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2020/09-12

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年男の終演
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-ねずみの師走-

どうやらいまの棲み家を 年明けには 引き払わなければならなくなりそうだ。 そうなると 好物のチーズのことばかりを考えてもいられず、 かと言って他の町にも よくない細菌が蔓延しているという噂を聞きつけ、 にっちもさっちも行かなかくなった。 ただ元はと言えば、 現在の住まいを変更しなければいけない とは思っていたのだ。 時期がいくぶん早まっただけのことである。 「どこへ移動しようか」 ひとりで町を歩いて考えてはみるけれど、 あまりよい考えが浮かんでこない。 何も浮かんで

-ひつじとねずみ-

ひつじとねずみと言っても、 ひつじの方が若い。 しかし、 この町ではひつじの方が先輩で ねずみは仕事の基本から色々と ひつじの背中を見て学んできた。 なぜそうしたのかと言うと、 その方が効率的だと思ったからだ。 ひつじはあまり口うるさく 他人に諭すタイプではなく、 もっと言ってしまえば ”傍らにヒト無きが如し” という態である。 本来は群れをなして生きる品種なのに。 それでも、周りの後輩たちは このひつじのやることに付いてきた。 やはり、その方が手っ取り早いと 感じた

大人と子供

いつかフジテレビにて 21時55分くらいに数分間だけ放送されていた 視聴者参加型の 2者択一の番組があって、 たしか僕が20代半ばの頃だったので 10年くらい前のことだろうか。 (スマートフォンが普及し始めた頃だったと思うが) とある日 『大人と子供、楽しいのはどっち?』 のようなお題があって、 当時の僕は 「責任がないし自由だし子供の時でしょ」 と1人でぶつぶつ呟きながら 投票結果を見ていたところ (この手の番組を見ていても 視聴者参加はしない口、傍観者の類) 結果はたし

星回り

先日、 さそり座の友人が 誕生日を迎えた。 彼の職業は刑事で、 探究心とディープな懐を備える 彼にはやはり適職と言えるのか。 12年くらい前にとある職場で 占星術を語っている同僚がいて、 その当時は 「そんなの当たるのかなあ」 という具合に対抗していたけれど、 古代に誕生してから形を変えつつも 現代まで受け継がれているとするならば、 一見の価値はあるのかなと感じている。 科学の実証だけでは 割り切れないことも多く、 感性が豊かで生命力がより強いとされる 女性の支持を集め

上の空

case 1 乗り継ぎ駅にて 「あ、まだ次の電車まで時間あるじゃん」 と思って駅ナカの本屋に立ち寄って フラフラ回遊していると、 「あ、こんな雑誌があったのか」 と思っていろいろと物色して気を取られている内に 乗ろうと思っていたはずの 電車の発車時刻がとうに過ぎてしまい、 結局また同じ時間を 待たなければならない そんな休日もあるとかないとか。 case 2 友人と一緒に食事に行ったのに 会話に夢中になって 食べることにあまり気が回らずに、 帰り路で 「あれ、やっぱりお腹が

半端者

友人の twitter の内容に感化されて。 僕が子供の頃は 今ほどハロウィーンの行事が 浸透していなかった気がするが、 小学校低学年の頃に通っていた英会話教室では ハロウィーンの近くになると 仮装していく日があって、 当時は一般的に黒かったゴミ袋を 目の位置の所だけ切り取って 頭から被って向かう という行動に出てはみたものの、 教室に着く頃には ゴミ袋特有のいやな臭いで 気持ちが悪くなってしまって、 その日のレッスンは何をやっていたのか ほぼ記憶がないという そんなことを

fall in one

昨日も涼しく かなり過ごしやすかった。 先日 友人の3人目のジュニアが 誕生したにも関わらず、 自分の体調がわるくて即レスに失敗し 「いいね」ボタンを 押しそびれてしまったところがある。 冬~春~夏にかけて 夜が明けるのがだんだんと早くなる頃の 部屋のカーテンを開ける心持ちとは異なり、 いまの時節は 「まだ暗いよな。。」 という愁いの感は否めず、 加えて 少年の頃に 17時を過ぎると辺りが暗くなり もう遊ぶ気力を失ってしまった とぼとぼの感も、 同時に思い起こされるような

仮面舞踏会

宣言解除の6月から 外に出てはいるものの、 職場と自宅の往復のみで 気分は一向に上がらない。 正直なところ、 マスクの着用が こんなにきついとは 思わなかった。 頭のてっぺんからつま先へ至るまで 風が抜けていく感覚がなく、 顔面に関しては さながら”水素爆発”寸前である。 今月は知人から ちょっと会わないか というお誘いを受けたが、 体調も気分もすぐれず とりあえず延期にしてもらった。 会話による飛沫の防止ということで 職場でも極めてワンマンに振る舞い、 ”ぼっち街道