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Don’t cry,my hero.

 幼なじみのナナちゃんは、小さい頃から「女の子らしさ」とは無縁の子だった。髪はいつもショートカット。おままごとは嫌い、サッカーが大好き。スカートは絶対履かない。
 お遊戯会で「アンパンマン体操」を踊った時は、他の女の子がみんなメロンパンナやドキンちゃんのお面を作る中、一人だけアンパンマンのお面を作った。お絵かきが下手なナナちゃんのアンパンマンは、紫色の顔に黄色のほっぺをして、まるでナスのおばけみたいだったけど、ナナちゃんはちっとも気にせず、誰よりも元気に踊っていた。

 そんなナナちゃんと私は、昔からなぜか気が合った。中学生になって、私は吹奏楽部、ナナちゃんは女子サッカー部に入ったけど、登下校はいつも一緒だったし、休日もよく二人で遊びに行った。

 誰にでも気さくに話しかけるナナちゃんは、クラスの人気者だった。でも、みんなの態度は、小学生の頃とは少し違っていた。
「いいなぁ、佐藤さんと仲良くて」 
 よく、クラスメイトからそんなことを言われるようになった。ナナちゃんは誰かを特別扱いなんてしないのに、何がそんなに羨ましいのかと不思議に思っていたけど、すぐに分かった。休み時間にナナちゃんと一緒に騒いでいる男の子の視線は、ともすればそのうなじや、すっと伸びた手足に注がれていたし、サッカーコートのフェンスには、いつも女の子達が群がって、黄色い歓声を上げていた。私が幼なじみだと知ると、ナナちゃんに渡して欲しいと、手紙やプレゼントを押しつけてきた。

「自分で渡せばいいのにさぁ……ほら」
「まいったなぁ」
 ナナちゃんは苦笑いしながら、私が突きつけた封筒の束を、バッグにそっとしまった。
 テスト前の放課後、私たちは近所の公園に寄り道して、何となく時間を潰していた。
「モテるねぇ、相変わらず」
 ナナちゃんは、返事の代わりにしかめっ面をすると、昨日部活の先輩に呼び出されたのだと言った。
「好きだって、言われた。付き合って欲しいって」
 その先輩は男子サッカー部のエースで、その活躍とルックスの良さから、よその学校にもファンがいるような人だった。
「すごいじゃん! 何て答えたの」
「……まだ返事してない」
「何で? あの進藤先輩でしょ? うちの学校で一番のイケメンだよ?」
「そうなんだよねぇ……」
「嫌なの? 何で? めちゃくちゃいい人じゃん」
「嫌っていうか……あたし、よくわかんないんだよね。好きとか、付き合うとか」
 ナナちゃんはそう言ってうつむいた。私はその横顔を見ながら、きれいだな、と思った。
 ナナちゃんは、実は結構美人だ。睫毛が長くて、鼻筋がすっと通っていて、ショートカットの黒髪はまっすぐでさらさら。日に焼けた肌にはシミひとつない。触れてみたいって思う気持ち、すごくわかる。
「イメージできないんだよ。先輩と付き合って、デートとかして、その先のこととか……」
「……何言ってんの?」
 私はだんだん苛立っていた。
「ナナちゃんだって女の子なんだよ? いつかは彼氏が出来て、結婚して、子供だって作るんだよ。ちゃんと考えたことある?」
 わかっていた。先輩がナナちゃんを好きになったのは、顔や見た目なんかじゃない。明るくて、優しくって、誰とだって友達になれるところ。試合で負けても絶対泣かない強さ。チームメイトの肩を抱いて、力強く励まして、勇気づける。そんなところ――。
「あたしには無理だよ。誰かの彼女にも、奥さんにも、母親にもなれない」
「そんなの、やってみなきゃわかんないじゃん! じゃあ、ナナちゃんは大人になったらどうするの? 何になるの?」

 違う。こんなことが言いたいんじゃない。ずっと前から気づいていた。ナナちゃんが、ほんとは男の子になりたいってこと。体だけがどんどん女の人のそれになっていくことに、戸惑っていること。苦しんでいること。私だけが知ってるのに。

「……アンパンマン」
 ナナちゃんがぽつりと言い、私はぽかんと口を開けた。
「何、それ……」
「いや、ほら……カッコいいじゃん?」
 怒るつもりが、ナナちゃんがあんまり情けない顔をするから、私はつい吹き出してしまった。
「もう、何言ってんだよぉ……バカ……」
「ごめん」
 ナナちゃんが、顔をくしゃくしゃにして笑う。その顔が、下手くそな紫のお面と重なって、いつしか、私達は肩を抱き合って泣いていた。

 私はこれからもずっと、ナナちゃんの友達だ。でも、私はきっともう二度と、あんパンだけは食べない。


トップ画像出典∶photoAC

これもボツ!お題は「誓い」。

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