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BCC #Day2 映画術

 ブックカバー・チャレンジ、2発目です。また映画関係。これまで本はよく買ってきましたが、いろんな事情で引っ越しが多かったものですから、その都度、整理してしまうんですね。だけど、仕事上で資料としてこの先も必要だろうな、というものだけは残す(それすらも厳選するのですが)。昔はもっと音楽の本もたくさんあったんだけど、ここ15年くらいは仕事がすっかり映画関連中心になってしまったので、それが本棚にも現れるようになりました。その中でも、多分、この本は、一番古くから残存し続けている、自分史上最古の一冊だと思います。手に入れてから40年近く、カバーは破れてるし、もう天も小口もシミだらけです。

 今日この本を取り上げるのはタイミング的な理由がありまして、まさに今日、2020年4月29日でちょうど、このサスペンス映画の巨匠、ヒッチコックの没後40年となります。1899年生まれの1980年没ですから80歳でお亡くなりになったわけです。この本はフランスのヌーヴェルヴァーグを代表する監督の一人、フランソワ・トリュフォー(彼は映画監督になる前は映画誌「カイエ・デュ・シネマ」の編集者であり批評家だった)が、1962年にハリウッドのヒッチコックを訪ね、彼のそれまでのキャリア、1本1本の作品の成立過程、実際の現場の様子、完成した作品について根掘り葉掘り都合50時間分にも及ぶインタビューを行った、その記録です。

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 原著はフランスで1966年に出版されていますが、日本版は1981年12月25日に山田宏一、蓮實重彦の訳で初めて出ました。ヒッチコックが亡くなって1年半後というタイミングで、そのため、ヒッチコックへの追悼の意を含めた、トリュフォーから訳者への自筆の手紙のコピーと翻訳もこの日本版の巻末には収録されています(そのトリュフォーも僅か3年後に、52歳の若さでこの世を去ってしまいました。その日、大学の映画学科の「映画鑑賞批評」という授業で1本の映画を見終わった後に、担当の登川直樹教授が「トリュフォーが亡くなったという報せが入りました」と告げ、学生たちがどよめいたのを覚えています)。

 奥付を見ると、僕が買ったのは1982年3月10日の四刷で、ということはわずか3カ月の間に3回増刷がかかったということです。当時としては2,900円の本は決して安くはなかったろうに、映画の本でこんなに売れる、ということがあったとは、今ではちょっと信じられないくらいですが、それだけこの本には価値があったし、未だに売れ続けているわけですね(今定価4,400円+税です)。

 1982年ということは僕は高校3年生で、しかし山口県の田舎ですから、既に過去のものとなったヒッチコックの映画を映画館で観る方法などなく(彼の最後の映画は1976年の『ファミリー・プロット』)、おそらく水野晴郎さんの「水曜ロードショー」で『鳥』を観たことがあっただけだと思います。ましてトリュフォーなんてスピルバーグの『未知との遭遇』でラコーム博士を演じていた人、という知識しかなく、彼の映画なんかただの1本も知りませんでした。小学校高学年で『タワーリング・インフェルノ』『ジョーズ』の洗礼を受け、中学校に上がってその『未知との遭遇』や『スター・ウォーズ』に度肝を抜かれ、第一次アニメ・ブームにもしっかり乗っかった自分ではありましたし、大の映画好きであったことは間違いありませんが、それでもほとんど観たことのない作家の本を買って読もう、というその気持ちが一体どこから湧いて出たものか、今となっては見当がつきません。でも、なにかこの本が自分の益をもたらしてくれるだろうという直感のようなものがあったんでしょうね。そういうのは大事です。その直感は正しかったと思いますし。

 ページをいくらめくっても、観てもいない映画についての話なのに、ワクワクしながら読んだものでした。大学に入ってからは東京で、名画座、あるいはリバイバル公開で作品を観るチャンスに恵まれると、この本のフィルモグラフィーに○をつけていくのが楽しみになりました。克明に覚えているわけではないものの、全て本の中で既に知っている作品だったわけで、まあ、そういう見方は今だったら勧めはしないけれど、結果的にそうなってしまった。そうやって映画を観ては、それに関するヒッチの談話を読むのはまた面白くて仕方がなかったですね。なにしろトリュフォーがまた映画1本1本のディテールをよく覚えてるので突っ込むし(本当に、ビデオ登場以前の評論家たちの記憶力には頭が下がります。トリュフォーはきっと顔の利くシネマテークなんかでフィルムを廻してもらったんだろうけど)、既に映画の現場も経験してますから、聞くことも具体的で、またヒッチコックもそれによく応えてくれる(この人の記憶力と整理された語り口もまったく見事なもので、だからこそあれだけの名作群を残せたんだなあとおも思います)。本当にいい本ですね。映画の教科書です。

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 このインタビュー・テープを元に、最近、『ヒッチコック/トリュフォー』というドキュメンタリー映画が作られて、日本でも公開されました。大いに楽しみにして映画館に出かけたのですが、なにしろ知っていることばかりで、思いの外、肩すかしになってしまったのでした(現在の映画監督たちが出てきて、いかにヒッチコックが素晴らしいか、いかにこの本に魅了されたか、なんて話もしてくれるのですが)。

 後に僕は、この本を出した晶文社から自分の本を出すことになりました。映画とはなんの関係もない「雨のち晴子 水頭症の子と父のものがたり」というものですが、自分の本にこの「映画術」と同じあの犀のマークがついているのは本当に嬉しかったですね。 

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