【ショートショート】隣人

土曜日の朝。目覚まし時計を1音目で止め、坂本は布団から出た。時計の針は5時00分を指している。顔を洗い、インスタントコーヒーを淹れ、読みかけの本「起業入門」を開く。6時ちょうどに本を閉じ、スポーツウェアに着替え、家を出る。そして、ビジネス系YouTubeを聴きながら、アパートの近くの川沿いを1時間ほど走る。帰宅後はシャワーを浴び、ニュースを見ながら朝食をとる。
「今日もいい朝活ができた。」

9時ちょうどに家を出て、行きつけのカフェへ行く。開店直後で、客はまだいない。注文するのは決まって「ブレンドSサイズ」。坂本はいつもの席に座り、家から持ってきたパソコンと本「初心者のためのプログラミングの教科書」を開く。
11時30分に席を立ち、アパートへ帰る。部屋に入ろうとしたとき、隣の102号室のドアが開いた。
「佐伯さん、こんにちは。」
「こんちわ〜」
佐伯はそう言って、大きなあくびをした。ジャージ姿にサンダル。寝癖があって、右手にはごみ袋を持っている。それになんだか酒臭い。坂本は逃げるように自分の部屋に入った。
昼食を食べ、「起業入門」を読む。16時ちょうど、夕飯の買い物のためにスーパーへ。大好きなワインが特売価格で売られており、坂本はワインを一度手に取ったものの、元あった場所に戻した。
「今は我慢。お金持ちになったらいくらでも飲めるんだ。」
そう自分に言い聞かせて、会計を済ませ、店を出る。
夕飯を食べていると、隣の部屋が騒がしくなってきた。佐伯がまた友人と騒いでいるのだろう。これで3週間連続だ。しかしうるさいと思う反面、羨ましい気持ちも坂本にはあった。節約のためにと、会社の飲み会には参加せず、家でもめったにお酒を飲まなくなった。だが今は、将来のために節約をしたほうがいい。少子高齢化が著しい日本では、給料はいっこうに上がらない一方、これからも税金が上がり続けるだろう。それに結婚し、子供が産まれたらますますお金が必要になる。坂本は目ざまし時計をセットし、21時ちょうどに布団に入った。



早朝、隣の部屋から聞こえる足音で、佐伯は目を覚ました。
「今日も朝からうるさいなぁ。」
少しすると静かになったので、再び眠りにつく。
11時頃、目を覚ました。テーブルには飲みかけの日本酒とお菓子の袋。佐伯は水を1杯飲み、部屋のごみを袋にまとめ、外に出た。すると、どこかから帰ってきたのだろうか、隣の101号室の坂本が、扉の鍵を回しているところだった。向こうもこちらに気づき、お互いに軽くあいさつをした。
昼食を済ませ、床に積んであった漫画を開く。半年前に坂本から「自分にはもう必要ないので、もしよければ貰ってくれませんか?」と言われ、貰った漫画だ。積み上がった漫画の横には、同じく半年前に坂本に貰ったゲームソフトが置いてある。
気がつくと、いつの間にか空がオレンジ色になっていた。漫画を閉じ、着替えて夕飯の買い出しに行く。
「お、ワインが安いじゃん!ラッキー。」
せっかくだから友人を誘って飲み会でもやろう。佐伯は3本のワインをかごに入れた。他に酒のつまみをいくつか購入し、部屋に戻った。夜になって、友人3人が部屋にやってくると、すぐに宴が始まった。
「佐伯お前、酒ばっか飲んでっけど、ちゃんと貯金してんのか〜?老後にどうなっても知らねーぞ。」
「いいのいいの!お金は使わないともったいないだろ。そうゆうお前はどうなのさ。」
「俺もスッカラカン。」
つまみが少なくなってきたので、ピザの出前を注文。ついでに酒も買い足した。そして気がつけば23時をすでに回っていた。「終電がなくなってしまう」と、彼らは急いで解散した。
その後、佐伯は風呂に浸かりながら、友人の言葉を思い出していた。
「お隣の坂本さんみたいな人は、老後の心配とかもないんだろうなぁ。」
一瞬、不安な気持ちになったものの「飲みすぎたかな」と思い直し、風呂を出た。日付が変わる頃、佐伯は布団に入った。





深夜未明、日本で震度7の巨大地震が発生し、坂本と佐伯のアパートは一瞬にして崩壊した。崩れたアパートから、生存者は発見されなかった。

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