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-遁世者 3-


男は、
以前に足を運んだ、
Hという街の
教会を訪れた。

その場所に、
4年前に話をしたことがある
若い掃除婦の姿を探したが、
見つけることはできなかった。

街はそこそこの
人通りであったが、
この教会には
あまり人気を感じなかった。


「また今度にしよう」

そう思い始めていた時に
奥から人の影が現れた。

出てきたのは、
なんと4年前に
街でパンを分けてくれた
かの老年の女性である。

老女は、
こう話を切り出した。

「久しぶりね。
なんか、あなたが
やってくる気はしていたの」

男は黙っていた。

「あなたには、
色々と話さなければいけないことがあるわね」

4年前に街で会った時にくらべて、
老女からは
ひどく幼いような印象を受けた。


老女は、
静かに話し始めた。

「以前、あなたがこの教会を
訪問してくれた時、
実は私は捕らわれの身なんかではなく、
ここに隠居していたのよ。
若い掃除婦が
あなたとやりとりをしてくれたでしょ。
あの子は、私の娘の1人なの。
いまから20年も前になるけれど、
ある青年との間に子供を授かり
双子の姉妹を産んだのよ。
その青年は若くして亡くなってしまい、
当時多少の貯えはあったものの
私ひとりで2人の姉妹を養うのには
限界があった。
そんな時、助けてくれた人がいて。
昔この教会にいた人なんだけれど、
ここに身を寄せていいって。
さすがに気は引けたけど、
行くところもないし
仕方がなく甘えることにしたのよ」

老女は
遠くに目線をやった。
そして、
また静かにしゃべり出す。

「・・・
その人との間にはね、
実は双子の姉妹を産む
もっと前に1人の子供を身ごもったの。
その時私も彼も
ずっと若くて、
厳しい社会に抗うことなんて
とても出来なかった。
だから、かわいそうだけど、
その子を親戚の家に預けることにしたの。
身勝手な行動だけれど、
陰ながらその子の成長を見守っていたわ。
本当にかわいそうなことをしたわよ。
それからさらに後、
双子の姉妹を産んでからは
生活費を賄うのに必死だったけれど、
ここ5年くらいは隠居生活をしているのよ」


男は、
自身が育ってきた環境を振り返り、
いくつかの場面が想起された。

そして、
こう切り出した。

「その教会の男性との間にできた
お子さんは、
いまどちらにいるのですか」

それを聞いた
老女は、
少し視線を落とした。

「どこにいるのかしら。
ただ、、
その子の父親は
いまは
街の外れにある小さな教会にいるみたいなの」

そう言って、
老女は
古びた紙切れに
簡単な地図を描き、
男に差し出した。

「その子、、
あなたに雰囲気が似ているの。
もし街で
あなたのような青年を
見かけたりしたら、
この場所に行くように
促すことはできるかしら」

そう話す
老女は、
変わらず若く見えた。

「・・・
僕のような恰好をした男なんて
いくらでもいますからね。
期待はしないでください」

男の声を聞くと、
老女はただ

「ごめんなさいね。
本当にごめんなさい」

と言って、
両目に涙を浮かべたようだった。



男は教会をあとにした。

ここ最近は、
この街には珍しく
晴天が続いているようだ。

男は足早に
街外れの小さな教会へ向かった。


古びてはいるが、
しっかりとした建物が見えた。

建物の周りには
白いバラの花が
いくつも咲いている。

男は建物の前に立ち、
ギィ、、とゆっくり扉を開けた。


建物の中は、
人の気配があまりない。

ただ、不思議と
男の心は落ち着いていた。

奥に書斎が見える。
そこに
白髪の老年らしき人の姿が見えた。

窓からの陽で
その人のかけている眼鏡のふちが
鈍く光っている。



穏やかな気候が続く
季節は初夏のことである。



男はいま一度
気を引き締めて
一歩を踏み出した。







以上

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