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一升瓶の人。

かれこれ十数年、目黒区に住んでいるけれども、いろいろと事情があって(というのは、まあ、障害のある二人の子どもに関する事情が多いわけだけれども)、区の中で何度か引っ越している。今は目黒本町という、駅で言うと目黒線の武蔵小山と東横線の学芸大学のちょうど間くらい(ということはどちらの駅からも徒歩で15分くらいかかるところである)に住んでいるが、去年の7月までは五本木にいた。そこは東横線の祐天寺駅から徒歩で7〜8分で、まあ、なかなか便利な場所ではあった(東京以外の人に「五本木」と言うと、「六本木だけじゃないのねえ」的なことを言われる。僕も昔は知らなかったから言える立場じゃないけれども)。

その五本木の一軒家から歩いてせいぜい2〜3分の場所に「ますもと」という酒屋さんがあった。ワインと日本酒、焼酎がなんらかの選球眼ならぬ選酒眼で選ばれたショップで、時々、酒蔵のゲストを呼んでガレージで試飲会をやったりもする。近所に住んでる自分のような客が中心ではあっただろうが、お店で出すための酒をわざわざ車で乗り付けて買っていく、飲食店の人も少なくなかった。

最初の頃はワインも買っていた。置いてある店が限られる(最近はそうでもないのかな?)映画監督フランシス・フォード・コッポラの経営するカリフォルニアのワイナリーのワインなどもあって(銘柄に「ディレクターズ・カット」なんてのがあって、映画好きにはグッとくる)、高いのは自分では飲めないけれど、業界の人への手土産なんかにすると大いに喜ばれた。しかし、齢も五十を越えてくると、やはり日本人の血がそうさせるのか、だんだんワインもキツくなってくる(特に赤ワイン)。いつしかお米でできた日本酒が身体にしっくり来るという自覚が生まれる。最初のうちは四合瓶を買っていたのだが、ある時から同じものでも一升瓶で買う方がコストパフォーマンスが遙かに高いと気づき(だって、一升=十合なわけだが、四合瓶を2本買うより安いのだから)、その後はひたすら一升瓶を買う。

そこから引っ越して困ったのは、日本酒を一升瓶で売っている酒屋が学芸大駅周辺にはほとんどないことだった。武蔵小山から家に向かう途中の平和通り商店街には辛うじて一軒あるのだが、通勤に使うのは学芸大の方なので、どうしても足が遠い。

ところが、だ。つい最近、学芸大の商店街に、その五本木の「ますもと」の支店が誕生したのである。ワイン販売のチェーン店みたいなのが潰れたところに入ってきた格好。願うことすらしてなかったけど叶ったり。おお、これでまた、あの日本酒一升瓶生活に戻れる! と花の飾られた開店日にいそいそと出かけたのだが……やはり祐天寺と学芸大学という街そのもののヒエラルキーなのだろうか。五本木店よりも遙かに小洒落ていて明るい雰囲気。店の奥には飲めるバー・カウンターもある(これは嬉しいことは嬉しい。僕の子ども時代、田舎にあった酒屋も、そこで飲めもする、という機能がデフォルトだった)。だが……日本酒は四合瓶しか置いてない! ガックリ肩を落として、その日は何も買わずに店を出た。

一週間後(と言うのは、僕は基本的に家では週末しかお酒を飲まないようにしているので、酒屋を訪ねるとすれば、それは金曜日なのだ)、もう一度、お店の中を覗く。やはり一升瓶はないのだが、しかし酒は必要で、仕方なく四合瓶をひとつ選んでレジに行くと、「すみません、一升瓶がなくて。でも、もうしばらくですから」といきなり話しかけてくる女性は、五本木のお店でよく知っていた姐さんである。不意を突かれて「ああ、どうも」としか言えない自分だが、「一升瓶」の存在として覚えられていたという歓びがなくはない。というよりも積極的にある。

さらにその一週間後には岩手の「南部美人」の一升瓶が3種類並び、その一週間後に当たる今日訪ねてみれば、銘柄を増やして一升瓶が並ぶ。

奈良の「みむろ杉」は五本木店でも定番の品であった。さっき買ったそれが、もう半分くらいになっている。


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