見出し画像

許されざるあの人へ(前編)

「……そろそろ見回りでもするかな」
 村紗はそう独り言ちてから、命蓮寺の縁側からぴょんと飛び降りる。普段はナズーリンが見回りを担当してくれているが、現在は星の宝塔を探しに出ていて留守だ。まったく仕方のないやつだ、後でナズーリンにめちゃくちゃ文句を言われることだろう。
 真っ青な空が広がる下で、村紗は寺の内外の見回りを開始する。人間も妖怪も分け隔てなく受け入れるこの寺は、人(人間も妖怪もひっくるめて、ね)の出入りがそこそこある。信仰があるのはありがたいことだが、たまーに変な人の姿が周辺にあることも事実であった(命蓮寺の財宝を狙いに来る人間とか、墓場の死体を狙いに来る某地獄猫とか)。なので、定期的に見回りをしておく必要がある。
 まずは寺内部の見回りから開始した村紗だったが、まったくと言っていいほどに異常なしであった。怪しい人影もなし。いつも通りの命蓮寺だ。
「……たまには修行を免れるいい時間になると思ったんだけどな、こりゃちっとも時間潰しにはならなそうだ」
 毎日続く修行にちょっぴり飽きていた村紗。思いの外休憩時間が短そうなことを察すると、はぁ、と一つ溜息をついた。恐らく外も何もないだろうな、と思いつつ、今度は外の見回りを始めた。
 うん、うん、やっぱり特に異常なし――。
「……ん?」
 と思ったのも束の間、裏の墓地に回ったところで、村紗は何かを見つけた。
「はぁぁああ~~~……」
「……そこで何してるんですか、小傘」
 それは、しゃがみこんで明らかに落ち込んでいる小傘の姿だった。心なしか、小傘の持つ傘の表情まで元気がないようにも見える。あまりにも「私は元気がありません」という雰囲気が駄々漏れなので、村紗は話しかけざるを得なかった。
 そんな村紗の声に気付いた小傘は、村紗を見上げるようにくるっと振り返った。
「あれ? 村紗だ。こんな時間に珍しいね、どうしたの?」
「ナズーリンが留守なので、今日は私が見回りをしてるんですよ。そしたら、あからさまに落ち込んでいるあなたを今見たものですから」
「あはは~……中々人間を驚かせなくてさぁ……」
「……あぁ」
 それはいつものことだな、という声を飲み込み、村紗はそれだけ言った。
その時、村紗はあることを思い付く。
「ねぇ、小傘」
「何?」
「もし良ければ、ちょっとお話しでもしませんか? 丁度外にいる時間が欲しかったんですよ」

 *

「……それでね、結局ばれてて寧ろ笑われちゃって」
「うん、それはお疲れ様でしたね……」
 展開も結末もほとんど察していた上、やはり予想通りの話ではあったが、村紗は小傘の落ち込み話を横に座って聞いていた。小傘の外見は割と目立つ格好ではあるし、何より本人に恐怖というものをまるで抱かない。寧ろ人を寄せそうな雰囲気すらある。そんな妖怪が人間を驚かせるというのが無理な話だ……と密かに村紗は思っている。本人には口が裂けても言えないが。
 村紗が暇潰しに付き合ってもらっているお礼に一番できることは、小傘の話に耳を傾けることだ。人は誰かと話をする時、最も求めているのが「自分の話を聞いてもらうこと」だと、いつか聞いたことがある気がする。村紗は小傘を無理に励まそうとはせず、ただただ話を聞いていた。
 しかし、小傘が話している途中でふと思ったことがあった。
「……そういえば、小傘って」
 だから、小傘の話が落ち着いたタイミングで、村紗はそのことを投げかけてみることにした。
「ん? 何?」
「小傘って、そういえばどうして今の姿……妖怪になったんでしたっけ?」
 この幻想郷には様々な存在がいる。霊夢や魔理沙のような人間から、村紗や小傘のような妖怪もいる。また、チルノのような妖精や、守矢神社の二柱のような神様に至るまで。挙げだしたらきりがないくらいの存在がここにはある。
 しかし、それぞれにどのような生い立ちがあるのかは、意外と知らないものだ。
 村紗がそう訊くと、小傘は小首を傾げた。
「私が妖怪になった理由、ってこと?」
「そうです。だって元は傘じゃないですか、小傘って」
「あはは、そうだねぇ」
 小傘はそう笑った後、少し俯く。それを見た村紗は慌てて手を小さく振った。
「あ、話すの嫌だったら話さなくていいんですよ? ただの興味だったので、そんな……」
「ううん、嫌じゃないよ? ただ、思い出しただけなの」
 そして一呼吸おいて、多々良小傘は語り出す。

 *

 知っての通り、私は元々普通の傘だった。普通の傘ではあったけど、当時にしては珍しい紫の地に、唐傘お化けの目と口の模様をあしらった奇抜な傘。明らかに店主の趣味で作られたんだけど、それでも私は自分の姿を誇りに思っていた。だって、他に同じような傘はいないんだもの。
 だけどやっぱり、来店する人は皆、普通のシンプルな傘を選んで買っていく。そもそも私のことなんて眼中にないか、見かけても「何この傘!」って笑っていくだけ。そんな日々が結構長い間続いたの。
 そんなある日、とあるお客さんが来てね。両親と幼い娘の、家族三人連れ。どうやら子どもの傘を買いに来たみたいだった。まだ小さい子だったから、私が配置されている大人用の傘だと大きくて。子ども向けの傘はあっちだよーって思いながらその子を見ていたの。
 そしたら、私の思惑とは裏腹に、彼女は私めがけて真っ直ぐやってきた。
『おかーさん! この傘みてー! 目と口があるー!』
 私は模様が模様だったから、一応売り物ではあったけど、恐らく客引きの飾りみたいに使われていたんだと思う。こういったものは、特に子どもの興味を引くにはぴったりだと思った。
『あら、ほんとだ! 面白いわねー』
 その母親は案の定な反応をして、その子を子ども向けの傘の方に連れて行こうとした。でも、そうしたらその子が言ったの。
『おかーさん、あたしこの傘がいい!』
『えっ!? こ、これ!? もっと違うのあるよ? それに○○にはまだ大きいし……』
『いいのー! これがいい! これがいいのー!』
 なんとか違う子ども傘の方にさせたいお母さんと、どうしてもこれがいいと駄々をこねる女の子。どちらも一歩も引かないもんだから、埒が明かない状況になっちゃって。あれはちょっと面白かったなぁ。
 そしたら、それを見かねたお父さんがやってきて言ったの。
『○○がそこまで欲しがってるなら、俺が買おうか? 面白い傘じゃん、きっと使える日もあるって』
『でもねぇ……うーん……』
 暫く悩んだ末に、お母さんは諦めたように溜息をついて、
『やっぱりあなたの血には抗えないのねぇ、分かった。○○、本当にこの傘でいいのね?』
『うん! かってくれるの?』
『分かった、いいよ。特別だよ?』
『やったぁ!』
 そしてお母さんが店主に私を買うって言ったら、結構驚いた顔をした後にご機嫌そうに私を手渡してくれて。流石に長くて危ないからお父さんが私を運んでったんだけど、その子はずっとるんるんしながら一緒に家に帰ってた。そうして、私はこの子のものになった。

 その子は家に帰ってからもずっとにこにこしてて、「早く雨にならないかなぁ」って、ずっと雨の日を楽しみにしてるくらいで。それを見てたら、私もすごく嬉しかった。この子たちをちゃんと雨風から守ろうって思った。
 そうしてやってきた雨の日には、お母さんが私をさして、その子と一緒に入って散歩してくれたんだよ。特に用事もなかったみたいで、ただただ近くを散歩して家に帰っただけ。それでもその子が嬉しそうだったから、私も思わず笑っちゃった。
 ……あ、笑ったって言っても、その時は私ただの傘だからね。何も起こらないけど。

 だけど、その子が大きくなるまでは使える人がやっぱりお父さんかお母さんしかいなくて。お父さんは私を面白がって何度か使ってくれたこともあったけど、お母さんの方は多分、そもそも私があまり好きじゃなかったんだと思う。いつも「うーん」みたいな顔して私のこと見てたしね。
 使用頻度も大して多くなかったからか、はたまたその後にずっと物置に保管されていたからか、私大分物持ちよくてね? いつの間にか、幼かったあの子も、私が買われてから数年経てば、年齢が二桁になってた。私その間ずっと、また使われるのを待ってたの。
 そんなある日に、お母さんが思い出したように私を物置から出して彼女に言ったんだ。
『○○、この傘使う? まだ小さい頃に、あなたが欲しいって言ってた傘なんだけど』
 きっとこれでまた使ってくれる日が……って、思った矢先。
『えっ……私、こんな傘欲しいって言ってたの?』
 明らかに幻滅した顔で、私を見てそう言ったんだ。
 その時の顔は、今でもはっきり覚えてる。きっと笑顔で頷いてくれると思ったのに、やっとまた近くに入れると思ったのに、思いもしなかった顔でこっちを見たんだもの。そしてはっきりと言ったの、『使わない』って。そしたら今度はお母さんの方がほっとしたような表情を浮かべて『そうよね!』って。
 私、もうどんな思いを今自分が抱いているのかも、分からなくなっちゃって。
 だって、あんなに「欲しい」って言ってくれて、嬉しそうにさしてくれて。でも、まだ体格とのバランスが悪いから暫く待っていたのに、いざその時になったら覚えてなくて、しかも突き放すような表情をされて? ……私、そんな顔していいのかも分からなかったよ。傘だから顔も何もないけどさ。
 結局その後、どこかの道端に私は置き去りにされて捨てられてしまった。そもそも店でも全然売れなかった傘だから、拾って使う人もいなかった。皆、捨てられた私を見ては怪訝そうな顔をして通り過ぎてく。たまに、いかにもいたずら好きそうな男の子がやってきて、私を振り回したり相手を怖がらせるために使ったりとかはあったけど……ね。
 終いにはぼろぼろになって、触る人さえいなくなって、気付いたらある日に妖怪になっていたの。経緯としては、そんなところかなぁ。

 *

 村紗と小傘の間に静かに風が吹く。話を聞いた村紗は、自分の表情が固まっていることに気付いた。多少口が固まって動きづらい感覚を抱きつつ、なんとか言葉を発した。
「過去の小傘に、そんなことが……」
 そう言う村紗の顔を見て、小傘は思わず苦笑した。
「もうだーいぶ昔の話だよ、そんな顔しないで」
「まぁ、余程のことがないと妖怪と化すことがないと分かっていても、やっぱり他の人の話を聞くと辛いものがありますね……」
「あはは、そうだねぇ」
 話の内容とは裏腹にからからと小傘が笑うものだから、村紗は少々困惑してしまった。明るいのが小傘の長所ではあるが、ここで発揮されても反応に困ってしまうのも事実だ。
「今ではこうして笑えるくらいにはなったけど、それも大分時間が経ったからだね」
「そりゃそうですよね、そんなすぐには許せるはずがないです」
「……ふふ、『許す』ね」
「え?」
「私多分ね、笑えるようにはなっても、許せるかって言ったら一生許せないと思うんだ」
 小傘は空を見上げて、ふぅ、と一つ息を吐く。
「妖怪になって、私はあの子を怖がらせに行って復讐しようと思った。私を捨てた人が不幸になってしまえばいいと思った。そのために私は色んな人を驚かせたし、物凄く時間をかけて、大きくなったあの子も執念で見つけ出した」
「それで、その子に復讐したんですか?」
「……ううん、結局しなかったんだ」
「えっ、そこまでして、今も許せないのにどうして?」
 素直に驚く村紗。小傘は空を見つめたまま答える。
「怒り続けるには、あまりにも長い時間が経っていたから。あの子を見つけ出した時にはもう、『見つけ出す』って目標が達成されてしまった時点で、何もかもどうでもよくなっちゃったんだ」
 そう言う小傘の様子は、どうしようもなく切なく見えた。しかしその直後、そんな思いを払うかのように小傘はくるりと村紗の方を向いた。
「こんなんだから私、恐れられる妖怪になれないんだろうね」
「……まぁ、そこが小傘の良さでもあるから何とも言えないですが……」
「えー、何その微妙な反応!」
 ちょっとー、と小傘は村紗の肩を軽く叩いた。村紗も敢えて「痛いですよー」と応える。
「……でもね」
「うん?」
「全部ひっくるめて、今の自分になったこと、全く後悔してないんだ」
 傍らに置いていた自分の分身――元々の自分の姿だった紫の傘――を手に取り、小傘は続けた。
「妖怪になった最初は、何で私がこんな思いしなきゃいけないんだろうって何度も思った。でも、最初の世界でのやることがなくなって幻想郷にやって来たら、楽しく話せる人がいて、気持ちを分かってくれる人もいて、私のことを頼ってくれる人もいる。
 ……驚かせる妖怪としては全然だめだめだけど、それでもこうしていられることが幸せだなぁって、常々思うんだ。だから正直、私を捨てたあの子に感謝しなきゃいけない気持ちもある」
「……小傘」
「だからね、私。あの子が今でも幸せになってないと許さないって、今は思ってる!」
 そして、傘をぎゅっと握り締めて、小傘はそう笑ったのだ。
「――それって、」
 その言葉の意味を理解した村紗は、思わずくすっと笑う。
「小傘。あなたの妖怪歴を考えたら人間の寿命はとうに過ぎてるというのに、死しても尚許さないつもりですか? 悪い人ですねぇ」
「やだなぁ、そこは言葉通りに受け取ってよー! いいこと言ってるはずなのに」
「はいはい、分かりましたよ。でも、あなたがいい人なのはいいんですけど、妖怪なんだからもう少し妖怪らしく怖がられる努力をしましょうよ」
「ぐっ……痛いところ突かないで……」
 そう言いながら胸を刺されたふりをする小傘を見て、村紗は声を出して笑った。

 fin.

《後書き》
小傘は設定上割と思い付きやすかったので、書くことは早々に決まったのですが、「如何に悲しくならないようにするか」を考えるのが一番大変だった気がします……(ほら、散々不憫って言われているじゃないですか)。その結果、誰かと話させようと思って村紗を召喚。
小傘が明るい妖怪なのは多分、小傘の考え方がポジティブ寄りなんだろうなぁと思ったらこうなりました。頑張れ小傘。
そして今回は「前編」です。ということは後半は「彼女」の話ですね。頑張って書きます。
 *
ご意見や感想、キャラのリクエスト等はTwitter(@ayamoko_toho)にて受け付けております。もしございましたらお気軽にお寄せくださいませ!


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?