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BCC #Day1 マスターズ・オブ・ライト

 長くなるのでBCCと略しましたが、Facebook上で流行っている<ブック・カバー・チャレンジ>というのが僕にも回ってきました。7日間、好きな本をアップして、その都度次の人も指名する、という「不幸の手紙」のような(笑)システムです。多くの人が籠城生活を強いられている中で、読む本を選ぶお手伝い、というような意味合いがあるのでしょうか。ルールを見ると本の内容には触れず、カバーだけをアップせよ、ということのようで、それは参加者の負担を減らすという思惑なのかもしれませんが、大抵の人はなんでその本をアップしたのか書きたくなりますよね。僕も書きます。

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 この「マスターズ・オブ・ライト アメリカン・シネマの撮影監督たち」という本はアメリカで出版された映画の撮影監督のインタビュー集の翻訳で、奥付を見ると初版が1988年(原著は1984年)で、その初版が出たときに買ったので今から32年前、社会人になって2年目というタイミングだったことになります。既にフィルムメーカーになることは他所に置いて(大学の映画学科ではアニメを作ったりしていたのです)、映画のレーザーディスクを作る仕事に従事していたのですが、とにかくこの本は面白かった。ネストール・アルメンドロス(ロメールやとリュフォーの映画で有名)、ヴィットリオ・ストラーロ(ベルトルッチやコッポラ)、ゴードン・ウィリス(『ゴッドファーザー』やウディ・アレン)、ヴィルモス・スィグモンド(アルトマン、チミノ、『未知との遭遇』)といった名だたる撮影監督11人が、自分のキャリアを振り返りつつ、現場で何を大事にしているか、具体的にどんな照明を拵えているか、使っているフィルムは何か、現像所にはどんな指示をしているかといったノウハウを惜しげもなくさらしてくれる、まさに映画撮影のマスター・クラス。大学の4年間で得たことよりもこの本一冊から得たことの方が多いかも、と思うくらいです。

 因みに、「撮影監督」というのはカメラを担いでいるカメラマンではありません。その役割もする人もいますが(アメリカではそれぞれの職種ごとにユニオンがあり、うるさいので職種の範囲以外のことは出来ない……監督がカメラを覗くことすら出来ない、なんて言いますね)、むしろ監督や照明や美術と連携して最終的にフィルムに定着するイメージそのものを構築する人、です。ストラーロなどはDirector of Photograhy(米映画界ではDoPとかDPとかって略されます)と呼ばれるのを嫌って、Cinematographerという言葉にこだわります。

 僕は実際に映画の撮影をしてきたわけでもするわけでもありませんし、この中で書かれていることを全部理解しているとはまったく言えないのですが、それでも撮影でどんなことに神経が使われているか、ということをこの本で知って、映画の見方がまったく変わってしまいました(そういうメイキング的なことを意識して見ることが必ずしも良いことがどうかはさておき)。彼らがそれぞれ自分が贔屓にしている現像所があって、しかも特定の担当者にしか信頼を置いていない、なんてことも書いてあって、全世界を相手にする大きなビジネスの中での話なのに、結局、個人と個人のコネクションが仕上がりを左右するのか、と思ったり。

 もっともこの本で語られている、「フィルム」の時代はとっくに終わってしまったから(今でもフィルムで撮影される映画はありますが)、今の若い人がこれを読んだら、僕が読んだ時以上にチンプンカンプンだとは思います。昨年の暮れに、とある大学で映画に関する講義をしましたが、まずフィルムというものに関して、ネガがあってポジがあって、ネガをそのまま見てもなんの画が映ってるのかよく分からないとか、そんな説明から始めないといけない時代です。それでも、「自分は人よりも映画が好きだ」と思うなら一度は読んでみるといいと思うし、映画制作に限らず、彼ら一人一人が「仕事」というものに対して抱いている姿勢のような部分に刺激を受けるところも多々あると思います。

 それに、僕自身、この本を読んでから、カメラやスマホで写真を撮ったりする時も、シロウトながら気にすることが変わってきました。今の人は毎日のように写真を撮るのだから、そこに対するいい影響もあるのではないかな(まあ、今は、どうやってとってもキレイに映りますけどね。まれに、どうやったらこんなにひどい写真が撮れるんだ、というものを見ると、逆にある種の天才を感じます)。

 久しぶりにこの本を取り出して、最初のアルメンドロスを読み始めたらもう止まらない。思わず、彼がもっとも大事な作品と言った、一番最初にロメールと組んだ『コレクションする女』(1967)をストリーミングで観てしまいました(最新の修復版はメチャクチャきれいです……話が面白いかというと……)。昔はこの本を読んでも、取り上げられているたくさんの作品を簡単に観ることが出来なかった。今は、かなり楽になってますから、本を読んでは一つ観てみる、というのもアリ。僕などは、余生をそれで潰してしまうのも楽しかろう、と思います。

 一昨年、ボローニャの復元映画祭に行った時に、この本に出てくるジョン・ベイリー(『普通の人々』『キャット・ピープル』『再会の時』等……この本の中では「若手」扱いでしたが、今やあのアカデミー賞のアカデミーの会長です)の講座を聴いたり、ヴィットリオ・ストラーロとはほんの2〜3分でしたが直に話をすることが出来ました。それはもう、長年ファンだったロックスターに会ったように舞い上がる瞬間でした。


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