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Vol.2 「鶯谷さん

って、変わってるよね」
女の子が言っていた
何か変だなとは思っていたけど
それが何なのかまだわからなかった

「鶯谷さん、発達障害だよね」
「発達障害?」
田町さんは続けた
「そう ADHD。 大人の発達障害だよ」

 とあるサイトで調べてみた

<ADHD=注意欠如多動症>
・注意が散漫
・整理整頓ができない
・目の前の仕事に集中できない
・マルチタスクができない
・優先順位をつけることや
 その通りに実行できない
・約束の時間に遅れる
・約束を忘れる
・締め切りや期限に間に合わない
・物忘れが多い
・注意力や集中力に欠け、
 話していてもストーリーを追えない
 内容を忘れてしまう
・他人の話をさえぎり一方的にしゃべる

【これらの項目はADHDの正式な
 判断基準ではありませんが、
 思い当たる項目が多い場合は
 ADHDの可能性があるといえる】

全部当てはまるんだけど・・・

なるほどね
そういうことね
でも、鶯谷さんが
絶対にそうだとは言い切れないし
本人に聞くわけにもいかず
誰にも言わずに過ごしていた

鶯谷さんの仕事は営業
元々、代表の秘書として応募
してきた鶯谷さん
秘書としては不採用だけど
営業やってみないか?
と、うちの会社に入社してきた

当初の営業チームは2人体制で
昔、中古車の営業をしていた男性が
室長となり、鶯谷さんは室長代理

営業を強化する
という方針で組まれたチーム
代表直下で活動をする予定だったのに
代表との数回のミーティングで
男性は室長から降ろされた
1人となった鶯谷さんはスライド式で
室長となる
会社の業務内容を全く知らない鶯谷さん
「わからない事は代表に聞くこと」と
課せられたらしい

代表とは滅多にお目にかかれないので
会社に訪れるとみんながひれ伏す感じ
代表の行動・言動は常に注目されている

ある日、代表が帰り際にみんなの前で
「あ。鶯谷さん
 いつも9時とか10時とか
 夜遅くに電話してくるけど
 俺は大抵その時間帯
 大事な会食をしてるんだよね
 用があるなら時間を考えてくれ」

「承知いたしました」

それから数か月後
行事会場で代表と遭遇
この時ももちろん社員全員が
代表に注目している
「鶯谷さん。この前も言ったけどさ
 俺はほとんど毎日、夜は会食なんだよ
 だから電話かけてきても
 出る事はないから」
前回より少しきつめの口調だった

関連会社の馬場さんと話していると
「代表が言ってたけど、
 鶯谷さんの電話攻撃に参ってるって」
「え?うそ!
 みんなの前で直接注意されてたよ」
「だよね。
 注意したのにまだ掛けてくる
 会食中に何度も。って言ってた」
「鬼電?」
「そうらしいよ・・・」

次の行事の時
鶯谷さんを見つけた代表
「鶯谷さん。何度も言ってるけどさ
 俺、夜は電話に出ないから
 忙しいんだよ」

「承知いたしました」

代表に対する電話だけではなく
鶯谷さんの不思議な行動は
社内で繰り返される

1人となってしまった営業チームに
新たな女性が室長代理として採用された
4月入社の鶯谷さん
11月には【部下】ができた
鶯谷さんよりひとつ年下の
おとなしそうな人
彼女の事は後述するが
適応障害を患い
1年半の休職後に退職した

営業のデスクは
室長代理が大海の目の前
その隣が鶯谷室長
「14時に出発します」と
朝礼で報告していた営業チーム
14時5分前には室長代理の
出発準備は整っていた
寒い時季だった
コートを着て、
マフラーを巻き、手袋も着用
バッグを持ち
【上司】の合図を待っている様子で
大海のPCの向こう側に立っていた

どうしても大海の視界に入ってくる
何も言わず立ったままの室長代理
その隣で
座るわけでもなく
PCで作業をするわけでもなく
あっち行ったり
こっち行ったり
意味不明に動き回る鶯谷さん

15分が経過した頃
室長代理はバッグを椅子の上に置いた
30分が経過する
ついに座った
でも鶯谷さんの準備は終わらない
1時間後
エアコンの効いた社内で
コートはさすがに暑いだろう
室長代理がコートを脱いだ瞬間

「お待たせしました。
 行きましょうか」

そんな光景を何度も目にしていた
ある日
室長代理が黙って会社を出て行った
誰かが鶯谷さんに
「あれ?一緒に営業行かないの?」
「はい。行く場所は同じなんですけど
 室長代理が現地集合にしたいって」

(そりゃそうだわ)
大海の心の声は何人と共通しただろう

「営業に1人では行かないこと!」
専門知識がない鶯谷さんの営業に
同席しなければならない部署がある
その部署トップが池袋さん

「鶯谷、何時に会社出た?」
池袋さんから大海にラインが来た
「1時間前ぐらいじゃない?」
「約束の時間5分前なんだけど
 まだ来ないんだよなー」
外出先から鶯谷さんと合流予定らしい
「鶯谷さんに時間を守れって
 言うのが無理なんだよw」
「笑ってる場合じゃないよ
 あ~イライラする」
結局、その日は10分遅れで到着

まだマシな方でしょ?

ある日の朝礼で鶯谷さんは
「本日は予定がございませんので
 本社で新規顧客の開拓に従事します」
と報告していた
お昼過ぎに電話を取った鶯谷さん
「お世話になっておりますぅ
 私が鶯谷ユキでございますぅ
 ・・・・・・・」
しばらくの沈黙のあと
「申し訳ございません
 今からお伺いしますので・・・」
さっきまでの声とは打って変わって
小さな事務所なのに
何を話しているのかわからないぐらい
小声になった

受話器を置いた鶯谷さんは
「あら私、なんでだろ?
 そうだったかしら?
 やだ、メールを確認しないと」
独り言を言いながらメールチェック
「あ~。今日だったんだ」

大海を含め周りの人はすぐに察知した

(やらかしたね)

そこへ上野さん
「忘れていたものは仕方ないし
 先方も今日はもういいって
 言ってるんでしょ?
 なら、ほっとけばいいよ」

(なんて事を言うの?!)

即座に別部署の部長が
「とにかく、電話を切られたなら
 メールでもいいから謝罪して
 おいた方がいい」

どんな謝罪メールを打ったのか
大海にはわからないが
その後、そちらの会社から電話を
受けた事はない

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