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無国籍人

今回のテーマ:国籍
by 河野 洋

単一民族国家の日本にいたら国籍を聞かれることなんて一生に一度もないかもしれない。海外に行かなければ、パスポートを作ることもない。しかし、多数の人種が混在するニューヨークにいると、「国籍」は良く聞かれるし、自分とは肌の色も話す言語も違う人たちが、どんな国から来たのだろう、と素朴に思うことが多い。逆に見た目は似ているアジア人だって、どこの国の人だろうと。
 
「怪談」の著者として知られる小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)はギリシャに生まれ、アイルランドやアメリカにも居住したが、最終的には日本人の女性と結婚して日本に帰化した。僕は日本の国籍を持っていたが、アメリカの市民権を取得した際に、「日本国民は、自己の志望によって外国の国籍を取得したときは、日本の国籍を失う」という国籍法11条1項という法律により、また、在ニューヨーク日本国総領事館の国籍担当者にも強く指摘され、日本の国籍喪失届を提出せざるを得なかった。なぜ僕は日本の国籍を喪失しなくてはいけなかったのか、これは剥奪だと訴える人もいるだろう。自分たちが国籍を失うことを希望していないのだから、もっともだ。
 
どの国もそうかもしれないが、アメリカも国籍で事情が変わることがある。僕は市民権を取得する前は永住権を保持していて、取得した当時は対象外だったので免れたものの、18歳〜25歳だったら、選抜徴兵制度に登録しなければいけなかった。日本人であっても、アメリカと戦争になればアメリカの為に戦わなくてはいけないのか?当時、疑問に思った。また、今は法律が改正されニューヨーク市の永住権所持者は選挙権が与えられるそうだが、僕の時は市民権がないと選挙に投票はできなかった。税金も納めているのに選挙権がない。外国に住んでいると、納得できないことがたくさんあって、時に理不尽なことがあっても甘んじて生きていかねばならないのだ。
 
こんな話もある。見た目は西欧人なのに日本で生まれ育った為、日本語しか話せない人。そういう人は「どこで日本語を習ったのですか?」と周りの日本人は日本語の流暢さに感心させられる。日本人だから日本語を話すのは当たり前なのに、見た目で判断されるわけだ。また、イタリアに生まれ育ち、成人から長年アメリカに住んでいる友人は、母国に帰ると空港で「イタリア語が本当に上手ですね」と褒められるらしい。友人は、「一体全体、僕は何人なのだろう?」と複雑な気持ちになるという。
 
テニスの大坂なおみはどうだろう。彼女は日本と米国の二重国籍を持っていたが、22歳の誕生日を前に日本国籍を選択した。いや、選択は自分の意思ではなく、法の掟により、選択させられたという方が正しい。
 
三重国籍というケースだってある。アルゼンチン人と日本人の親の元にアメリカで生まれた子供は、国籍が3つとなり、パスポートも3つ所有できる。国際結婚を考えたら、複数の国籍を持つことは至極自然なことだが、日本はそれがご法度となる不思議な国だ。両親から、異国に生まれ育ち、様々な文化を吸収できる特別な環境に置かれる人たちは、貴重な存在であり、国の発展にとっても財産になりうるのに、日本はその選択肢を奪ってしまう。
 
世の中には、複数国のパスポートを所有している人はたくさんいるが、国外旅行の際に提示できるパスポートは一つだけ。生存中は使い分けることができるが、もし、この世を去る時、天国への入り口で移民審査官がいたら、一体、どの国のパスポートを選べばいいのだろう。
 
今、僕が国籍を問われたら、「アメリカ」と答えるけれど、心情的には、親戚、家族の割合からしても、自分を形成している文化や習慣を考えても、「日本」を選ぶ。外国を訪れ、その国に住んだり、家族ができたなら尚更、その国の国籍スタンプを与えてもいいのではないかとユートピア思想に耽ってしまう。かつて、ジョンレノンが「イマジン」で「国がないって想像してごらん」と歌ったが、せめて気持ちの上では無国籍人でいたいものだ。

2022年8月12日
文:河野洋[プロフィール]

河野洋、名古屋市出身、'92年にNYへ移住、'03年「Mar Creation」設立、'12年「New York Japan CineFest」'21年に「Chicago Japan Film Collective」という日本映画祭をスタート。数々の音楽アーティストのライブ、日本文化イベントを手がけ、米国日系新聞などでエッセー、コラム、音楽、映画記事を執筆。現在はアートコラボで詩も手がける。

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