見出し画像

いつも昨日の問題解決ばかりしていませんか?

今年のゴールデンウィーク期間中に政府・日銀が繰り返し為替市場に介入し、円安を阻止する動きを見せと言われています。

そのことについては様々な解説や評論がありましたが、その中で私が注目したのは、元大蔵官僚で「ミスター円」と言われた榊原英資さんの次のようなコメントでした。

「円安にはそれなりの理由があり、今の円安はアメリカ経済と日本経済の状況の対比で起こっていて、それが大きく覆る可能性は今のところ見えない。介入しても円安を阻止するのは困難だ」

(5月2日付け  NHK NEWS WEB から)

榊原氏の言う「それなりの理由」とは、他の報道を参考に見てみると、「日米の金利差」を指しているものと思われますが、それはその通りだと思いつつ、「日米の経済状況の対比」って、何も金利差だけではないはずで、私はすぐに「創造する経営者」の中にある、次のようなドラッカーの教えを思い出しました。

「問題の解決によって得られるものは、通常の状態に戻すことだけである。せいぜい、成果をあげる能力に対する妨げを取り除くだけである。成果そのものは、機会の開拓によってのみ得ることができる」

(P.F.ドラッカー著「創造する経営者」ダイヤモンド社)

ご批判も承知の上で、すこし極端な言い方で私の考えをお伝えすると、「アメリカ経済界は常に機会の開拓を追求し、日本国内ではいつも過去の問題の修正や解決に四苦八苦している」、ということでしょうか。

ドラッカーは、経営者が「昨日の問題解決、過去の修正」に時間の大半を使っているのは、ある程度避けられないことだと認めています。

なぜなら、今日の事業はすべて過去の意思決定と行動の結果であり、なおかつほとんどの経営陣は過去の事業と共に育っているからです。

だから彼ら経営陣たちは「昨日の教訓を今日使おうとする」のです。

当然と言えば当然です。

でも次の指摘は正鵠を射ていると思います。
少し長くなりますが引用します。

「いかに賢明かつ前向きで勇気のあった決定と行動も、それらが普通の行為となり日常の仕事となった頃には、世の中の流れに遅れたものになっている。形成されたときにはいかに正しい姿勢であったとしても、その姿勢を身につけた人たちが意思決定を下す地位に昇進する頃には、その姿勢を形成させた世界はもはや存在しなくなっている」

(P.F.ドラッカー著「創造する経営者」ダイヤモンド社)

既存のものは常に古くなり、すべては始めた瞬間から古くなり始めています。

ですから、目の前の問題解決や修正を行って通常の姿に戻そうとする行為は、そもそも不毛だということです。

「通常」とは過去の現実にすぎないからです。

「経営者の仕事は、昨日の通常を、変化してしまった今日に押し付けることではない。企業と、その行動、姿勢、期待、製品、市場、流通チャネルを新しい現実に合わせて変化させることである」

(P.F.ドラッカー著「創造する経営者」ダイヤモンド社)

これらのドラッカーの教えを、アメリカ経済界では着実に実行し、私たち日本社会がなかなか実現できずにいる実態こそが、榊原英資さんの指摘する「対比」なのではないかと、ニュースコメントを見ていて思いました。

誤解を避けるために付け加えますが、この話題は最近の日米為替相場の背景を私なりに考えたもので、国の文化や民度などに言及するつもりはまったくありません。

このドラッカーの教えを皆さんはどう受け止めますか?

もしあなたの時間の大半を「昨日の問題解決」のために使っているとしたならば、それは不毛なことかも知れません。

そんなことはお構いなしに、新しい機会の開拓に邁進している別の企業に、今の地位を奪われてしまうかもしれません。

そうして歴史は繰り返されてきたはずです。

今日はここまでです。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?