見出し画像

エンドレス(ちくま800字文学賞応募作品)

「PDCAって、ご存じですか」

男は僕に尋ねた。

「ええ、まあ」

それは、サラリーマンの僕には馴染み深い言葉だった。
PLAN(計画)、DO(実行)、CHECK(評価)、ACTION(改善)。
日々の業務においてこれを実践し、円滑に遂行する。ビジネスの基本だ。
しかし、目の前の男の言う「PDCA」は、ちょっと違うらしい。

「簡単にご説明しますね。まず、PROMISE(契約)。貴方と私の間で交わすものです。次にDECLARE(宣言)。神に対し、転生を宣言していただきます。次がCHANNEL(降霊)。貴方の魂は、転生先の体に乗り移ります。最後がARISE(再生)。貴方は晴れて、この世に新しい命として生まれ変わるのです」

僕はついさっき、交通事故で死んだはずだった。
僕の職場はいわゆる「ブラック企業」というやつで、慢性的な長時間労働が横行していた。
はじめはどこもそんなもんだと思って頑張っていたが、限界が来るのは早かった。
連日の深夜残業と早朝出勤の繰り返しで、ひどい睡眠不足に陥った僕は、帰りの車でハンドル操作を誤った。しかも、ブレーキとアクセルを踏み間違えるというおまけ付き。
僕は車ごと、猛スピードでガードレールを突っ切り、みごと崖下に転落したというわけだ。

そして、気がついたら目の前に、この男が立っていた。
眩しく光る、真っ白なスーツを纏ったその男は、自らを「天使」と名乗った。
そして、僕は特別に、天から「生まれ変わる権利」を授かったのだそうだ。

「めったにないんですよ、死んですぐに生まれ変われるなんて。貴方は大変ラッキーです」

そういうものか。

「じゃあ僕は、次は誰に生まれ変わるのかな」

どうせなら、来世はもっと楽に生きたいものだ。
男はにっこり笑った。

「それはもちろん、貴方自身ですよ。ほら、言うでしょう? 『PDCAを回せ』って。貴方はこれからずっと、貴方のこれまでの人生を繰り返すんです。何度も、何度もね」



トップ画像出典∶photoAC

#ちくま800字文学賞 応募作品です。