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アートにもなった都市伝説

今回のテーマ:都市伝説 
by  萩原久代

ニューヨーク市地下鉄、 14 番街 / 8 番街駅 (A、 C、 E およびL線)のプラットフォームのひとつにワニがマンホールから顔を出して、人に食いついている彫刻(上の写真)がある。長いこと知らないで通り過ぎていたが、これは「下水道に棲むワニ」の都市伝説(Urban Legend)を元にイメージされたアート作品だそうだ。

ニューヨーク市・郊外の地下鉄やバスなどの公共交通を担うMTA( The Metropolitan Transportation Authority)が公募して選考した常設公共アートのひとつで、2000年末~2004年にかけて設置された。

MTAのホームページ。(上の写真出典元)

「下水道に棲むワニ」の彫刻は、アメリカの彫刻家 、トム・オッターネス(Tom Otterness) が制作した作品だ。ワニ以外にも蛇や犬などの動物やいろんな職種の小人の彫刻が、同駅内に100体ほど設置されている。これらの彫刻は「Life Underground」というタイトルで、地下に潜む得体のしれない小人らを中心にしたユーモアと動きのある作品たちだ。毎日数万人の地下鉄乗客が足早にこの駅を通り過ぎるが、殺伐とした駅構内でなごませてくれる存在になっている。

アーティストのオッターネス氏のHPには、本人の登場するビデオもあり、これら彫刻を制作した際の裏話を肉声で聞くことができる。

さて、この「下水道に棲むワニ」の都市伝説はちょっと古いものだが、多くのニューヨーカーが今でも知っている話だ。1935年にワニがイーストハーレム路上の排水溝の下で発見された事件があり、その前後にも何度か川や公園でワニ目撃のニュースが実際にあったことから、下水道にワニが棲むという都市伝説として広がったといわれる。

もちろん、下水道にワニは棲んでいない。
1920年代後期から裕福になったニューヨーカーが、エキゾチックなペットとして子ワニを飼育し始めたのだそうだ。大きくなるにつれて手に負えなくなって川や公園に捨てたのが原因だったという。もし捨てられたり、逃げたりしたワニが一時的に川や下水に隠れたとしても、適切な食べ物がなく、気温(水温)が低いため数日以上の生存はほぼ不可能だそうだ。

それでもほぼ100年前から「下水道に棲むワニ」は口承されてきた。今でもアーティストの創造力を刺激するようだ。

2023年10月には、スウェーデン人アーティストのアレクサンダー・クリングスポール(Alexander Klingspor)によるワニの彫刻がユニオンスクエアに設置された。ワニはマンホールの裏に張り付いてドクロを巻いている感じだ。NYC Legendと名付けられた同彫刻は、ニューヨーク市公園・リクレーション部(Parks & Recreation) が、ニューヨーク市民のための野外美術館を目的に公募して選考された公共アートプロジェクトのひとつである。プロジェクトによって半年~1年間の展示期間となる。ワニの彫刻は、2024年6月までユニオンスクエアで展示される予定だ。

ユニオンスクエアに設置された彫刻とアーティストのクリングスポール氏

クリングスポール氏のホームページ(写真出典元):

「下水道に棲むワニ」なんて、なんと前世紀的な都市伝説! もっとこわ〜い怪物が棲んでいそうなニューヨークの街なのに、ちょっと笑いを誘う。
ニューヨークを歩く際には、ぜひワニ君のアートも見てほしい。


萩原久代
ニューヨーク市で1990年から2年間大学院に通い、1995年からマンハッタンに住む。長いサラリーマン生活を経て、調査や翻訳分野の仕事を中心にのんびりと自由業を続けている。2010年からニューヨークを本拠にしながらも、冬は暖かい香港、夏は涼しい欧州で過ごす渡り鳥の生活をしている。

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