見出し画像

-あかべこ-


地元の会津は好きだったけれど、
大学の進学を機に
東京の地へ出てくることになった。

大学では理学について専攻したが、
いざ職に就くという段階になったところで
条件がよい仕事があまり見つからなかったこともあり、
結局のところ、
かねてから興味があった
靴の販売を仕事とすることにした。

販売の仕事では上司、同僚に恵まれて
わりと順調で、
数年前から同棲している彼女との仲も
上手くいっていたので、
すんなりと結婚という形まで事が運んだ。


そのうちに彼女との間に子供を授かり、
子供を育てるならば地方のほうが望ましいなあ
と思っていたので、
「君の地元の郡山で生活をしてみようか」
と尋ねたところ、
彼女は少し考えた後で
「あなたの地元の会津で育てるというのはどうかしら」
という返答があり、
こちらとしては少しびっくりしたが、
彼女としては
「郡山もいいけれど、会津もいいところだから
ちょっとそっちへ行ってみたい」
ということで、
以前からこの子は変わっているなあ
なんていう風に思っていたけれど、
彼女と自分の両親との仲も悪くないし
「喜んでお引き受けいたします」とだけ返し、
お腹の中に新たな命を抱えながら
二人して会津へ帰ることになった。

程なくして男の子が生まれ、
しげしげとその子を観察していると
いまのところ外見は彼女に似ているようだが、
成長するにしたがってどうなるかは
なんとも言えない。

自らが会津の地で生まれ育った経緯があり
彼女にははっきりとは言わなかったが、
子供を育てるならば地元のこの場所で育てたいと
内心では思っていたのだ。
彼女はそのことをうすうすではありながら
気付いていたのだろうか。


ある時、少し大きくなった男の子と二人で
近隣の森へ向かった。
もう20年くらい前になるが、
地元の少年たちと一緒に
カブトムシやらクワガタやらを捕まえては
夕方遅くまで家に帰らなかった。
その地では昆虫といった小さなものから
少し大きなネズミやイノシシといったものも
発見することができた。
イノシシがこちらを目がけて突進してきた時は
それはもう一目散に逃げて逃げて、
途中くらいから
イノシシが追いかけるから少年たちが逃げるのか
それとも少年たちが逃げるからイノシシが追いかけるのかが
曖昧になるところがあったようだ。
そうこうしているうちに
道の半ばで小さな牛を見つけた時があり
母親とはぐれてしまったのだろうか、
「これこれ、そっちじゃないよ」ということで
なんとか皆で引っぱって
元の方角へ無事に返してやったこともあった。

そんなことがふっと頭に浮かび
一人で回想しているうちに、
まだ2歳くらいの男の子が
目の前からいなくなってしまった。

「あれ」
と一瞬思ったが、
わずかな間にそんなに遠くへ行けるはずもない。

「おかしいな、、」
本来だったら自分の息子がいなくなってしまったのだから
もっと慌てなければいけないはずなのだが、
不思議とそういう気分になることができなかった。

「ちょっとこっちよ」
ふと出し抜けに
平時より聞きなれた彼女の声がした。

そちらの方を振り返ると、
彼女が大きく手を振っている。
男の子はおとなしく彼女の腕の中に
おさまっているようだった。

「あれ、さっきまで家にいたはずだけど、
随分とこっちへ来るのが早いんだな」
と思うよりはかはなかった。
ともかくどこか不思議な彼女である。


ある時、
自分が体調をくずし、家で寝込むことがあった。
実家は農家をしていて、
兄夫婦と一緒に
彼女も田んぼの仕事へ出ていた。

男の子はとりあえず
部屋の隅っこの方ですやすやと眠っているようだった。
その寝顔を見ると、
生まれたての頃は彼女に似ていたのに
最近は自分の顔にだいぶ似てきたようである。
彼女の方が自分よりも端正な顔立ちをしているので、
心境としては複雑なところがある。

昼下がりになるとその日はだいぶ気温が上がり、
熱中症なのではないかという具合に
意識が朦朧としてクラクラとしていたが、
つぎの瞬間
「ちょっと大丈夫?」
という彼女の声で意識を取り戻した。
さっきまで田んぼの仕事へ出ていたはずなのに
もうすでに帰ってきている。

「あ、、うん」と
やはり少し驚いてしまったが、
だいぶ精神的な支えになっているなあと
感謝せざるを得なかった。


しばらくして今度は
その彼女が発熱したようで、
うんうんと唸っている。
どこか男の子の元気もないようだ。

こういう困った時は、
昔から居間に置いてある
「赤べこ」に
すがることにしている。

さんざんお祈りして
疲れて眠りに落ちた後に、
夢の中でその赤べこが現れた。

赤べこが云うことには
「あなたは以前、
この地で雌牛を助けたことがありましたね。
実はあれは私の娘だったのです。
今度は私があなたのことを助けることにしましょう」
とのことだった。

「よくある夢のお話だな、、」
と思って布団にくるまっていると
知らないうちに朝を迎えていたようだ。

彼女の容態が気になって
急いで起き上がってみたが、
その彼女は何事もなかったかのように
すでに仕事をしているようだった。


後日、
彼女のお腹には新しい命が
宿っていることがわかった。

程なくして、女の子が生まれた。
一見したところでは自分に似ているようだが、
数年後にどうなるかはわからない。

今度は、彼女の地元の
郡山で生活してみたい気がした。


いま住むこの土地も春を迎えて、
雪解けがだいぶ進んでいるようだった。








以上

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?