも、配信前より登録者数を増やす。悪意ある切り抜きやツイートの類にアリアはそこまで反応しなくなった。名残惜しくも自分の家に帰った彼女は、自分の部屋を片付け始める。締め切った分厚い遮光カーテンと窓を開け、涼しい風で淀んだ室内を浄化していく。しばらく捨てていなかったゴミを捨て、乱雑だった場所を整理整頓し、床面積の大半を何もない状態にまで持って行ったら掃除機をかけ、パソコンを綺麗にした。

何もかもを綺麗にし終えて風呂に入ったのは午後の7時。爽快感と充実感が彼女の中にあった。昨日の同時刻、「私は死にかけていた」とアリアは深呼吸する。人気の何かになり切ることで、自分を殺して生きるという矛盾を抱えて活動するところであった。そんなことをすれば、待っているのは破滅と知りながら。

酒と晴美と自分の心の浄化で、どうにか持ち直せたことに彼女は安堵する。

烏の行水や風呂内でのエゴサもせずに浸かり切った風呂は、アリアという自我を完全に取り戻していた。

『担当様へ。先日の配信は色々とすみませんでした。あれが概ね、私の素です。これからはアリアとして、私として活動していきます

決意表明とも言うべきDMを送ったことを、アリアは後悔しなかった。

別離までの半年間

それから時間の流れは早かった。アリアは自分の好きなゲームや歌の配信なども行い、いまなんじメンバーに合わせたゲームは極力やらないようにしていた。コラボの機会にも何度か恵まれ、どこでも猫かぶりと毒舌で地位を築き、晴美がいない時でも生き生きとしている。

私生活でも外出を多くし、不得手ながら自炊もするようになった。出来上がった料理をツイートしたら『かつて食品だった残飯たちへ』『妖精は人の味が分からない』など散々な意見が上がり、悔しい…! と憤る勢いそのままに料理配信をした。が、そんな簡単に上手くなるはずもなく、「晴美助けて!!」と応援を要請。アリアのために土方帰りの晴美は、数多くの料理をふるまった。『つまみだらけで草』『美味そうだけど男みたいな料理』『晴美ママ…』など晴美への好感度がさらに上がる配信になった。

以後も料理を教わるという建前でちょくちょく呼び出したり、そのお礼と言うことで晴美の家の掃除をしに行ったりと、ツイートのネタも増えていく。ファンはその模様に一喜一憂するので忙しかった。

最早、生きているだけでコンテンツになる領域まで2人は並び立っていた。晴美へのバッシングや批判はやはり多いが、本人が全く意に介さないので空振りに終わっている。

やがて新衣装をお披露目する配信でアリアは可愛らしい、雪の妖精な雰囲気の白い衣装でファンを魅了。3D化が期待される10万人突破まであと3万人と歩を進める。

夏になるとお泊り合宿企画という事で、仲の良いライバー同士が各々オフコラボ配信を始めるようになった。アリアにもそういう意見が寄せられたりしたが、やる気は満々であった。とはいえ、普段からオフコラボをしているので今更2人になって何をするのかイマイチわからずにいたアリア。
「じゃあ旅行に行こう」と晴美が提案し、夏季の3泊4日温泉旅行が決定した。当然配信機材も最低限しか持ち運べないが、資金の潤沢な運営がノートPCを貸出し、『リスナーにエンタメを届けてほしい』と期待を寄せた。

晴美とアリアのコンビは定着し、相乗効果で面白くなると評判だった。その2人が温泉旅行とあっては、ファンも様々な妄想が滾っている。とはいえ、旅行先では中々PCを開く機会がなかった。2人は思い思いに一緒に行動し、温泉に入ったりマッサージ機を使ったり、家族風呂を使ったりと風呂三昧な1日目を迎えていた。しかし、このまま配信もしないのはまずいと思い、「ツイッターで呟いとこうか」という晴美の案で決行。

身バレしない程度にぼかしたツイートが下の2つである。

『温泉は気持ちいいぞ! 都会じゃ味わえないこの爽快感!! 風呂上がりの牛乳まであるけど、ビールも捨てがたい!! 因みにアリアの裸見たんだが、でけぇ。私よりもでけぇ』(実際牛乳はコンビニで購入したもの。これは牛乳自販機備え付けの旅館であると錯覚させる罠)

『人間の晴美にくっついて温泉旅行! 今日の料理は日本酒が良いな☆ 晴美の筋肉ガッチガチですごいの、触った感じがもう鋼なの! ゆっくり堪能するね!!』

単なるツイート報告で、リスナーやにわかファンが喀血死していった。本当に2人きりであることを何度もツイートし、本人たちには軽いジャブのつもりでも、ファンにとっては何度もアッパーカットを受けている気分になるのだ。幾度もの昇天を迎えるツイートの末、旅行から帰った報告配信でも昇天する者が続出する。そんな夏だった。

その頃のいまなんじはさらに発展して、自社独自のプラットフォームも作成。収益化やライバーへの投げ銭機能も向上し、誰でも楽しく利用できる場に進化していった。ライブはかつかつながら、得た知名度と物販、オリジナルソングのオリコンチャート入り、テレビ出演の機会も増え、多方面に露出する機会が増えていく。そうなるとアリアを見つける者たちも多くなり、登録者数が10万人を突破した。対する晴美は炎上を度々繰り返し、増えて減ってを繰り返していた。

アリア「3D化……ですか!!?」

いまなんじの担当から吉報があったのは、10万人目前のタイミングだ。自社製の3Dがそこまで上質でなかった時代はとうに終わっており、今や有力なファンやモデラ―の社員も増えて、上位Vtuberに引けを取らないモデルを作ることが出来るようになっていた。

喜びを晴美に伝えると、工事現場にいる彼女はお祝いのメッセージを送り、近くパーティを開くことが決まる。

パーティが終われば、秋も、ハロウィンも、お盆も、お正月も終わり、冬も始まり終わるだろう。春になれば1周年が待っている。これからの季節がアリアには楽しみで仕方がなかった。

だが、秋が来る前に、晴美は引退を宣言したのだった。

いまなんじの事務所で最後の別れを済ませた晴美は、待ち伏せていたアリアに詰め寄られ、先制で平手打ちをされた。怒りと悲しみが溢れる彼女に、目の前の存在は申し訳なさそうに笑って、

「達者でな」

といい残して去っていった。残されたアリアは茫然自失になり、スタッフもどうすればいいかわからないでいた。


執念

引退の兆候は確かにあった。幾度もコラボをした晴美が、引退宣言の1ヵ月前から一切コラボをしなくなったこと。どころか配信も激減していたこと。不仲説などを唱えるファンも多数いたが、アリアからはどう見ても仲が良く炎上も肯定されていたこと。

アリア「……わからないよ晴美」

晴美は引っ越したわけではない。アリアが行こうと思えば、上がり込んで喧嘩することも出来た。だが、袂を分ってしまった今行くことは出来ないと勝手に思い込んでしまっている。

清潔な部屋の中で、3D化のモデルも3日後に完成の目途が立っているというのに、アリアの心は全く晴れなかった。配信も出来ないでいた。どこまでも仲が良く、決して離れることはないと思っていた。わからないことなんてもうないと思っていた。それでも、彼女の心を知り切ることがアリアにはできなかった。

アリアは晴美に、DMを送ろうか迷っていた。

しかし、送れなかった。今送れば確実に喧嘩になることは分かっていたからだ。衝動的に平手打ちしてしまったことを未だ後悔しているアリアは、膝を抱えて静かに泣いた。

彼女は配信者だ。半年前の彼女ならば、幻聴に導かれて心を壊していただろう。今は違う。生活のため、自分のため、ファンのため、奮い立って頑張らねばいけない。

だが、晴美への気持ちを引きずったままやれば、配信中に事故を起こすのは明白だ。悪条件がある中、どうすればいいかを前向きに考える。

その結果に出した答え。
アリアは担当に連絡し、3Dお披露目記念配信を、記念動画にしたいと提言。「それで私の中で区切りをつけます」と、強い言葉で説き伏せた。

動画制作という、配信の傍らで彼女が度々やっていた投稿活動。それに自分の全ての気持ちを吐き出し、0から再びやっていくことを決意したのだ。

アリアは、やるとなれば徹底的にやる。気合の籠った動画は徐々に仕上がっていき、2か月という期間もあっという間に過ぎ去っていった。

ネタバレなどを隠すため、配信をせずにツイートのみでの投稿。
「よもや引退するのではないか」という憶測も拡散し、『年内にアリアも引退』という出来の悪いリークもあがる始末だ。2Dと違って莫大な金のかかる3D化を果たすのに引退するものかと毒づき、気にせず動画作りに没頭する。

実のところ、アリアは1カ月も経たぬ内に動画を完成させていた。しかし、これでは表現しきれていないと編集に編集を重ねに重ね、最終的に5分程度の動画に尋常ではない時間を割いた。音響設備の整ったスタジオに何度も入り浸り、たった1曲を何度も歌っていた。少しでも満足できる仕上がりのものを出したかったからだ。

北十字

『おまたせ。長くかかった3D記念動画を上げるから、今夜22時に時間を空けて待っていてね』

2ヵ月後。そのツイートに用意したプレミアム動画リンク。そこにはアリアを求めたファンが大挙詰め寄った。お披露目動画にスパチャ機能が付いていないことにファンは驚いたが、アリアは理由を説明しなかった。

『歌ってみた動画か!』『結構前のアニメの、OPだっけ、ED?』『EDだね』『あのアニメ未だに人気あるよな』『青春とロボットって感じがして凄い好きだよ。戦艦が変形したりして興奮した記憶がある』『動画タイトルも【北十字】って、この歌の直訳入ってるじゃん』『失恋の曲だっけ』『アリアの歌唱力でこの曲は楽しみすぎる』『ノ〇ザンク〇ス良い歌だから楽しみ』

22時。プレミアム動画が始まると、2分間の猶予がある。アリアは配信の準備を進めつつ、その時を待った。
どれくらいの反響があるかは勿論気になっている。それ以上にアリアは、この動画を作り終え、皆に見てもらえるこの瞬間を堪能していた。

※以下、上記で示したヒントに該当する曲を実際に再生し、指示に従って読み進めることを推奨します※


≪イントロ≫

『きっと私をアイツは笑うだろう。私がこんなに想いをぶつけても。
それは悔しいし、馬鹿にするなって私は思うだろう。
だから私は、この想いを、歌と動画にして世に放つ。
それが多くの人へ、多くの心に届き至れば私の勝ち。
そうでしょう、晴美』

   湖上に張った氷膜(ひょうまく)が月明りで輝く。
   湖上に佇む少女の青い髪が、吹きすさぶ寒風になびく。
   纏う白い衣が神秘的に輝いていた。
   雪の妖精か湖の妖精か。アリアはマイクを握って目を瞑っている。

   今。アリア・ヴェールの3Dお披露目、そして、
   晴美へのお別れの歌が幕を開けた。

≪Aメロ≫
   3D体のアリアは愛らしい顔に憂いを浮かべ、
   リスナーに語り掛けるように歌いあげている。
   沸き立つコメントの速度は鈍い。歌唱力の高さに聴き入っている。

   アリア・ヴェール、その魂は、ただの人間だ。

   彼女の道は孤独な配信者。紆余曲折の喜怒哀楽は、
   月日の流れすら加速していった。
   大事な事すら見えない位前のめりの活動の果てに、
   全てを失いかけた。

≪Bメロ≫
   足掻いた先、躓きそうになった時、現れた大切な人への歌。
   もう会えないかもしれない悲愴がアリアを貫いていた。
   でも世界のどこかで、笑って生きているのを知っているから、
   アリアはこの苦しみを吐き出さねばならなかった。

   夜空を大きく撫でたアリアは、
   天にいくつもの動画サムネイルが浮かぶのを見ている。
   晴美と行った、数々のコラボ配信のサムネイルだった。

≪サビ≫
   高く伸ばした白い手が、繋いでくれと、
   「この手を握って帰って来い!!」と叫んでいた。

   愛していると言った、恥ずかしくも真心のこもった想い。
   慈愛と悲しみの表情が雄弁に語りかけてくる。

『こんな最後はあんまりだ。
 こんな想いで別れたくない。
 私はもっともっと、アナタと一緒にいたい!』

   歌声と3D体の表情に込めた慟哭は、リスナーの心を打つ。
   祝福で埋めようと、荒らしコメントをしようと、
   そういう情念たちを全て吹き飛ばすアリア迫真の歌。

   彼女の悲痛な叫びが、綺麗な歌声に乗って二重の壁を突破する。
   熱心なファンは、彼女の意図を汲み取って、
   溢れ出る涙を拭きもせず聞き入り、見守っていた。

≪間奏≫
『でも、何となくは分かっていたよ。だってアナタ、どこへでも行ってしまいそうだし、それが出来る人だから。配信業ってだけの世界にいつまでも留まっていられるか、少しだけ不安に思っていたこともあったから。今も何処かでバカやっているんだろうか? 次の場所では、最初から去るってことを伝えておきなさいよね。でないと私みたいにまた、悲しむ人がいるから』

≪Aメロ≫
   瞳を閉じたアリアのアップから一気に空へとパンし、
   映る景色の全てが闇色に溶けた。

   リスナーはツイッターに呟きを投稿して彼女の動画を、
   一刻も早く見るよう促す。
   アーカイブではない今を体感してほしいと、
   必死の形相で伝えていく。

『見てよ晴美。アナタへの曲を』

≪Bメロ≫
   闇に取り残されたアリアは、目の前に現れた雪だるまに、
   晴美のような姿の雪だるまを一瞥し、

   ギュッと拳を握り込んで、

   怒りのままにストレートを決めて破壊した。
   雪だるまは粉雪になり、風に乗って空を、1粒1粒が星になって照らす

≪サビ≫
   星々が、リスナーからの応援ツイートや励ましのリプになっていき、
   白夜とも言うべき光満ちた夜を演出していく。

   「すべて見ているよ」と、指して弧を描く。
   ようやく笑顔になったアリアに、多くの者が恋をした。
   あれは私のリプだ! と感激する者もいた。

   湖上の雪が解け、水面にアリアは立ち、高らかに歌い上げている。
   この曲は彼女が納得するまで、何度も練習を重ねた一曲だ。
   カラオケで彼女の後に入ったものが、
   履歴を調べれば蒼白になるほどの量。

   執念とも言うべき彼女の歌は、
   彼女の中にある幻聴を完全に消し去った。

   命を燃やすかのような熱量の歌を前に、
   コメントを打てる者はいなかった。
   画面と、ガワの二重の壁を介さずとも、
   彼女の必死さがダイレクトに伝わり、多くの涙腺を破壊する。

≪間奏≫
   トレンド入りを。急上昇入りを。
   ファンや、そうでない者にまでアリアは波及していく。

   動画とは、レスポンスがない。だから配信者とは基本合わない。
   しかし、動画はその者の全てが込められた、要素塊だ。
   どんな人物か、どんな技術を持つのか、アリアは、
   その全てが評価され、急激に登録者数を伸ばしていく。

   いまなんじのメンバーも数十人、この動画を同時に見ていた。
   感銘を受ける者しかいなかった。

   この全てをアリアは自分で用意したと、後の記念放送で明かし、
   リスナーたちを絶句させたのは、また別の話である。
   

≪Bメロ≫
   全てのリプをなぞり終えて、空を覆っていたリプが晴れた。
   残されたのは晴美との思い出のサムネイル群。
   アリアは、湖面に映る自分を眺めて姿を見た。

   強い表情の自分がそこにいた。
   「だからもう大丈夫」と勇気の確信を与えてくれる。
   アリアは、水面からサムネイルの空を見上げ、
   それを払いのけるように、左から右へ腕を払った。
   「また会う日まで」と口パクで言いながら。

≪サビ≫
   完全に何もなくなった空は、星々が消えて、日の光に溢れていた。

   カメラワークは空から、勢いよく下って水滴跳ねる水面へ、
   着水の泡が映り込む水中から、水上のゆらめくアリアへ、
   接近し、水から脱出したカメラがアリアを映した。
   
   躍動感ある舞をしながら、笑顔で歌う彼女の姿は、
   「確かにあれは妖精だった」と、見る者を魅了する。

   大胆に晒した背中もうなじも、
   全ての良い部分を見せつけていくカメラワークで、
   惜しげもなく3D体を魅せつけていく。
   お披露目回として申し分ない動画。

   最初にあった憂いや不安などの暗澹としたものは、
   今の笑顔と爽やかな空模様で、
   全てが消え失せている。

   全てを吹っ切ったアリアには、もう何も怖いものがなかった。

『今度帰って来るときは。この歌の感想を添えてきなさいね』

   舞が終わり、アリアはマイクを湖に落した。
   沈み行くマイクは水に溶けて、泡となって消える。


歌が終わり、ENDクレジットが流れる。
湖上に霧が溢れだし、アリアの姿を隠していき、
そして画面からアリアが姿を消した。

ようやく、コメント欄から絶賛の声が噴出する。
激増する登録者数も、触発されて動画制作に急ぐ者も、画面前で盛大に拍手喝采する者も、皆一様にアリア・ヴェールと、その魂を愛した。

「……こりゃあ、うかうかしていられねえな」

プレミアム動画を眺めていた晴美は、山と積まれていた動画編集、PC基礎本などを読み始めた。真っ直ぐに愛をうたったこの曲に応えられるデビューをしなければ、失礼だなと彼女は考えていた。

この日、アリアの登録者数は5万人増加し、話題は尽きることなく、1カ月で20万人を突破した。




次回 ママと会社

サポート1人を1億回繰り返せば音霧カナタは仕事を辞めて日本温泉巡りの旅に行こうかなとか考えてるそうです。そういう奴なので1億人に到達するまではサポート1人増える度に死に物狂いで頑張ります。