手話教室1日目

 市が主催する手話教室に申し込んでみた。
 なぜ手話なのか。そう問われて考えたが胸を張って出せる理由が手元に無かった。
 あえて言うなら、学生の時の同級生が手話で話していると風のうわさで聞いたとか、昔、大人に選ばれた人だけがいけるクラスの一つに手話教室があったからだとか、仕事でろうあ者の方と意思の疎通が取れにくく歯がゆい思いをしただとか、どれもこれも羨望や悔やみ、嫉みにまみればものばかりで、表に出せるほど「ちゃんとした」理由にならないと感じていた。困った私は、なぜのなかという問いに「なんとなく」と答えたのだった。
 今はちょうどタイミング的にも良く地域ボランティアに参加しているので、ボランティア時に使う!と豪語はしているが、はたして私の手話が使い物になるかどうかは疑問である。

 とにかくまあ「とりあえずやってみる」を原則としている私は、決められた申込時間前にスマホ前に待機し申し込み電話をかけた。
 講座当日、「自己紹介はなんて言おうか」と考えながら仕事を進め、急ぎ会場に向かう。受付の前には3人もの人がいた。受付机の上には名札が置かれ、首からかけるように指示がある。年間費5000円ほどを払いテキストをもらう。
「会場内の椅子に名前が書かれていますので、お願いします」そういわれて会場内に目を向けると20名ほどと目が合った。
 講座が始める。先生方の挨拶が始まり、きっと今度は私たちだと待機すると先生方が予想外の言葉を発した。
「はい、じゃあテキストとかは後ろの棚において、手ぶらで席に戻ってきてください」

 皆が席に着くと先生がまた言葉を発する。
「はい、じゃあ始めます」何を始めるかというと「講座」である。
自己紹介はいつやるのだろうと思ったまま講座は終了した。
 終わってみれば、朝の挨拶、昼の挨拶、夜の挨拶、久しぶりに会った共との会話、気候のあいさつまでできるようになっていた。

 ものの2時間ほどでこれである。

 配られたテキストの内容は壁に移され目で共有し、本は復習用に使うという感じで進むらしい。
 英語の授業なら「動詞に助詞に」と座学から始まるが、手話はひたすら見て実際にやり覚えるものらしい。さすがしゃべれもしない英語を学ぶ日本教育とは違い、実績のある語学学習は違うと思った。

 玄関横には桜が植えてあった。咲き始めたばかりの桜が強い夜風にも飛ばない様子を横目で見ながら、これから一緒に学ぶ同期と一言も話せなかった事を物足りなく思っていた。暗くて寒い道を、皆がありの子を散らしたように歩き、駅や駐車場に向かう。
 何組かは友人を誘って参加しているようで2人組が目立つ。
 一人で参加した人も数人いるようだが、その人とならまた友達になれる機会もあるだろうか。

 市の手話講座が終われば、市の手話要員としての登録や手話翻訳者への道も開かれるらしい。
 講座期間は1年。
 講座が終わるころには、また咲いた桜が見えるはずだ。


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