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Voigtländer MACRO APO-ULTRON 35mm F2 X-mount

FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/1100s 35.0mm ISO160

完璧なレンズなどといったものは存在しない。完璧な絶望が存在しないようにね。

読んだことのない小説のパロディで文章をはじめた罪の報いはいずれ受けることにして、Voigtländer MACRO APO-ULTRON 35mm F2 というレンズを使うときのわたしの心境は、そんな表現に概ね集約されるかもしれない。

不完全な道具――それがモノであれ技能であれ――を使うさいの心理的態度が、開き直りと妥協の2つに大別されるとすれば、このレンズは後者の態度に親和性がある。開き直れるほど極端ではなく、比較的高い性能と汎用性を備えていて、つねに安定した描写をする。けれども(全ての道具がそうであるように)完璧ではないから、理想までの懸隔のもどかしさといつも折り合いをつけることになる。
言うなれば、安打は多いがホームランは少ないレンズである。決して悪いことではないのだけど、しかし人はしばしばホームランの快感を基準に物事を判断してしまうものだ。だから使うたびに微小のフラストレーションが溜まる。解消される機会は少ない。

多くの人は「高性能だがつまらない」と感じるだろうと思う。それが理由なのかは分からないけれど、利用者を見かけることは少ないし、レビュー記事もほとんどない。

だが、このフラストレーションが癖になり、あるいはムキになって、このレンズを使い続ける人間もなかにはいる。というかわたしがそうである。わたしだけかもしれない。FUJIFILM X-E4 に基本つけっぱなしになっていて、ここ2年、9割近い写真をこのレンズで撮っている。

FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/240s 35.0mm ISO160

X-mount にて先行して発売された2本の NOKTON F1.2 シリーズが、絞りによって描写の変わるオールドレンズ風味の設計だったのに対して(つまり開き直り系)、アポクロマート構成で色収差を徹底的に抑え、任意の絞り値で高い解像性能を実現した本レンズは、どちらかといえば地味で無個性に感じられる。

しかし、眼前の風景を人間の眼よりも見たままに写す XF33mm F1.4 などの新型高性能単焦点とは異なり、この MACRO APO-ULTRON は、たしかに固有の色彩を世界に付与するタイプのレンズだ。

その描写傾向を一言で表現するなら、「水よりも密度の低い液体に視野空間を沈めたような描写」とでもなるだろうか。
「ウェットな描写」とはレンズに対してよく用いられる形容だけれども、水ではなくアルコールとかエタノールとかその辺の液体で濡れている感じなのである。派手さはないがトロリとした立体感があって、見ていて疲れない。

輪郭線の角が取れているが、線が太いわけではない。またコントラストがやや低く、そのぶん階調を豊かに描いてくれる。
視界のすべてを液槽に閉じ込め保存しようと目論んでいるようだ。
ときどき、ハイライトはもっと飛んでほしいなとか感じることもあるけれど(要するに、レンズの特性と逆行するドラマティックな効果を求めてしまうわけだ)、贅沢な要求というものかもしれない。「印象的な」写真にしたければ、ハイキー・ローキー気味にするとまた雰囲気が変わって面白い。

ついでにわたしのよく使う設定の話をしておくと、このレンズについては、シャープネスやノイズリダクションをマイナス側に振るのが好みである。丸められた角が少し戻ってきて、繊細さが増す気がしている。気のせいかもしれない。
フィルムシミュレーションはカラーを +2 した Classic Chrome ばかりを使っている。良い意味で FUJIFILM ぽくなくなる、と思う。

FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/400s 35.0mm ISO160

描写の話ばかりしてしまったので、それ以外のことも。

まず X-E4 との組み合わせで見た目は悪くない。直方体と円柱を接着しましたという感じで、たいへんシンプルな趣である。少し鏡筒がずんぐりしている雰囲気があって、もう少しシャープな形状をしていれば一層 X-E4 と馴染むのにとも思うが、でも描写性との兼ね合いを考えると、これで良いのだという納得もある。
ちなみに付属のフードは長くなりすぎるので使っていない。第一レンズは鏡筒のかなり奥まったところにあるので、それ自体が十分フードの役割を果たしていると思う。

重量は 265g と軽量で、サイズもコンパクトにまとまっている。ポケットに突っ込むのはさすがに厳しいけれども、躊躇なくどこへでも連れていける範囲に収まっている。
これは忘れられがちなことだけれども、写真を撮るためにはまずカメラを持ち運ばなければならないのである。その意味で、軽量コンパクトであることはれっきとした描画性能の一端であると思っている。

絞り・フォーカスリングの使い心地は、さすがはコシナという感じで特に言うべきことがない。ただし、ハーフマクロである都合上、フォーカスリングの回転角を一定に収めるためだろう、無限遠近くのピント合わせが若干シビアになっている。すぐに慣れる範囲だけれども。
ちなみに Voigtländer ULTRON 27mm X-mount はフォーカスリングを思い切り回せばそれで無限遠にフォーカスが合うのだが、MACRO APO-ULTRON は残念ながらそうではないので注意が必要である。

語るべきことはこのくらいだろうか。
レンズのレビューは初めてのことだ。客観的な評価項目に詳しいわけでもないから、本レンズとのごく個人的な結びつきを記述するほかなかった。

結局のところ、わたしはこのレンズが気に入っているのだと思う。
真面目で優秀、なんでもそつなくこなすが、どこか掴みどころがない。傍観者・観察者としての視線を物質化した存在のようである。
写りに情緒がないのはだから仕様であって、そこに不満を感じるのはお門違いなのだ。しかしあと一歩の工夫でなんだって撮れるようなるはずだと期待させる程度の潜在能力はある。そう思わされてしまうせいで、ずっと使い続けているところがある。

正直なことを言えば、手放しに人に勧められるレンズではない。本レンズが変な角度でヒットした人間以外にとっては、「高性能だがつまらない」レンズだと思う。
でもわたしは MACRO APO-ULTRON にもっと売れてほしいと思っている。というのは、APO-LANTHAR の X-mount 版を心待ちにしているからだ。きっとさらに高いレベルでフラストレーションを与え続けてくれるはずだと期待している。
身も蓋もない話だけれど、コシナさんよろしくお願いします。

以下、X-E4 との組み合わせで撮影した作例である。あまり上手くはないし、レンズの全容を余すことなく伝えるものでもないけれど、参考までに。すべて撮って出しだったと思う。

FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/14000s 35.0mm ISO320
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/4 1/1900s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/105s 35.0mm ISO500
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/400s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2.8 1/420s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/4 1/340s 35.0mm ISO320
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/640s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/3000s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/5800s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/32000s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/2400s 35.0mm ISO320
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/300s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2.8 1/105s 35.0mm ISO400
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2.8 1/480s 35.0mm ISO320
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/300s 35.0mm ISO320
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/3.6 1/280s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/4 1/1500s 35.0mm ISO160
FUJIFILM X-E4, MACRO APO-ULTRON 35mm F2,
f/2 1/120s 35.0mm ISO160


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