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『資本論』を自分なりに読みやすくリライトしていく試み10 -ようやく姿をみせた貨幣形態

資本論
第1部 資本の生産過程
第1篇 商品と貨幣
第1章 商品

第3節 価値の形態または交換価値5/5

前の記事:第3節 価値の形態または交換価値4/5

<第3節の目次>

第3節 価値の形態または交換価値
  A. 基本的または偶発的な価値の形態
   1. 価値表現の両極―相対的価値形態と等価形態
   2. 相対的価値形態
     (a.)性質と重要性
     (b.)相対的価値形態の定量的決定
   3.等価形態
   4.全体的に考えてみる価値の基本形態
  B. 全体的または拡大された価値形態
   1. 拡張された相対的価値形態
   2. 特別の等価形態
           3. 全体的または拡大された価値形態の欠陥
  C. 価値の一般的な形態
   1. 価値形態の変化した性質
   2.相対的価値形態と等価形態の相互依存的な発展
   3.一般的な価値形態から貨幣形態への移行
  D. 貨幣の形態

※第3節は複雑に分けられています。今回は、3-C、3-Dを読んでいきます

C-1 価値形態の変化した性質

出典:Marx, Karl. Capital: A Critique of Political Economy V. 1 (Illustrated and Bundled with The Communist Manifesto) (English Edition) (p.82). www.WealthOfNation.com. Kindle 版.

この形態(形態C)では、すべての商品はその価値を、一つの商品によって簡単かつ統一した形で表しています。商品の価値はすべての商品にとって共同であり、それゆえ一般的であるといえます。

(おさらいになりますが、)
Aで示した形態――
1着の上着=20エレのリンネル、10ポンドの茶=1/2トンの鉄

などの等価形態では、
上着の価値はリンネルに等しいものとして、茶の価値は鉄に等しいものとして表現されています。この価値表現は、リンネルと鉄が異なっているように、異なっています。このような交換が実際に行われたのは、時折偶然に行われる交換によって労働生産物が商品に転嫁される、そもそもの始まりにおいてだけです。

Bで示した、
z量の商品A=u量の商品B または  
      =v量の商品C または
      =w量の商品D または…

という形態では、Aの形態よりも完全に、一商品の価値をその商品自身の使用価値から区別しています。
例えば上着の価値は、いまやありとあらゆる形態で、すなわちリンネルに等しいもの、鉄に等しいもの、茶に等しいもの、等々として――つまり、上着以外の他のあらゆるものに等しいものとして、上着の自然形態に相対するからです。あらゆる商品は、ただ等価物の形態のみで現れています。

そしてより新しい形態Cは、商品世界の諸価値を、商品世界から分離された一つの同じ商品種類、例えばリンネルで表現します。すべての商品の価値は、商品リンネルとの同等性によって表されます。
あらゆる商品の価値は、それ自身の使用価値から区別されるだけでなく、まったくそのことによってその商品は、「その商品とすべての商品とに共通なもの」によって、表現されます。

この形態がはじめて現実に諸商品を互いに価値として関連させ、言い換えれば、諸商品を互いに交換価値として表したのです。

最初の2つの形態は、商品の価値を、種類を異にするただ一つの商品か、一連の多数の商品によって表現しました。どちらの場合にも、自分自身に価値形態を与えることは、いわば個々の商品の私事として、他の商品の助けなしにそれを成し遂げます。他の商品は、その商品に対して、等価物という受動的な役割を演じます。

これに対し、一般的価値形態(形態C)は、商品世界の共同事業としてのみ成立するものです。
商品は、ほかのすべての商品によって、一般的価値を獲得することができます。価値としての商品は純粋に社会的な存在であることが明らかになり、この存在はそれらの社会的関係の全体によってのみ表現できます。

リンネルに等しいものとなることで、すべての商品は、質的に等しい(価値一般)として現れるだけでなく、価値の大きさも量的に比較され得るようになります。

すべての商品が価値の大きさをリンネルという一つの同じ材料に映すので、これらの価値の大きさは互いに反映し合います。たとえば、10ポンドの茶=20エレのリンネルであり、40ポンドのコーヒー=20エレのリンネルであれば、10ポンドの茶=40ポンドのコーヒーです。
あるいは、1ポンドのコーヒーには1ポンドの茶に比べて、1/4の価値(労働)しか含まれていないとも言い換えられます。

商品の全世界を包含する相対的価値の一般的な形態は、等価物の役割を果たすように作られた単一の商品、ここではリンネルを普遍的な等価物に変換します。
これによりリンネルという物質は、あらゆる種類の「人間の労働」の目に見える化身となります。リンネルが一般的な等価物として機能することで、リンネルの製造に従事する私的な個々の労働(例えば機織り)が社会的な性格を持つようになります。つまり特定の商品の製造に従事する労働が他のすべての労働と平等であるかのように見えるようになります。商品の一般形態は、あらゆる種類の実際の労働を、「人間の労働」一般という共通の性質に要約するのです。
そしてその形態は、商品の世界においては、すべての労働が持つ「人間の労働」という性格が、すなわち社会的性格を持つものであることを議論の余地なく明らかにします。

C-2 相対的価値形態と等価形態の相互依存的な発展

相対的価値形態:例えば、「20エレのリンネル=1着の上着」のような形態が相対的価値形態の例です。商品A(リンネル)の価値が商品B(上着)との比較で相対的に表現されています。
等価形態:ある商品が他の商品と交換されることによってその価値が直接的に表現される形態です。商品AとBが直接交換され、「1着の上着=20エレのリンネル」といった形で、商品Aの価値が商品Bと等価であると示されます。)

相対的価値形態の発展の程度は、等価形態の発展の程度に対応します。しかし、後者の発展は前者の発展の表現であり結果にすぎないことを心に留めておかなければなりません。

商品の、簡単な、または個別の相対的価値形態は、他の商品を個々の等価物にします。
拡張された相対的価値形態、すなわち他のすべての商品による一つの商品の価値表現は、それぞれの商品に様々な種類の特別な等価物の性格を与えます。
そして最後の形態においては、ある特殊な商品(たとえばリンネル)が世界的な等価物の性格を得ます。それは、他のすべての商品がそれ(リンネル)を自らの価値を表すものとするからです。

価値形態一般が発展するのと同様に、その両極である相対的価値形態と等価形態の対立関係もまた発展します。

第一の形態、20エレのリンネル=1着の上着は、すでに対立を含んでいます。同じ等式が前から読まれるか後ろから読まれるかによって、リンネルと上着という2つの商品極の演ずる役割は異なってきます。ある時は相対的価値形態にあり、あるときは等価形態にあります。

(補足:「対立関係」という言葉が用いられるのは、それぞれが商品の価値表現の異なる側面を強調しているためです。相対的価値形態は他の商品との比較によって価値が相対化されるのに対し、等価形態では直接的な交換によって価値が明示されます。商品の価値が他の商品との関係で決まるか、それとも直接的な交換で決まるかという視点の対立と言えます。)

形態Bにおいては、常にただ一つずつの商品が、相対的価値を極限まで拡張しているにすぎません。
言い換えると、他のすべての商品が、その拡張に対して等価形態にあるからこそ、またその限りでのみ、その商品自体が拡張された相対的価値を持ちます。ここではもはやこの等式を逆にすることはできません。
(なぜなら、この等式が成り立つのは、特定の商品(ここではリンネル)のみが他の商品と比較し価値を拡大しているからです。)

20エレのリンネル=1着の上着、または
20エレのリンネル=10ポンドの茶、または
20エレのリンネル=1クオーターの小麦

などの両辺を置き換えるには、この等式の全性格を変えて、拡張された価値形態から一般的価値形態に転化させることなしには不可能です。

最後に、形態Cは、ついに商品世界に一般的社会的な相対的価値形態を与えます。それは、ただ一つの例外(リンネル)を除いてすべての商品が一般的等価形態から排除されているからで、だからこそリンネルが、他のすべての商品と直接的な交換可能性という性格を得ます。この性格は他のすべての商品にはありません。

等価物の役をつとめる商品は、商品世界の相対的価値形態からは排除されます。
もしリンネルが、すなわち等価役をつとめる何らかの商品が、同時に相対的価値形態にも参加するとすれば、それは自分自身の等価役をもつとめなければなりません。その場合には、20エレのリンネル=20エレのリンネルという、価値も価値の大きさも表せない同義反復を得るだけです。
等価物の相対的価値を表現するためには、むしろ形態Cをさかさにしなければなりません。一般的等価物は、他の商品と共通の相対的価値形態を持っておらず、その価値は、他のすべての商品の無限の列によって表現されます。
こうして、いまや拡張された相対的価値形態、形態Bが、等価物商品の特別・独自の相対的価値形態として現れます。

C-3 一般的な価値形態から貨幣形態への移行

一般的等価形態は、価値の一般的な形態の一つです。したがってどの商品もこの形態をとることができます。

他方、一商品が一般的等価形態(形態C)にあるのは、それは単にその商品が他のすべての商品から等価物として除外されているためであり、またその限りにおいてのことです。
そして、この排除が、最終的に一つの特定の商品に限定されるようになった瞬間から、その瞬間からのみ、商品世界の相対的価値の一般的形態は、真の論理的一貫性と一般的な社会的妥当性を獲得するのです。

このようにして、その身体的形態が社会的に認知された等価形態となる商品が、貨幣商品となり、あるいは貨幣として機能します。
商品世界の中で普遍的な等価物の役割を果たすことが、その商品の特別な社会的機能となり、その結果、社会的独占となります。

形態Bでは、それぞれがリンネルの特定の同等物となりました。形態Cでは、それぞれがリンネルにおける共通の相対的価値を表しており、この最上級の地位を獲得したものは金です。形態Cにおいて、商品リンネルの代わりに金を置けば、次の形態が現れます。

D 貨幣の形態

出典:Marx, Karl. Capital: A Critique of Political Economy V. 1 (Illustrated and Bundled with The Communist Manifesto) (English Edition) (p.87). www.WealthOfNation.com. Kindle 版.

形態Aから形態B、そして形態Bから形態Cへの移行、変化は本質的なものです。一方で形態Cと形態Dの間には、後者ではリンネルの代わりに金が等価形態をとっている点を除き、違いはありません。形態Dの金は、形態Cのリンネルと同じ、つまり一般的等価物です。言い換えると、一般的等価形態は、いまや社会的慣習によって、最終的に金という物質と同一視されるようになったということです。
金が他の商品に対して貨幣として相対するのは、金がすでに他の諸商品に以前から商品として相対していたからに他なりません。他のすべての商品と等しく、金もまた孤立した交換行為における個々の等価物として役割を果たしてきました。また、他の商品の側で、特定の等価物として機能することもできました。

徐々に金は広い範囲か狭い範囲かの違いはあっても、一般的等価物として機能し始めました。金が商品世界の価値表現におけるこの地位を独占するや否や、それは貨幣商品となり、そして貨幣商品となった瞬間にはじめて、形態Dは形態Cと区別されます。言い換えると、一般的価値形態が貨幣形態に変化したのです。

すでに貨幣商品として機能している商品(たとえば金)による、一つの商品(たとえばリンネル)の簡単な相対的表現は、価格形態です。なのでリンネルの価格形態は、
20エレのリンネル=2オンスの金
であり、
あるいは2オンスの金がコインとして2英ポンドとなるのであれば、
20エレのリンネル=2英ポンド
となります。

貨幣形態の概念把握における困難は、普遍的な等価形態と、必然的な結果としての一般的価値形態である形態Cを明確に理解することにあります。

後者は、価値の拡張形態である形態Bから演繹可能です。

これは、私たちが見たように、形態A(20エレのリンネル=1枚の上着)、または(x量の商品A=y量の商品B)という基本的な構成要素から成り立っています。
単純な商品形態が、貨幣形態の萌芽なのです。

つづく

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