トカイタロウ

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アフロの君と、Xジェンダーの私に、大好きのハグを

その日、1ヵ月ぶりに会った親友は、突然のアフロ姿で私の前に現れた。 "アフロもどき”ではなく、正式な全力アフロ。 「なぜ正式と言えるんですか」と突っ込まれたら狼狽えそうなので、念のため事前に「アフロ 正式」で検索しておいた。 出てきたナイスガイとマイナイスフレンドを比較調査した結果、それらには大差がないことが判明したので、アフロに関するなんの権威もない私で申し訳ないのだか、正式とさせてもらう。 アフロは彼女にとっても初のチャレンジだったけれど、イカしてるし、とても似合っ

    • わかりやすい不幸は描けない

      「多様性」という言葉の広がりとどちらが先か分からないが、ここ数年の映画やドラマには色んな人物やパートナーシップが登場するようになった。眼鏡をかけたディズニーヒロインが登場したり、アセクシャルの2人が主人公になったり。そして、同性カップルが出てくる物語も驚くほど増えてきた。 同性愛がテーマの映画の枕詞には「禁断の」というワードが付き、その上放映はミニシアターだけ、という頃を思うと、時代の動きを感じる。「無いもの」が「(ごくごく限られた遠い世界には)あるもの(だけど禁断ですよ)

      • わざわざ書くまでもない彼女のこと

        「パートナーどんな人なの?」と聞かれると、いつも困ってしまう。彼女を一言で表すような言葉を僕は持ち合わせていないし、だからと言って適当な形容詞で表現するのは勿体ない気がしてしまうからだ。 でも、単なるコミュニケーションであるこの質問に対し、「一言で表現するのは難しいのだけど、まず彼女という人は…」と熱弁すれば、間違いなく”面倒な奴”認定をされてしまうので、結局いつも「明るくて元気な人です」という、当たり障りのない回答に落ち着くことになる。(余談だがこれを言うとき、いつも自分

        • 【イベントレポート】同性婚のそこんとこだいじょぶ総会?(2020/08/30)

          リアルタイムで参加しました。 学びが深かったとの「いやこんなすごい人たちが同性婚実現のためにめちゃ頑張ってるのに、何もしなくて良いのか!?」みたいなテンションになったので、とりあえずまとめてみました。 ※本レポートはイベント関係者ではない私が勝手に書いているものです ※アーカイブはこちらから見れるみたいです https://www.youtube.com/watch?v=2gGxrm2XodI&feature=youtu.be イベント概要やる気あり美の太田さん&みしぇう

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        アフロの君と、Xジェンダーの私に、大好きのハグを

          僕と私が#7

          その頃の僕はすっかり新しい生活にも慣れ、忙しい毎日を過ごしていた。就職したのは小さな若い会社で、ワークライフバランスなんて関係がない環境だったから、あまり他のことをする余裕はなかった。 せっかく借りた部屋には、ほぼ寝に帰るだけだった。 学生の時に住んでいた部屋より手狭なのに、家賃は倍近くかかることは馬鹿らしく思えたけど、この馬鹿らしい家賃を払うたびに自立した大人になった気がした。 住んでいたのは、街全体が商店街みたいな活気のある場所だった。これだけ店があれば、自炊しなくて

          僕と私が#6

          大学卒業後、僕はスタバの潰れてしまう小さな街を出て、スタバだらけの東京に引っ越した。 結局大学生の間中、僕と私は幾度となくバトンタッチをした。 スマホのアルバムを見返すと、振袖を着た私、スラックスを履いている僕、彼氏一緒に微笑む長い髪の私、成田凌もどきの髪型でベリーのお母さんとピースしている僕、が時系列で並んでいる。 大学は、あまり楽しくなかった。 女子大生ブランドを押し付けられるような、綺麗でいることがキャンパスの中心を歩く条件であるような圧力が、面倒臭く思えた。 だか

          僕と私が#5

          カウンターにいた木場さんは紅茶のおかわりをオーダーした。穏やかでゆったりとした、平べったい声だと思った。 「亜希ちゃんはどう?まだいい?」とお母さんに声をかけられた。もうカップは空になっていたので、アイスコーヒーをもらうことにした。少し喉が渇いているように感じて、ミルクとシロップはなくて大丈夫と付け加えた。 私の声に返事をするようなタイミングで「常連さんですか?」と平べったい声が飛んできた。顔を上げると、木場さんがこっちを向いていて、それが間違いなく私に向けられた言葉とい

          僕と私が#4

          大学生の私が住んでいたのは、日本で最高レベルに寒い街だった。「観測史上最高の」などといった暑さの自慢はあるのに、寒さの自慢はあまり聞いたことがない。控えめで口数が少ないと言われる県民性ゆえなのか、そもそもそんなこと別に自慢にはならないからなのか、そのことは街の人以外にはあまり知られていなかった。 私は、GWが終わらないと桜が咲かない、その静かな街が好きだった。 古いバスセンターが起点になってて、地元の人じゃないと読めないような地名がほとんどで、何十年もやっている街の喫茶店が

          僕と私が#3

          最初は、大丈夫だった。 「そういうのも似合うね」という彼に、私はちゃんと「ありがとう」と笑えていた。 でも、どうしても、どうしても、無理になってしまった。 私を愛おしそうに見つめる目が、前を歩く彼が私に差し出す手が、私を包んでしまうくらい大きな身体が。 彼の「男」を感じるたびに、自分が「女」を要求されているように感じてしまう。僕になった私が、それに耐えられなくなってしまうのは、もう時間の問題だった。 ちゃんと好きだった、はずなのだ。 優しくて、穏やかで、頼りになって、大

          僕と私が#2

          Xジェンダーという言葉を知ったのは、それからずっとずっとあとの、大学2年生のときだった。 その時の私は、とある地方都市の大学に進学していて、そしてどうやら自分のセクシャリティは‟治らない”ものらしいと薄々気づき始めていた。 学年が進むにつれて、自分の中での男と女の色がそれぞれよりハッキリ存在感を示すようになってきて、高校生になるころには僕であることが多くなった。 ただ私はそれを環境によるものだと考えていて、だから楽観的だった。この環境じゃなくなれば元に戻るんだろうなと漠

          僕と私が#1

          喫煙所から見上げる空は、いつも四角だった。 スカッとした晴れの日も、今にも雨が降り出しそうな曇りの日も、いつも四角。 周りに建つのは‟東京の象徴”というには低すぎるビルないのに、それでもこうも空を区切って隠してしまうのだから、数年前からやっているという大規模な再開発が終わる頃には、この街からは空は消えてしまうような気がする。 ここにいると「みんな同じ空の下にいる」なんて、嘘に思える。 誰が誰のために言い出したのかは知らないが、確か昔好きだった幼児向け番組に出てくるお

          ここまでは上手く生きてきたんだし

          好きな歌がある。 LUCKY TAPESというバンドの“MOOD”という歌である。 この歌の歌い出しがたまらなく好きだ。 ここまでは上手く生きてきたんだし 金も名誉もないけどさ 好きなことばっか追い掛け回して死にたい なんだか漫画に出てくる夢追いバンドマンが言いそうなセリフだが、でもやっぱ好きなことばっか追い掛け回して死ねたらいいよなぁと素直に思う。 ここまでは上手く生きてきたんだし、余計に。 ◇ 大人になって、社会に出て、 自分で決めないと人生は進まないことを知っ

          ここまでは上手く生きてきたんだし

          ちゃんとガッカリできる人間になりたい

          偏屈で性格に難がある人のように思われるから、あんまり人に言ったことはないのだけれど、実は旅行が好きじゃない。 旅行に出ると、「すべての瞬間を楽しまなくてはいけない」ような気になってしまい、すべての事象に対する期待値が異様に高まってしまう。 体調は万全じゃないといけないし、天気だって最高じゃないといけないし、行きの道の渋滞なんかで時間をロスしちゃいけないし、食事は毎食「らしい」ものを食べて感動しなくちゃいけないし、観光も抜けもれなくスムーズにしなくちゃいけないし、宿も予想よ

          ちゃんとガッカリできる人間になりたい

          嬉しいことはあまり起きてほしくないんだ

          僕があの子と別れてもう4ヶ月とちょっと経った。 4ヶ月とちょっとも経つのに、自分がまだこんなに苦しいなんて、まだこんなに好きでいるなんて、全然想像していなかった。 去年、春になる頃付き合いだして、秋になる頃には別れてしまったから、僕たちが付き合った期間はほんのわずかで、きっと一緒にいた時間よりも、その前の密かな片思いの時間よりも、これからひとりあの子のことを思い出す時間が1番長くなっていくんだろうなと思うと、なんだか自分がひどく弱い生き物のように感じられる。 僕は彼女の

          嬉しいことはあまり起きてほしくないんだ

          僕にはできないことがたくさんある

          僕は昔から「優等生」だった。 それも、‟自他ともに認める”という枕詞が付くくらいの優等生。 決められたルールを破ることなどせず、遅刻や忘れ物なんて論外で、成績はトップクラス。バスケ部の部長を任され、選抜のキャプテンにも選ばれちゃたりして。そして抜け目なく「明るくて面白い奴」枠にきちんと収まり、教育実習に来た大学生を助けるためになにかとボケて実習生と生徒の距離を縮めることはもはや毎年の恒例行事だった。 当時、僕にはできないことなんてなかった。 でも、そんな僕はなにかで1番

          僕にはできないことがたくさんある

          僕の最初のカミングアウト

          この前、「LGBTQ100人カミングアウト上映会」に参加をしてきた。上映会の名の通り「カミングアウト」をひとつのテーマとしたイベントだったのだが、話を聞いているうちに忘れかけていた「僕の最初のカミングアウト」を思い出した。 僕の最初のカミングアウトの相手は大学時代からの親友だった。「カミングアウト」というと、「相当な勇気を持って」、「意を決して」みたいなイメージが浮かぶが、僕の場合は少し違った。 「本当の」初恋、そして失恋大学2年生の冬、僕は大学で行われた10日間の国際キ

          僕の最初のカミングアウト