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あの、黒い傘

今回のテーマ:あなたの知らないニューヨーク

by 福島 千里

先日、ニューヨークで長く一緒に暮らした元ルームメイトと話す機会があった。彼女は今、日本で暮らしている。

「あ、懐かしい。あの、黒い傘」

会話の中で飛び出た、ニューヨークの、あの、黒い傘。

少しでもニューヨークで暮らしたことがある人ならば、「黒い傘」と言えばピンとくるだろう。そう、雨や雪が降ると、どこからともなく売り子がやってきて、道端で唐突に売り始める1本3〜5ドル程度の謎の黒い折りたたみ式傘だ(ちなみにニューヨークでは同じ商品であってもどこで購入するかによって物価が変動する)。ニューヨークで傘というと、まず一番最初に思い浮かべるのがこいつの存在だ。

私も必要に迫られて何度か買ったことがあるが、この傘の出来があまりにひどい。デザインが残念なうえに上に、数回使うと壊れてしまうのだ。3ドルなんだから文句言うな、と言う声が飛んできそうだが、せめて機能性が持続すればむしろもう少し高くても喜んで買うつもりだ。日本のように超コンパクトな折りたたみ傘や、コンビニのビニール傘的なものがあれば良いのだが、あいにくこちらにはそんなおしゃれな傘文化は存在しない。

かといって、まともな傘が売られていないわけではない。デパートや然るべき店にいけば、お値段もしっかりしたすてきな傘がちゃんと売られている。しかし、なんというか、すべてがゴツいのだ。あからさまに高級品を携帯してフラフラするのは嫌だし(危ないし、何より高い傘を買おうと言う意志が私の中にない)、かさばる傘を持って地下鉄には乗りたくないし(邪魔)、“コンパクト”が売りの折りたたみ式傘も、なぜか鞄にも収まらない(コンパクトとは?)。ゆえに、ニューヨークでは傘はある意味邪魔な存在なのだ。

それに、ニューヨーカーはそもそもあまり傘をささない。気候帯は日本と同じ温帯湿潤なので、通年、降雨量はそれなりにある(近年の日本の比ではないが)。それでも、ニューヨーカーは傘そのものをあまり携帯しない。雨天時はみなたいてい足早に移動して建物の中に入るか、おとなしく雨に打たれたまま歩き続けるか、ジャケットにフードがついていたらそれを被って雨を凌ぐか(もちろん、普通におしゃれな傘をさしている人もいるが、少数派だと思う)。以前は買い物袋をかぶって歩く猛者もよく見かけた(普通の身なりの人が普通に頭に袋被ってるという、初めて見た時は「おぉ、これがニューヨーク」と衝撃を受けた)。が、こちらは2020年からスタートした使い捨てレジ袋使用禁止令でだいぶ減ったかもしれない。見た目なんて気にしない。要は、濡れなきゃなんでもいいのだ。

今年のニューヨークは例年に比べてかなり暖かい。でも時はすでに師走。街中はホリデー色に染まりつつあるし、きっともうすぐ雪もしっかり降ることだろう。そうなったら、またあの黒い傘を街のあちこちで見かけるのだろうな⛱


◆◆福島千里(ふくしま・ちさと)◆◆
1998年渡米。ライター&フォトグラファー。ニューヨーク州立大学写真科卒業後、「地球の歩き方ニューヨーク」など、ガイドブック各種で活動中。10年間のニューヨーク生活の後、都市とのほどよい距離感を求め燐州ニュージャージーへ。趣味は旅と料理と食べ歩き。園芸好きの夫と猫2匹暮らし


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