鐘が鳴る…「退団」というセレモニーの始まり
昨日、月組の大千秋楽を観劇しました。7人の退団者は晴れやかな顔で、ラストの「Forever Takarazuka」での涙はとても美しく、今まで積み重ねた日々の想いが浄化されていく様でした。
現在、世の中では離職者の増加により、人手不足が問題になっています。宝塚ホテルも他人事ではなく、毎日の業務に必要な従業員の確保に四苦八苦しています。短い時間でも共に働いた人との別れは寂しいものです。
私が、ホテルにきて、驚いた事の一つに「退職」がありました。まだ1年目のある日、宴会セールスで働いていた、Nさんが突然やってきて、「明日、退職する事になりました。短い時間でしたが、ありがとうございました。」と…。私はびっくりして、「何年お勤めになられたのですか?」とお聞きしました。「宝塚ホテルに40年です。」…。毎日、きちんとした身なりでいらして、お客様からの電話対応をコツコツとこなし、若い社員が困っていると何気なく声をかけて電話を代わって下さるような方でした。40年が、この一言で終わる…
私が「退職」=「退団」を経験したのは宝塚歌劇団だけです。「鐘が鳴る」と言いますが、私は「次の公演は「エリザベート」です」と言われた時に全身に鳥肌が立ったのが「鐘」みたいなものだったのではないかと思っています。そんな風に突然やってきます。そして今までに無かった感覚に陥ると思います。そうして「退団」を決意するとまず、組のプロデューサーに報告に行き許可をもらいます。許可が出ると、集合の日にお稽古場で「退団」を発表し皆に挨拶をします。大切な人に事前に言っておく人もいますが、私は組長でしたから殆ど言いませんでした。組子にとって「退団」はその時突然知らされる事が殆どなので、上級生である程、組内がざわついて、驚いて泣き出す人までいます。その後、他組のお稽古場や劇団スタッフがいる事務所、劇場の楽屋、お衣裳さん、食堂等、全ての部署を回って「退団」の報告をします。挨拶する度に「なんでやめるの?!」「やめたら何するの?!」の質問攻めです。笑笑
集合は大体13時からなので、16時頃HPに退団者の連名が出ると、知り合いや友達、上級生・下級生またお客様からの連絡が山の様に送られてきます。長く居れば居る程、お付き合いが深いので、一人一人丁寧に対応していると1週間はかかります。
そうして、退団のセレモニーが少しずつ始まります。次に通常の公演のお稽古をしながらCSのサヨナラ番組の収録や、歌劇などへのメッセージ、組長だった私は次の組長への引き継ぎ、お茶会・フェアウェルパーティの打ち合わせ、千秋楽の日に持つお花の発注、10日前にはお化粧前を真っ白にする為その準備、退団日の片付けのお願い、千秋楽の袴と段取りの準備。そしてそして…1番大変なのは、皆様へのお礼状です。組子・他組の方・先生方・スタッフ・お客様、全てに出します。組子には東京公演の千秋楽、全員のお化粧前に置きます。全ては決まりではありません。ただ、多くの卒業生がこれをこなして退団をしています。私は、今日は5人、明日は3人等と決めて朝や休憩時間に少しずつ書きました。在団中に送り出した上級生・下級生は100人以上いますが、今まで戴いたその最後のメッセージは私にとって、一生の思い出になっていました。一人一人の顔と内容が浮かび、ペンが動き出すのを待ちながら少しずつ書きました。前楽の終演後にその封筒を一人づつのお化粧前に置き、ずっと心におさめていた最後の挨拶の言葉を整理して眠りにつきます。
最後の日は清々しい程澄み渡る青空で、洋服や鞄そして靴まで真っ白に身を包み楽屋入りをしたのを、皆が迎えてくれました。退団の日はいつも通りには行かず冷静であろうとしても何処となくフワフワと夢見心地でした。最後の挨拶で大階段の真ん中に立つと眩しくて殆ど何も見えません。世界には私一人しかいないのではないかと思うほど、暗闇の中で一筋の光が自分を照らすのです。私は一度、挨拶の内容を忘れましたが思い出して話した事を覚えています。この挨拶の言葉は、私が何年も温めていた言葉でした。
そうして、退団のセレモニーは東京公演の楽屋を出るまで続きます。
月組の千秋楽を観て、宝塚という場所にはどんな下級生にも輝く場所があり、自分の最後の言葉に2000人が耳を傾けて聞いてくれて、温かい拍手を全身に浴びて「退団」出来る「夢の場所」。なんて綺麗なのだろう…
あれは「幻」だったのか…
Nさんには、そっと最後にささやかな贈り物を用意する事しか出来ませんでした。初めて、普通の「退職」をまじかで見て何故か寂しくて涙が出そうになりました。でも、誰も泣いてない。それが「普通」なんだと何ともないふりをしました。あの後、親しい仲間でささやかなお別れ会をしたのかもしれません。
どちらが良いかなど、比べる必要もありませんが、退団者があんなに光り輝いて見える場所はそう無いでしょう。5年の月日が流れ、私はもう違う場所で生きているのだと実感した日。
私もそろそろ「心の退団」をする時がきました。退団者のこれからに幸多かれと願いながら、劇場を後にしました。
すーさん
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