結婚式ゾンビ(毎週ショートショートnote)
「哲学的ゾンビ」。たとえ大粒の涙を流していても、「悲しみ」という感情を持たない存在。
今、私の隣にいる彼は、そんな得体の知れない何かに見える。
ブライダルサロンで、彼はにこにことプランの説明を聞いているけれど、その笑顔はどこか不自然だ。
コーディネーターが席を立った隙に、私は思い切って尋ねた。
「……ねえ、トモくん……最近仕事、ないんじゃない?」
彼の表情がぎくりと固まった。
「部屋からタイプの音、しないから……ずっと前からだよね?」
彼はうつむいて唇を噛んだ。
「……ごめん、契約、切られた……」
今まで見せたことのない、苦しそうな顔。いつから黙っていたんだろう。優しい彼のことだ。きっと私のために、ずっと無理をしていたに違いない。
私は心を決めた。
「私達、帰ります」
「ええっ? お、お客様……?」
戸惑う店員たちを置いて、私は彼を引きずるようにして店を出た。
「ねえ、結婚式なんてどうでもいいよ。大事なのは愛だよ。そうでしょ?」
「……ナナちゃん」
彼は泣いていた。
「……ありがとう」
泣きながら笑った。今度はちゃんと、彼らしい笑顔だった。
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5/15~21のお題は「結婚式ゾンビ」。