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密着取材(ちくま800字文学賞応募作品)

アカデミー賞受賞監督・西園寺怜子に密着し、ドキュメンタリー番組を作る。その企画は、怜子が新作映画の制作を発表した日から始まった。

私は番組のプロデューサーとして、当初から怜子と接していた。
怜子は、世間のイメージそのままの、気難しい職人のような女だった。
自分にも他人にも厳しく、演技の指導には一切手を抜かない。スタッフや俳優と口論になることも珍しくなかった。

「私は悪役なのよ。人間、追い詰められなきゃ出てこない表情がある。張り詰めた弦が切れる時、キンって鳴る。私が撮りたいのは、そういうもんなの」

怜子はカメラを前に淡々と語った。

そんな怜子が病に倒れたのは、映画の撮影が終盤に差し掛かった頃だった。

「肺がんだって。ステージ三。余命は二年」

言葉を失う私に、怜子は言った。

「あのさ。取材、続けてくれないかな。全部、撮ってほしいんだ」

怜子は、がんと戦いながらメガホンを取った。
毎日スタジオやロケ地と病院を行き来し、時に点滴を引きずりながら、変わらぬ態度で撮影に臨んだ。

私たちは、言われたとおり、彼女のすべてを撮った。
撮影で見せる真摯な表情。病院で医師と話す様子。高熱を出して寝込む姿。家族に見せる笑顔。次第に痩せ細っていく手足。
抗がん剤治療が始まると、「こんなに薄くなっちゃって」とカメラの前で髪をかき上げた。
映画のクランクアップでは、渡された花束に埋もれて、初めて涙を見せた。

完成した映画の公開を待たず、怜子はこの世を去った。
葬儀には、大勢のファンが詰めかけた。
私たちは、葬儀の間もカメラを回した。
穏やかな表情の遺影も、遺族の涙も、火葬場の煙突にたなびく煙さえ、カメラに収めた。

それらの映像は、二時間のドキュメンタリー番組として、全国に放映された。
これを見たある評論家は、こう言った。

「これは、西園寺怜子の真の遺作だ。彼女はその最期の日まで『西園寺怜子』を演じきった」



トップ画像出典∶photoAC

#ちくま800字文学賞 応募作品です。