『真夏の夜のジャズ 4K』 劇場公開決定!
2020/07/19追記
Spotifyに映画でかかる曲のプレイリスト作りましたので良かったら。なるべく同じ人の別の録音を選びましたが、まんま映画の時の録音の人もいます(特に終盤)
なんと嬉しいことでしょう。写真家バート・スターンが1958年にニューポートで行われたジャズ・フェスティヴァルを映画フィルムで記録した『真夏の夜のジャズ』の4K版が、2020年8月21日に、東京は角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAで公開されることになりました(恵比寿では、フェデリコ・フェリーニ映画祭が終わった翌日からです)。地方も順次回っていくと思います。これねえ、本当は自分でやりたかった。Blu-ray作ったり(そういうことをする職業の人間が書いております。もっとも今は別の部署にいますので直接手出しすることは出来ないんですが)、劇場公開したり。アメリカで4K修復版が出来たと知ってすぐにアクション起こしてたんですが、既に別の日本の会社に売られてしまったということで……それがKADOKAWAさんだったんですね。
そもそも「4K」ってなんだって話ですけれども。家電店に行っても4Kテレビ売ってますよね。最近は8Kもある。NHKでも4Kや8Kの放送やってます。「K」は「キロ」の「K」ですね。つまり「1000」です。ざっくり言って、4Kと言われるものは画面の右端から左端までが約4000のドットで表現されているということです。今のハイビジョンとかHDとか言われてる普通のテレビは大体2K。つまり横方向が約2000のドットで出来ている。8Kなら8000です。数が多ければ大きいほど、画面がより精細になるわけですね。
かつての映画の主流だった横幅35mm(この『真夏の夜のジャズ』も35mmで撮影され、上映されてきました)のフィルム、これの持っていた解像度をデジタルで表現するには4Kあればまずまずいける、という風に言われています(異論もあって、こんなんじゃ全然ダメだ、という撮影監督もいます)。映画業界が過去の映画フィルムを新たにデジタルで修復・保存しようという時には、今のところ、この「4K」でやる、というのが一つの標準になっています。
いきなり話が専門的になってしまいました。『真夏の夜のジャズ』に戻しましょう。当時、音楽フェスだってまだ珍しかっただろうし、コンサート映画に至ってはほとんどなかったと思うんですね(『ウッドストック/愛と平和の音楽の三日間』だって、開催も映画公開もこの映画の11年後です)。これ、原題は"JAZZ ON A SUMMER'S DAY”なんで、本当は『ある夏の日のジャズ』。ただまあ、映画は昼間に始まって、夕方になり、夜も深まってマヘリア・ジャクソンのゴスペルでおごそかに終わる構成。昼と夜とどちらのシーン、ステージが長いかというと、夜の方が少し長いかも。なので、この邦題も全然間違いではない。多分、1960年の日本初公開時の配給会社、東和映画株式会社に所属していて、ジャズ評論家としても有名な野口久光さんが付けたんじゃないでしょうか(昔の日本語字幕も野口さんの手によるものだったと記憶します)。
この映画、僕が初めて観たのは1986年5月にフランス映画社の<BOWシリーズ>の一つとしてリバイバル公開された時ですから(映画館は有楽シネマだと思ってたけど、倒産後も残っている仏映画社のWEBページを見ると、日比谷映画だったようです)、大学4年の時ですね。学生時代にジャズをよく聴くようになっていたから(その頃の学生の中にはそんな人はそんなに多くなかったと思う。ジャズ研とかでマジでジャズやってるような人以外は)、伝説のミュージシャンたちのイキのいい時期の姿、演奏がカラーで見られるというだけでも凄いのに、写真家バート・スターン(マリリン・モンローの写真が特に有名です)によるカメラ、映像もチビるくらい素晴らしく、観客たちの姿もめちゃくちゃにオシャレで(主役は彼らと言ってもいいくらい、お客さん、よく映ります)。1980年代の真ん中あたりって、MTVの台頭でミュージック・ビデオがテレビを賑わしていた時代でしたが、そうした最新のPV群が霞んで見えるくらいにカッコイイ。とにかくシビれまくってしまったのでした。
その後、レーザーディスクが出て、それを持っていたような気がする(ソニーの発売だったような)。さらに時代が経って、輸入盤のDVDも買ってそっちは今も持っている。
2018年にはフェスの開催から60周年ということで、英国のなかなかグレーな(笑)権利を扱う再発レーベルCharly RecordsからもDVD付きのCDが出た(10inchの……これをジャズ・ファンは「トオインチ」と読むのですが……LP付きの豪華版もあった……しかし、この映画のサントラ盤として売られているものは僕が知る限り、文字通り、映画のサウンドトラックの音をそのまま起こしたものです。出演したミュージシャン単位では、ライヴ盤でこの時の録音がまとまっている人もいます)。そうしたメディアの助けも借りて、僕は少なくともこの映画を10回は通しで観てると思います。演奏もカット割りも、「この後、こう来るよな」という感じで大体頭に入っている。
21世紀に入り、Blu-rayの時代になって、この映画のHDマスターが出来ないかな、もっといい画質で観たいよな、欲しいよな、という思いが募ってました。そうしたら去年(2019年)の9月、ぴあフィルムフェスティバルでこの映画がかかると聞いて、それがどんなマスターかも分からず、とりあえず馳せ参じました(本当は1回だけの上映だったのに、入れないお客さんがいて、急遽2回目の上映が組まれたのでした。僕もこっち組)。これ、確認したら前述のCharlyが独自に修復した2KのDCPでの上映でしたが、クオリティはまあまあ、だった。悪くはないけど、メチャクチャよくもない、くらい。おそらく元素材は上映用のプリントで、それをスキャンしてゴミや傷を消去したものだったと思います。ところがちょうど同じ頃、アメリカ本国で、監督バート・スターンの遺族による4K修復も行われているというニュースを知って、となるとそっちの方はさらに凄そうだな、と期待を膨らませたのでした。なにしろ遺族ですから、オリジナル・ネガ(撮影した時にカメラの中に入っていたフィルムそのものを編集して繋いだもの)を持っているはず。映画の修復の良し悪しの決め手の一つは、どれだけ上流の素材からデジタル化出来るか、なんです。大元のものを使えれば、それが一番キレイになる(そこまでキレイであることを昔の作り手が望まない場合もないとは言えないでしょうけれども、その問題はここでは置いておきます)。
そして、その4K版がついに完成し、今回日本でも公開される運びとなったわけです。
お先に全編、拝見しました。いいですよ、コレ。とてもいい。この映画を何度も観てきた自分だのに、カットが変わる度に「ハッ」とさせられる。驚きました。本編後に修復のクレジットが出ますが、オリジナル・ネガとそのコピーであるインター・ポジから(第一世代のネガに著しく傷んでいる部分があったりすると、その部分をコピーの別素材から起こす、というのはよくあることです)5Kのスキャナーで取り込んだとのこと(なんで4Kじゃないかというと、その後の修復作業の都合で、画面の周辺までも取り込んでおいた方が都合がよく、そのためには4Kよりもうちょっとあった方がいいのです)。この映画のクライマックスで登場する、上のサッチモ(=ルイ・アームストロングの愛称です)の写真、今回の4Kマスターからのキャプチャーですが、フィルムのグレイン(粒子)が実にキレイに出てますよね。今から60年前にレンズを通してフィルムに定着されたイメージそのもの、という感じがする。映画フィルムはこの密度のものが1秒に24コマ動くわけです。それはもう……。
「4Kデジタル修復」なんて聞くと、コントラストの強い、色のコッテリ乗ったバキバキの硬い調子の映像をイメージする方もあるかと思いますが、あにはからんや、今回のバージョン、すごく柔らかいんです。黒は浮き気味にすら感じるけど、それがかえってフィルムらしさに繋がってる。色も中間調がよく出てて、自然な感じがします。
頭の方に出てくる僕の大好きなこのセロニアス・モンク↑なんかもですね、着てる服の質感とか、ステージ上のライティング(上からオレンジのライトが微かに服のエッジに当たってるのが映画ではもっとよく分かります)なんかが、過去に見たどの時よりもダイレクトに伝わってきましたね。光が表現できると、その場の空気がよく伝わってくるんです。客席には後でステージに上がるバリトン・サックス奏者にしてバンド・リーダー、クルーカットのジェリー・マリガンが真剣なまなざしでモンクを見てるんですよね。この映画の前年に二人は『マリガン・ミーツ・モンク』というアルバムになる録音をしていた仲です。
アニタ・オデイ姉御のカッコイイ歌い方、立ち姿も4Kでますますイイですよ。今回、音も昔観たときよりも身の詰まったいいサウンドに仕上がってます。あと、昔の字幕ではこういう歌モノの歌詞までは出なかったんですが、今回はそこも丁寧にフォロー。ジャズのスタンダードの歌詞の内容って意外と把握してなかったりするので、勉強にもなります。まあ、そんな込み入った内容の歌はないですけど、それでも分からないよりは分かった方が嬉しい。アニタの「二人でお茶を」、「家族をつくりましょうよ」みたいなくだりがあるんですが、そこで客席で赤ちゃんを抱いてるお父さんが映ったりして、ああ、そういう編集だったんだ、と初めて気づきました。
夜の部になると、ステージのライトもますます映えましてね。特にステージ下からのカメラの映像は、ゾクゾクするような「その場にいる感」を味わわせてくれます。監督が写真家なのに、他の写真家の仕事を挙げて恐縮ですが、リー・フリードランダーって、アトランティック・レコードでジャズやソウルのミュージシャンのジャケットなんかを撮った写真家がいますけど、なんか彼の写真集を一ページ一ページめくってるような、そんな気持ちにもなったなあ。上の写真のチャック・ベリー、この時まだ若造で、後ろでやってるジャズのベテランたちがちょっとバカにしたような感じでつき合ってますけど、これも時代の証拠。
僕、この映画に出てる人で、実際に生で演奏を観たのはこのチャック・ベリーと、チコ・ハミルトンだけだと思います。あ、ジム・ホールもいるわ(映画のド頭ジミー・ジュフリー・スリーの演奏の最後にお辞儀する姿しか映らない)。ハミルトンは1988年にニューヨークのクラブで、終演後に話しかけてこの映画のことを言ったらとても喜んでくれました。って、みんなに言われてるとは思うけど。しかし、考えてみれば、その時のハミルトンにとってこの映画は30年前のことなんですね。その時の僕(24歳くらいだった)は、ものすごく大昔のことを言ってるような気になってたけど、今の自分が30年前のことを思い出すとそんなに前だとは感じない。「たった30年前」という感じです。
この映画でのハミルトンの室内楽的なバンドはなんつってもエリック・ドルフィーがいますからね。残念ながらこの映画の中では彼の凄みまでは伝わってこないけど(その曲に限らず、音楽は随分編集されてますし)、彼の動く姿がカラーで見られるのはこの映画だけじゃないですかね? ドルフィー、この映画の後、1964年には巡業先のヨーロッパで36歳の若さで客死してしまう。チャールス・ミンガスやジョン・コルトレーンのバンドでも欧州のTVに出てますが、そっちの記録は全部白黒ですからね。
あと、この映画といったら、誰だって「あそこが良かった」って言うシーンがあって、そのハミルトンのバンドでチェロを弾いてるネイサン・ガーシュマンなんですよ。彼がリハ用の薄暗い部屋で、ひとり上半身裸で、バッハの無伴奏チェロを弾くんですが、途中で一息ついて、タバコを吸うんですね。その瞬間に煙がブワーッと光りの中に広がる、そのカッコよさと来たら! ここに限らず、この映画、カメラマン視点の演出の入ったヤラセっぽいシーンもけっこうあるんです。あるんですが、それもまた良し。
で、ここまでべた褒めしてきましたけど、正直、画面の傷はまあまあ残ってます。ちょこちょこ出る傷、連続する縦傷。『真夏の夜のジャズ』はいわゆるハリウッド・メジャーの大作ではなく、インディペンデントな作られ方をされた、ほとんど個人作家のフィルムです。メジャーの会社はそれが自分たちの資産となり、後にまたいろんな形で富を生むのでデジタル修復に莫大なお金をかけられますが、インディペンデントの映画ではそうは行きません。大分、安くなってきた感じはありますが、それでもまだ1本の映画をきちんと4K修復しようとすると1000万円単位のお金になっちゃうんですね(お金がない場合は、もう少し安く済む、とりあえず2Kで、という場合もままあります)。今回の修復はアメリカのIndieCollectという、そうしたインディペンデント映画の修復を支援する組織が関わっているのですが、予算には限りがあるのでしょう。ほとんどの傷を消すまでには至らなかった。でも、傷を消すのは後でもいい。フィルムというのは放っておけばどんどん劣化していきますから、とにもかくにもデジタイズさえ出来ていれば、傷やゴミの修復は後の世代がやることが可能なわけです。今よりもすぐれたテクノロジーで傷の自動消しの技術も上がって、低価格化する可能性も大いにありますし(今今は、コンピュータと専用のソフトウェアを使ってはいても、人の力がまだまだ大きいです)。それに、この映画の場合、そうした残った傷も、フィルムを観ているように錯覚させてくれる、いい味わいになってる気もしますしね。
というわけで、『真夏の夜のジャズ 4K』、音楽の好きな方、写真の好きな方、映画の好きな方、是非、ご覧になってください。全ての演奏が終わって一番最後のテロップが出る瞬間、ちょっと泣きたくなると思います。
それにしても、この年のフェスティヴァル、この映画に出てる人たちだけじゃなくて、ソニー・ロリンズやデューク・エリントンやマイルス・デイヴィスやベニー・グッドマンやレイ・チャールズやデイヴ・ブルーベックも出てたんですよ(フェス全部のプログラムはこちらで)。それらを撮ったフィルムがどこかに秘蔵されたりはしていないもんでしょうかねえ?
(今回のポスターのデザイン↓は、僕とシネフィルDVD、Blu-rayのパッケージで長年組んできた塚本 陽さんです。)
『真夏の夜のジャズ 4K』
2020年8月21日(金)より
角川シネマ有楽町、YEBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開
©️1960-2019 The Bert Stern Trust All Rights Reserved.
製作・監督:バート・スターン ※英語表記:Bert Stern
出演:ルイ・アームストロング、セロニアス・モンク、チャック・ベリー、アニタ・オデイ 他
公式HP:cinemakadokawa.jp/jazz4k/
上映時間:83分
原題:JAZZ ON A SUMMER’S DAY
製作年:1959年 (旧作の日本公開:1960年/4K版上映は日本初)
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